Infoseek 楽天

インドの巧妙なキリスト教弾圧

ニューズウィーク日本版 2019年4月9日 18時20分

<モディ政権成立後、キリスト教徒への暴力が急増――ヒンドゥー至上主義者の「合法的」攻撃手法とは>

1年前の2018年2月18日、インド南部のタミルナド州でのことだ。プーガル牧師の自宅兼教会で開かれる日曜礼拝には80人ほどの信者が集まっていた。男たちは襟付きの白シャツとズボン。女たちは花柄のサリーを身にまとい、ジャスミンの花を髪に挿し、ぐずる子供を膝に乗せていた。

家の周囲にはインド南部で活発に活動する過激派「ヒンドゥー戦線」のメンバーが100人以上も集まり、サフラン色の旗を振りながら大声で叫んでいた。「インドはヒンドゥー教徒だけのものだ!」

タミル語の祈りもデモ隊の怒声にかき消されるほど。そしてついに15~20人ほどが金属製の扉を押し開けて乱入し、説教中の牧師に詰め寄った。中には10代の若者の姿もあった。

押し入った人々は警官のように強圧的な口調でプーガルに、自治体発行の許可証を見せろと命じた。許可証がないことを知ると、彼らはこんな言葉を浴びせかけた。「ヒンドゥーの名前を持つおまえが、なぜ異国の神を崇拝するのか」

この小さな教会で17年間、礼拝を続けてきたプーガルは当惑した。「何も悪いことはしていない。信教の自由は法律で保障されているのに、なぜ?」

ナレンドラ・モディ首相率いるヒンドゥー至上主義政党BJP(インド人民党)が14年の総選挙で勝利してから17年までの間に、過激なヒンドゥー至上主義者によるヘイトクライムは28%も増えたとされる。ネットメディアの普及で情報が増えたとか、イスラム教徒への暴力も含まれるといった事情を差し引いても、かなりの増加だ。

昨年のクリスマス休暇中だけでもキリスト教徒への暴力行為が25件も発生している。それでも事件を報じるのは小規模なキリスト教系メディアだけだ。

11年の国勢調査によると、インド国民に占めるキリスト教徒の割合はわずか2.3%だが、人数で見れば約2800万人に上る。

筆者たちが5つの州で取材した牧師、一般市民、弁護士、活動家など26人によれば、ヒンドゥー至上主義者は従来からの暴力的な攻撃に加えて、最近では地方の行政を動かしてキリスト教会を閉鎖に追い込む戦略を取っている。

「自治体の対応も巧妙になっている」と言うのは、キリスト教徒向けの電話相談を行うユナイテッド・クリスチャン・フォーラム(UCF)のマイケル・ウィリアムズ理事長だ。「棍棒を振り回す昔ながらの手法に加え、行政手段も活用している」



集会の自由は基本的人権に含まれているが、宗教行事の自由はその限りではない。近隣住民には居住用建物での宗教行事について警察に苦情を申し出る権利がある。ただしヒンドゥー教徒は堂々と自宅で宗教的な催しを開いているし、にぎやかに街を練り歩いたり、早朝から大音量のスピーカーで礼拝への参加を呼び掛けている。

UCFによると、今年も1月だけでキリスト教徒に対する暴行や脅迫が29件も報告されている(昨年は月平均20件)。

前出のプーガルはUCFの無償支援を受けて訴訟を起こしたが、1年たった今もまだ下級裁判所での審理が続いている。

許可は自治体の裁量次第

タミルナド州では、72年の建築基準法と94年の各種条例により、集団礼拝などに使用される建物の建設には自治体の許可が必要になった。しかも、治安や秩序が乱されると自治体が判断すれば許可の取り消しもあり得る。住宅内の集団礼拝の扱いはさらに曖昧だ。

穏健な国民会議派政権の時代にも、マディヤプラデシュ州とラジャスタン州で同様の州法ができた。00年には最も人口の多いウッタルプラデシュ州で、BJP率いる州政府が同様の法律を導入した。これにより宗教団体による建物使用が制限され、宗教的な活動を行う際には許可が必要になった。

18年には過激なヒンドゥー教徒による教会襲撃が繰り返され、教会の閉鎖が相次いだ。その数はウッタルプラデシュ州で少なくとも55件、ウッタラカンド州で25件、タミルナド州で19件とされているが、実際の件数はもっと多いはずだ。

ウッタラカンド州の都市ハリドワール近郊出身のマンゲ・シンは、州の85集落にある自宅兼教会のまとめ役を務めている。ここでも警察によって7つの教会が完全閉鎖に追い込まれたという。

シンが運営している教会も9年前の設立以来、ヒンドゥー至上主義者らに少なくとも25回は襲撃されている。だが逮捕されるのは、たいてい牧師のほうだ。シン自身も11年以降、祈禱を行ったという理由や、地元民を無理やりキリスト教に改宗させたとの虚偽の申し立てにより、32回も逮捕されている。

UCFなどの昨年の報告によると、ウッタルプラデシュ州だけでキリスト教徒を襲撃した事件は国内最多の年間129件に上っている。

同州スルタンプルの牧師ラジェシュ・クマールは、昨年まで10年間、自宅で教会を開いてきたが、活動停止に追い込まれた。84年に結成され、デリーを拠点に活動しているヒンドゥー系過激派組織「バジュラン・ダル」のメンバーに礼拝を妨害されたからだ。



一方、BJPのイデオロギー的な母体で、同党の大衆運動を実質的に指揮しているのが民族義勇団(RSS)だ。アメリカのCIAはバジュラン・ダルを宗教的武装集団、RSSを民族主義団体と位置付けている。

プーガルの教会に押し入った「ヒンドゥー戦線」は1980年に結成され、ヒンドゥーの伝統を守ることを活動目的に掲げている。この組織は日頃から、キリスト教は欧米人の信仰だからインド人には向かないし、牧師は現金を渡して貧困層を改宗させていると非難している。

1年前の襲撃の際には他の集落からやって来た人も含まれていた。おそらくはヒンドゥー戦線の指導者に会えると誘われたか、あるいは日当をもらって参加したのだろうと、プーガルは言う。彼の弁護士N・スレシュは、政治的優位に立つために彼らが取る戦略は「無知な地元民にキリスト教徒との対立をあおり、教会を襲わせる」ことだと説明した。

プーガルの教会に来る信者の大半はカースト制度の最底辺を占める「不可触民」だ。それでもキリスト教徒に改宗すれば、地域社会で以前よりましな地位を獲得できる場合もある。逆に、もっとひどい差別を受ける場合もある。プーガルによれば、自身の教会に来る不可触民はみんな親の代からの信者だ。

憲法の保障は骨抜きに

インド憲法は信仰の自由を約束し、「社会秩序と道徳、健全さを保つことを条件に自由に信仰を持ち、実践し、広める権利」を認めている。だが現実にはこの条件がネックとなり、信仰の自由は骨抜きにされている。

例えば多くの州には改宗規制の州法があり、改宗の30日前に当局に申請しなければならない場合もある。また自身の宗教を公文書に記録されることも多い。しかも宗教次第で税控除や銀行融資、結婚に関することまで、法的な扱いが異なる。もちろん、優遇されるのはヒンドゥー教徒やシーク教徒だ。

最も腹立たしいのは警察の共謀だと、キリスト教徒の宗教的自由を守る国際NPO自由防衛同盟(ADF)代表のネヘミア・クリスティは言う。「ヒンドゥー至上主義の過激派は組織的に祈りの場を攻撃している。しかも警察とぐるだ」

「警察は被害者に『許可を取っていないならおまえを訴える』などと脅す一方、キリスト教徒を攻撃した人間は逮捕しようとしない。これはおかしい」

昨年1月にはタミルナド州の人里離れた教会に住む牧師が首をつった死体で発見された。その1週間前、牧師は地元警察に、ヒンドゥー教徒の男性数人が彼の教会を侮辱しているとの苦情を申し立てていた。

ウッタルプラデシュ州ではクリスマスイブに、キリスト教徒42人が「平和を乱した」という理由で逮捕され、クリスマスが終わるまで拘束された。



宗教的少数派に対する差別を警察が容認する一方、マスコミが世論に及ぼす影響も大きい。「この国の新聞は、キリスト教徒が自宅に集まって親交を深めるのは違法だと言わんばかりの書き方をする」と、ウッタルプラデシュ州のアブヒシェク・マシ牧師は言う。「キリスト教徒は村長に、村にとどまりたいなら自宅でキリスト教の集会を開くな、さもないと村から追い出すぞと警告される」

プーガルの教会のように、半年かけて新しい家を探し、新たに祈りの場を持つケースもある。借りた家の家主はイスラム教徒だが、彼らの祈りの集会に文句は言わなかったそうだ。

プーガルが新しい家と礼拝の場を探しているという情報が漏れると、突然「あいつは犯罪者だ」という噂が流れ、地域の家主には軒並み断られたという。

国外からの支援を禁止

ウッタラカンド州ハリドワールのスレンドラ・クマル牧師は、教会の閉鎖によってキリスト教に入信する人が増えたと語る。「大きな集会所の閉鎖は多くの小規模集会を生み出した」と彼は言う。「私たちは今まで訪れたことのない地域で伝道することができ、それが信者の増加につながっている」

インド内務省は16年、2万ものNGOに対し、国外から資金提供を受ける許可を取り消した。取り消された組織の多くはキリスト教系だ。最も悲惨だったのは、キリスト教の布教が目的と誤解された児童支援の国際NGOコンパッション・インターナショナルが資金源を断たれ、活動不能に陥ったことだ。

逆に子供の教育やヨガ教室、瞑想センターなどを運営し、キリスト教関連施設に対する暴力への関与もささやかれるBJP/RSS系の組織は堂々と国外から資金を受け取っている。

「特に貧しい人々の哀れな話を聞いたカリフォルニア州の篤志家からの寄付が流れてくる」と、バンガロールのキリスト教団体で働いていたサンジャン・ジョージは言う。「だが寄付をした人々は、この資金が過激なヒンドゥー教団体に回り、ヒンドゥー教徒以外の者を攻撃するために使われることを知らないのだろう」

総選挙(5月23日開票)が間近に迫るなか、ADFのクリスティはタミルナド州のエダパディ・パラニスワミ首相に面会を求めたときのエピソードを語ってくれた。親BJPの州首相に、キリスト教徒に対する差別をやめるよう申し入れるためだった。

簡単に会ってくれないことは分かっていた。「とにかく粘って、なんとか面会の約束を取り付けた」とクリスティは言う。「出掛けていくと廊下で1時間も待たされた揚げ句、秘書が出てきて、こう言ったよ。あいにくですが、首相は会合があるので外出しました。あなた方にはお会いできません、とね」

<本誌2019年04月09日号掲載>



※4月9日号(4月2日発売)は「日本人が知らない 品格の英語」特集。グロービッシュも「3語で伝わる」も現場では役に立たない。言語学研究に基づいた本当に通じる英語の学習法とは? ロッシェル・カップ(経営コンサルタント)「日本人がよく使うお粗末な表現」、マーク・ピーターセン(ロングセラー『日本人の英語』著者、明治大学名誉教授)「日本人の英語が上手くならない理由」も収録。



スリンダー・カウ・ラル、M・クラーク

この記事の関連ニュース