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「チェイニーが監督の命を救った」 『バイス』主演クリスチャン・ベールが裏話

ニューズウィーク日本版 2019年4月15日 18時15分

<笑いと風刺で「陰の大統領」を描く『バイス』。チェイニーの秘密主義と転落、カメレオン俳優ベールの変身ぶりも見ものだ>

アダム・マッケイ監督から映画『バイス』の主役のオファーを受けたとき、クリスチャン・ベールは監督の気が触れたのかと思ったという。

ジョージ・W・ブッシュ大統領の下で副大統領を務めたディック・チェイニーを題材にしてマッケイが脚本を書いていることは知っていた。前作の『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015年)でトレーダー役を演じた自分を再度、起用したがっているということも。だが「脇役の話だと思っていた」と、ベールは言う。

ところが自宅を訪ねてきたマッケイは、ベールがチェイニー役の第1の候補だと告げた。ベールを思い描きながら脚本を書いたと言うのだから、そもそも他の俳優の起用などマッケイの頭にはなかったのだ。

「『指導者なのにカリスマ性は最低レベル』とキャラクターの説明をしておきながら、『君ははまり役だ』なんて言われても喜びようがない」と、ベールは笑いながら語った。「私にやれると思うなんて、よっぽどの想像力だ」

『バイス』は、ブッシュ政権下におけるサブプライムローン危機を思い切り風刺した『マネー・ショート』に続く作品だ。ワイオミング州の飲んだくれの無名の男がのし上がり、権力を手にしていくさまを辛口に描き、ありがちな政治家の伝記映画をゆがんだ鏡に映し出して見るかのような印象を与える。

シュールな要素があるかと思えば、チェイニーと妻のリン(エイミー・アダムス)がシェークスピア風のせりふ回しで情熱的に語りだしたりするし、最後の場面もかなりひねっている。

ベールがオファーに応じたのは、脚本を読んでからだった。「イエスと答えても大丈夫だと思えたのは、そういうふざけた面があったからだ」とベールは言う。「悲劇と喜劇を一緒するだけなら別に目新しくないがアダムのやり方はひと味違う」

マッケイは、映画制作には障害となるはずのチェイニーの秘密主義を逆手に取ってみせた。例えばチェイニーがホワイトハウスで石油会社幹部と極秘会談を行う場面では、会話に「ピーッ」という音をかぶせる。チェイニーがアメリカ史上最も強力な副大統領とまで言われる存在になったのは、そんな秘密主義のおかげだと示唆するわけだ。

マッケイの名を世に知らしめたのは、コメディー俳優のウィル・フェレルと組んだ『俺たちニュースキャスター』(2004年)などのコメディー映画だ。しかしコメディーではない初の作品でアカデミー賞脚色賞を受賞した『マネー・ショート』にも、既成のジャンルの枠をひっくり返すようなところがあった。女優のマーゴット・ロビーが本人役で登場し、泡風呂の中からお色気たっぷりに住宅ローン担保証券について解説する場面がいい例だ。



33歳も年上の男を演じる

しかも『マネー・ショート』では、「現代のセクシー男性」ランキングで首位に輝いたこともあるベールをいかにセクシーでなく描くかという課題に、マッケイのプロ根性がいたくかき立てられた。本作ではそれがさらにエスカレート。チェイニーは45歳のベールよりきっかり33歳年上(2人は誕生日が同じ)で頭もずっとはげている。

だがベールは、役作りのためなら肉体的にも精神的にも自分を極限まで追い込むことをいとわない。ウォール街のエリートビジネスマンで殺人鬼でもある男を演じた『アメリカン・サイコ』(2000年)では、撮影の合間も役に入りこんだままだった。

2004年の『マシニスト』でコーヒーとリンゴを中心にした食生活で体重を30キロ近く落として痩せ衰えた主人公を演じたかと思えば、翌年の『バットマン ビギンズ』のために45キロほど増量。そして2010年の『ザ・ファイター』でも元ボクサーを演じるために大幅な減量を行った。

そんな極端な役作りをベールは楽しんでいるのだろうか。「とんでもない」と彼は言う。「つらいし絶対に体に悪い。『もう二度とやらない』といつも言ってるんだ」。それなのにいい脚本が来るとつい引き込まれ、役作りに燃えてしまうのだ。

監督の命を救ったのは?

今回はパイをたくさん食べるなどして20キロ増量し、特殊メークの助けも借りた(撮影現場でベールを見たあるプロデューサーは、釣りの演技指導の人だと勘違いしたという)。とはいえ、監督も自分も「物まねにはしたくなかった」とベールは言う。「大切なのは人物の本質をつかむことだ」

ベールはチェイニーのインタビュー動画をひたすら見た。その癖やうなり声、ダース・ベイダーのような物言いを体で覚えるためだ。「私のスマホは今も彼の動画でいっぱいだ」と、ベールは言う。

チェイニー役を受けるに当たってベールは、チェイニーが副大統領として下し、最悪の結果を招くに至った決断について、擁護できるくらいに理解する必要があると考えた。「チェイニーの擁護者になろうとしてみるというのがアダムとの約束だった」と、ベールは言う。チェイニーの回顧録も読み、非常に面白いと思ったという。マッケイはこの本を「裁判の宣誓証言みたい」だと思ったそうだが。



実物のチェイニーは37歳から何度となく心臓発作を経験しており、映画でも発作の場面がある。ベールは症状について理解するために心臓専門医の話を聞き、その情報をマッケイに伝えた。どんな症状を演じればいいかを相談するためだ。そして昨年1月、マッケイ自身が心臓発作を起こした。

「彼は私のリサーチを思い出し、すぐにアスピリンを飲んで病院に行った」と、ベールは言う。「リサーチしておいて本当によかった!」(マッケイはステント治療を受けて回復した)

「アダムにはよく言うんだ。命を救ったのは私じゃない。あの心臓専門医だと」と、ベールは語る。「チェイニー役をやらなかったら、私が心臓専門医を訪ねることはなかった。アダムの命を救ったのは、実はチェイニーだったんだ」



VICE
『バイス』
監督/アダム・マッケイ
主演/クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス
日本公開は4月5日

<2019年4月9日号掲載>



※4月9日号は「日本人が知らない 品格の英語」特集。グロービッシュも「3語で伝わる」も現場では役に立たない。言語学研究に基づいた本当に通じる英語の学習法とは? ロッシェル・カップ(経営コンサルタント)「日本人がよく使うお粗末な表現」、マーク・ピーターセン(ロングセラー『日本人の英語』著者、明治大学名誉教授)「日本人の英語が上手くならない理由」も収録。



ザック・ションフェルド

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