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上野千鶴子氏の「報われない社会」スピーチで東大は変われるか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年4月16日 15時45分

<新入生の女子学生の割合が2割に満たない東京大学が、「世界大学ランキング」を気にすることなど問題外>

4月12日に行われた東京大学の入学式で、名誉教授の上野千鶴子氏(ジェンダー研究)が述べた祝辞が話題になっています。上野氏は、複数の医科大学で女子が不当な差別を受けていた入試不正問題に言及しつつ:

「がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています」
「がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないようにしてください」

というメッセージを発信して、東大の新入学生における女性比率が「2割の壁」を超えないばかりか、今年の比率は前年の18.2%から下がっている(一部報道によれば16.9%)事実を指摘しました。

お断りしておきますが、私は上野氏とは、経済社会に関する見方はかなり異なります。ですが、上野氏がジェンダー論の先駆者であるということは間違いないし、今回のスピーチは、その良い点が出た名演説だと思います。

また、秋入学化の失敗、グローバル30(完全に英語でのコース設置による国際競争力向上)への対応の遅れなど、一向に変われない東大が、他でもない上野千鶴子氏のスピーチを入学式に持って来たというのは、危機感の表れであり、評価しても良いと思います。

懸念事項としては、本当に優秀で本当に夢を持っている女子高校生が、この演説を聞いて「東大にはリスクがある」という判断から、他大学や海外に流れる、そんな傾向が加速するということです。その点は多少気になりますが、これだけのスピーチを入学式でやった以上、東大は死に物狂いで優秀な女子の獲得に突き進むでしょう。また、そうでなくてはなりません。

それにしても、新入生に占める女子学生の比率が18%台から16%台というのは、衝撃です。そんな数字で「世界大学ランキング」などを気にするということ自体が、問題外のさらに外側としか言いようがないからです。

もう一つ、上野氏のスピーチで驚いたのは、東大で「他の大学の女子大生は入れるのに、東大の女子学生は入れない」サークルというのがまだ存在しているという指摘です。昔からこの問題はありましたが、21世紀になって随分経つのにまだそんなことをやっているのか、そんな落胆といいますかショックを感じました。



どうして「他大学の女子は良くて、東大の女子はダメ」なのでしょうか? 答えは簡単です。ある種の東大の男子学生は、知的能力や社会的な地位ということで自分と同等か、自分より優秀な女性を交際相手に「したくない」のです。

その背景には、「ウチの嫁は、息子を立ててほしい」などという保守的な親や祖父母の存在があるかもしれませんし、東大が「格差の連鎖現象」から逃げられない中で、「専業主婦に育てられた」男子学生が「保守的なジェンダー観の世代連鎖」をやっているのかもしれません。

さらにその奥には、「男性というのは、自分より優秀な女性を不快に思うという弱さ」があるのであって、「その弱い男性の虎の尾は踏まないのが賢い女性」という、女性から男性への「甘やかし思想」がある、そんな解説も可能です。

仮にそうしたカルチャーが、日本の知的階層なり富裕層の中に一定割合で残っており、それが「東大女子学生」に「2割の壁」を超えさせないという「分厚い鋼鉄の天井」としてのしかかっているのであれば、本当に賢い女性はやはり東大なるものを忌避するかもしれません。

そう考えると、問題は意外に根深いものがあり、上野氏のようにチャレンジャーとしてのジェンダー論を掲げて、一本調子に攻撃するのが作戦として正しいのか、よく分からなくなります。つまり、敵は強大な権力というよりも、一種のメンタルな病理だとするのであれば、叩けば叩くほど事態は悪化するからです。

東京大学の問題を見れば、もはや連続的な改革は不可能なレベルだと思います。それこそあらゆる学部学科で、強制的に女子の比率を50%にしてしまうか、そうでなければ東京大学という組織を解体してしまうか、ドラスティックな方法を考えるしかない、そんなことを考えさせられたのです。


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