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アルジェリアに遅れて来た「アラブの春」の行方

ニューズウィーク日本版 2019年4月16日 16時30分

<20年の長期政権ブーテフリカ大統領を退陣させた民衆のパワーは、真の改革を起こせるのか>

首都を埋め尽くし歓喜の声を上げる大群衆。アルジェリアで20年にわたり権力の座にあったアブデルアジズ・ブーテフリカ大統領が4月2日、即日辞職を発表した。月末に辞職すると発表した翌日のことだった。

4月半ばに予定されていた大統領選で、ブーテフリカが5期目を目指すと発表した2月以来、アルジェリア全土では毎週金曜日に大規模な抗議デモが開かれてきた。ブーテフリカは3月末に閣僚29人中21人を入れ替えてガス抜きを図ったが、民衆は生き残り戦略だとしてますます激怒。ブーテフリカに完全な引退を要求していた。

一連の流れで民衆が果たした役割は大きかったが、ブーテフリカに事実上の引導を渡したのは軍部だ。かつてフランスの植民地だったアルジェリアでは、激しい独立戦争を経て62年に独立を果たして以来、軍部が国政でも重要な役割を果たしてきた。

実際、軍部は独立以来の全ての大統領を選び、承認し、クビにしてきた。それは今回も例外ではない。アフメド・ガイド・サラハ国防副大臣兼陸軍参謀総長が、大統領の職務遂行不能を定めた憲法102条の適用を憲法裁判所に申し立てたとき、ブーテフリカの命運は尽きた。

とはいえ、ガイド・サラハも当初はブーテフリカの出馬を支持していた。その態度を変えたのは、民衆の大きな反発だった。大規模だが平和的なデモが、平和的な権力移譲に(今のところ)つながっているところを見ると、アルジェリア政治に真の変化が起きようとしていると期待していいのかもしれない。

ただし、それを妨げる恐れがある問題とリスクも存在する。

残酷な人質事件の記憶

第1のハードルは、不安定な経済状態だ。アルジェリアのGDPの3分の1は、石油や天然ガスなどのエネルギー資源に依存しており、石油と天然ガスが輸出の90%以上を占める。産業の多様化が必要であることは政府も認めているが、その努力は思うように進んでいない。

例えば、政府は外国企業の誘致を進めたがっているが、アルジェリアのビジネス環境は依然として不安定要素が多い。特に13年に東部イナメナスの天然ガス精製プラントでイスラム武装組織による人質事件が起こり、日本人を含む外国人30人以上が犠牲になって以来、外国企業は今でもアルジェリア進出に慎重になっている。

一方、政府が推進するシェールガス採掘計画は、フラッキング(水圧破砕法)に反対する声の高まりを受けてストップしている。国営炭化水素公社ソナトラックは、経営幹部の汚職スキャンダルで社内が混乱している。さらに、この業界の生産性と投資を拡大するべく提出された新炭化水素法案は、現在の政治的混乱により審議や採決が遅れる可能性が高い。



IMFもアルジェリア経済について懸念を表明している。外貨準備が減少し、公的債務が増加し、失業率はいつまでたっても下がらない。公共投資は非効率な一方で、民間の投資を妨害している側面もある。政府は歳出削減を強いられており、社会保障支出の一部には手を付けないと約束しているものの、国民の間では不安が高まっている。

景気後退は、弱者層に最大の打撃を与えてきた。政府は公共住宅の整備に莫大な投資をしてきたが、農村部から都市部への大規模な人口移動により(これは内戦で農村部が荒廃したせいでもある)、都市部では深刻な住宅不足が起きている。

医療分野や教育分野の物資不足も深刻だ。それはデモ参加者に多くの医者や学生が交ざっていることに表れている。生活水準が低下したため、特に若者の国外流出が進む一方で、近隣諸国から流入する難民や移民への対応に政府は苦慮している。経済改革に取り組むには、しっかりしたリーダーシップが必要だが、当面は政治情勢の安定化が優先されそうだ。

他方、民主化などの政治改革にも不安が付きまとう。ブーテフリカの退陣を求める抗議運動は一応成功したものの、その内部では足並みの乱れが目立ち始めた。反体制派の統括団体が3月末に「改革のプラットフォーム」という声明を発表したときは、複数の下部組織が拒絶反応を示した。その中にはイスラム過激派との関係が疑われる組織もあるとされる。

過激派が勢いづく恐れ

反体制派には明確なリーダーもいない。3月半ばにブーテフリカが、反体制派を含む政治会議の開催を呼び掛けたとき、外交官のラクダル・ブラヒミ元国連シリア担当特別代表が議長に指名された。しかしブラヒミはブーテフリカに近く、反体制派のリーダーにはなり得ないというのが一般的な見方だ。

反体制派から信頼の厚い人物としては、人権弁護士のムスタファ・ブシャチがいるが、ブシャチ自身は、若い世代がリーダーシップを握るべきだと考えているという。

外国の干渉を受けるリスクもある。ロシアは近年、北アフリカで影響力を拡大しつつあり、アルジェリアともエネルギー取引や武器取引など経済関係を強化している。ということは、ロシアにとっては、ブーテフリカ体制(と軍が政治に強い影響力を持つ体制)が続いたほうが都合がいいはずだ。



ただ、現時点ではロシアはアルジェリア情勢を慎重に見守っており、諸外国にも不干渉を呼び掛けている。その一方で、反体制派とイスラム過激派とのつながりも指摘している。

実際、イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)やISIS(自称イスラム国)関連組織などイスラム過激派組織は、今もアルジェリア国境付近で活動している。アルジェリアは近年国防費を増やして、警戒態勢を強化してきたが、今回の政変で軍の役割も変化する可能性があり、イスラム過激派が勢いづく恐れがある。

民衆が独裁者を追い出した今回の政変を受け、「アルジェリアでは今、あらゆる可能性が拡大している」と強い期待を示す専門家もいる。だが8年前の「アラブの春」は、この地域で改革を持続させる難しさを示した。アルジェリアが同じ末路をたどらないとは限らない。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年04月16日号掲載>



※4月16日号(4月9日発売)は「世界が見た『令和』」特集。新たな日本の針路を、世界はこう予測する。令和ニッポンに寄せられる期待と不安は――。寄稿:キャロル・グラック(コロンビア大学教授)、パックン(芸人)、ミンシン・ペイ(在米中国人学者)、ピーター・タスカ(評論家)、グレン・カール(元CIA工作員)。


サビーナ・ヘネバーグ(ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院博士研究員)

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