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想定内だったムラー報告書、政治への影響は軽微か - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年4月19日 14時50分

<ロシア諜報機関との協調、捜査への圧力など、トランプ政権の異常な実態は明らかになったが、民主党がまとまらない現状では政治は揺るがない>

2年以上にわたって続けられた、ムラー特別捜査官による「トランプ陣営周囲のロシア疑惑」捜査ですが、すでに捜査終結が宣言される中で、4月18日には400ページ以上にわたる「ムラー報告書」が公表されるということで、注目が集まっていました。

もっとも結論については、ウィリアム・バー司法長官が便箋4枚の「要約」を3月24日に公表しており、「大統領によるロシアとの共謀はなかった」「大統領の司法妨害についても訴追されるような容疑はなかった」ことはハッキリしていました。

ですから大勢は決していたのですが、多くのメディアは「それでも報告書の全文が発表されれば、何か大統領周辺の決定的なスキャンダルが判明するかもしれない」という僅かな期待を込めて、この報告書を待っていたのです。

18日の当日は、報告書の公表に先駆けて、午前9時半からバー司法長官の会見が行われました。ここで司法長官は、3月の「要約」の内容を繰り返した上で、「大統領の司法妨害を訴追するかは特別検査官のチーム内でも議論があった」とか「大統領が行った司法妨害に近い行為について10のエピソードが公表されている」などと「期待を持たせる」ような発言をしていました。

その会見の後に、司法省のホームページにアップするという形で、報告書全文が公表されました。400ページにわたる「大作」ということで、各メディアは競って「読み込み」を行い、様々な報道が展開されています。

内容自体は想定内

結果的に大統領への弾劾論が蒸し返されたり、政局を揺るがすような内容は見つかりませんでしたが、いくつかの興味深い内容は指摘できると思います。

1つは、大統領選を通じてトランプ陣営とロシアとの間には、密接な連絡はあったという証拠が列挙されているということです。その上で、報告書は「ロシアとの協調(コーポレーション)」はあったが、「共謀(コルージョン)」はなかったと結論づけています。

大統領は3月の「要約」が出た時点で「ノー・コルージョン(共謀なし)」が証明された。だからこれまで自分に向けられた批判は全部「フェイク」であり「魔女狩りだ」ということで思い切り攻勢に出ていたわけです。ですが、ロシアと共謀ではないが、ヒラリー落選のために「協調」はした、しかし訴追はしない、という結論は極めて玉虫色です。

法律論では「訴追せず」ということではあっても、この内容については、政治的な立場によってはあらためて大統領を「国を売った悪人」と見ることも可能ではあります。そのように玉虫色の状態であるにも関わらず、灰色決着となり、それでも大統領本人は勝利宣言をしているという奇妙な結果となっています。



2つ目として、大統領の「司法妨害疑惑」ですが、こちらについては訴追すべきかどうかの議論があり、容疑はあるが訴追には当たらないという、これまた玉虫色の灰色決着となっています。そして、「大統領は特別検察官が設置された時に、これで自分は大統領として破滅だ」と口走ったとか、とにかくこの捜査を嫌がっていたというエピソードが紹介されています。

これが普通の大統領であれば、こんな言動が暴露されたら大スキャンダルですが、トランプの場合は、世論が麻痺してしまっており、誰も驚かないという状況になっています。そうではあるのですが、とにかく、灰色というのが報告書の内容ではあります。

3つ目としては、「ウィキリークス」への「ヒラリー陣営のメール漏洩」に関して、トランプ陣営内の様々な言動が記載されていることです。訴追には値しないとは言え、一部には「予想以上」という声もあります。

結論を言えば、特別捜査官にしても、司法省の中枢にしても、ここで「大統領弾劾に十分な証拠と意見」を突きつけても怨念を残すし、反対に「大統領は真っ白」だということにしても司法省(日本の法務省+最高検)の権威は下がってしまうわけです。ですから、自分たちの組織とアメリカの法体系を「左右対立」から守るために、玉虫色だが灰色という決着にしたのだと思います。

中道票にアピールできない民主党

今回の報告書の政局への影響ですが、とりあえず影響は軽微という見方が一般的です。大統領のコアの支持者は「とにかく白か黒かというなら白であり、政治的勝利」と思っている一方で、民主党系の反トランプ派から見れば「法律的には灰色でも、暴露された言動は真っ黒」という印象を持つでしょう。結果的に、左右に分裂した政局への影響という意味では、「中立」ということだと思います。

ですが、トランプへの賛否でカッカした頭をよく冷やして、冷静にこの報告書に相対するのであれば、「政敵を陥れるために外国の諜報機関と協調した」とか「違法な強権発動はしなかったが捜査に対してパワハラ的な圧力はかけ続けた」というのは、やはり異常です。アメリカの良識ある中道層が本気で考えれば、そうした結論になる可能性は十分にあります。

そうであっても、そうした声が投票行動に結びつくには、野党の民主党側が、広範な中道層に訴える穏健な政策を掲げ、しかもカリスマ性のある候補を立てなくてはなりません。現在の民主党には、そのような存在は現れていない中で、高齢政治家と、中道票にはアピールしない左派の政策論ばかりが目立っているのです。

民主党は、ニューヨーク地裁に訴えたり、下院の国政調査権を使って「まだまだ告発をやる」構えですが、2020年へ向けて本格的な大統領候補を決められなければ、政局をリードすることはできないでしょう。

その意味で、今回のムラー報告書は、そのような「左右対立の固定化した状態」にはほとんど影響を与えず、また中間層の良識を「アンチ・トランプ」に結集するほどのインパクトもなかった、そのように評価することが可能だと思います。

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