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ノートルダム大聖堂、再建への道は遠い

ニューズウィーク日本版 2019年4月26日 13時0分

<独特の建築様式と「経年劣化」がネックに――火災で屋根全体が崩落した大聖堂の危うい現状>

めったにない手法でパリのノートルダム大聖堂の研究を究めた人物――それが米デューク大学のキャロライン・ブルゼリアス名誉教授(美術・美術史)だ。

ノートルダム大聖堂は4月15日夜に大火災に見舞われたが、幸いにも全焼という悲劇は免れた。それでも、ブルゼリアスだからこそ分かっていることがある。この大聖堂は今も非常に危うい状態にあるのだ。

ゴシック様式大聖堂の専門家であるブルゼリアスは、大規模清掃作業のためノートルダム大聖堂に足場が組まれた約40年前、この信仰の場を徹底的に調査。のちに、建築構造上の利点と弱点を詳しく検証する学術論文を執筆した。

再建への道のりはどれほど厳しいものになるのか。火災発生の翌日、フォーリン・ポリシー誌記者マイケル・ハーシュがブルゼリアスに話を聞いた。

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――火災による被害は、昨夜の時点で危惧されたほどひどくはなかったようだが。

損壊の規模と箇所を正確に把握するにはかなり時間がかかるだろう。(大聖堂には)ステンドグラスや祭壇があり、構造面や建築面の要素もある。それぞれの分野の専門家に分析してもらわなければならない。

私が特に懸念しているのは石材でできた壁の状態だ。今回の火災は大規模で、炎は極めて高温だった。石が燃えることはないが、高熱によって深刻な損傷を受ける場合がある。ボールト(アーチ状の天井部)と壁面上部を全て、詳しく調べなければならない。

断言はできないが、再建には少なくとも10年はかかると予想する。重要な点は建物を覆うことだ。現在むき出しになっているボールトの上部表面、そして建物の下階を水や悪天候から保護する方策を講じなければ。

――あなたはノートルダム大聖堂の構造や歴史を調査しているが、火災直前の時点で大聖堂はどの程度まで脆弱だったのか。火災発生時に改修工事が行われていたのには、それなりの理由があったはずだ。

訪問者の目に付かない箇所で修復が急務になっていた。具体的に言えば、ボールト上部と屋根の間に位置する巨大な木製の骨組みだ。

この部分の木材は古く、何世紀にもわたって夏場は熱せられ、冬場は凍り付き、非常に燃えやすくなっていた。今回の火災がこれほどひどかったのはそのせいだ。古い木材が激しく燃え、次から次に火が移った。

――それでも、多くが焼失を免れたのは奇跡のようなもの?

そのとおり。昨夜遅くに大聖堂内の画像を見たときは本当に安心した。崩落した尖塔や梁が突き刺さったボールトは、ごく少数だったようだ。

残りのボールトがどうなっているか、今はまだ分からない。鎮火後も、構造が弱体化しているために何かが崩れ落ちてくる恐れがある。

ゴシック様式の大聖堂は力学を活用した構造になっている。外へと押し出すボールトを、フライング・バットレス(飛梁)が内側に押し返して支える仕組みが損なわれたら、とても危険な状態になりかねない。

――大聖堂内に納められていた聖遺物の多くも、ステンドグラスの傑作「バラ窓」も無事だったようだ。

とてもうれしいニュースだ。問題になるのはどこが集中的に燃えたか、だ。ノートルダムの最も美しい窓のいくつかは、北翼廊と南翼廊に位置していた。それらが残ったのなら、ひざまずいて感謝しなければ。



――そもそも、なぜノートルダム大聖堂に関心を持ったのか。研究対象にした理由は?

私は70年代後半にパリに住んでいて、本を執筆しようとしていた。ちょうどそのとき、大聖堂内の清掃作業が始まった。絶好の機会だった。最上部まで届く足場が組まれていたが、中世建築を専門とする建築史家が現場で調査している様子はなかった。普通なら誰も見られない部分をこの目で見ることができるなんて、一生に一度あるかないかというチャンスだった。

その後、ものすごく長くて、おそらく退屈極まる論文を完成させた。建造物がいかに建てられたかという点に、私は関心を持っている。

――なかでも、石でできた壁部分を検証した。

そう。採寸して、あらゆる細部について記録すれば、いくつのもの時代にまたがる物語が見えてくる。



――ノートルダム大聖堂の構造に関する知識を基に、再建の道筋を描いてもらえるか。

損壊の程度や修復の優先度を把握するだけでも何カ月もかかると考えている。ボールトが一部崩壊した箇所では特に、まず木製の枠組みや支柱を立てることが必要になるだろう。

これ以上、石材が崩落しては困る。ダメージを受けた部分を一時的に補強する仕組みを整えてからでないと、本格的な修復作業は始められない。

―― 一般公開の再開には長い時間がかかるのではないか。

残念だが、そのとおりだ。だが今回の火災によって、歴史的建造物は壊れやすいという意識が高まるだろうと期待している。維持管理のための寄付や募金活動が盛んになるはずだ。

ノートルダム大聖堂は、パリを訪れたらとりあえず行っておくべき観光名所というだけではない。フランス史に重要な位置を占める極めて興味深い場所だと、人々が考えるようになるのではないか。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年4月30日/5月7日号掲載>



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マイケル・ハーシュ(フォーリン・ポリシー誌記者)

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