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アベンジャーズ生みの親スタン・リーの生涯 「私は売文ライターだった」

ニューズウィーク日本版 2019年4月25日 10時55分

<スパイダーマンやアイアンマン、ファンタスティック・フォーを生み出した伝説的ライターにして名編集者のスタン・リー。昨年11月に亡くなったが、そのキャリアは謎に包まれているところが多い>

スパイダーマン、アイアンマン、ハルク、マイティ・ソー、X-メン、ファンタスティック・フォー......。今やポップアイコンともなったスーパーヒーローたちの生みの親であるスタン・リーが、2018年11月、95歳で逝去した。

リーはマーベルコミックの筆頭ライターとして次々にヒットキャラクターを生み出しながら、名編集者としても八面六臂の活躍をした。一般的にアメリカンコミックでは、まずライターが台本を書き、それに従ってアーティストが作画するという作業プロセスを取る。しかしリーは、おおまかなプロットだけ設定した後はアーティストの裁量に任せ、出来上がってきた作画のフキダシにせりふを書き込んでいくという独自の手法を編み出した。後にこの手法は「マーベル・メソッド」と呼ばれて広まっていく。

二流コミック出版社だったマーベルを大手のDCコミックをも凌駕する会社にまで躍進させたスタン・リーは「マーベルの顔」そのものであり、アメコミファンにとっては彼の創造したスーパーヒーローたちと並ぶ英雄だった。

その伝説的な存在にふさわしく、リーのキャリアは謎に包まれているところが少なくない。だが『スタン・リー:マーベル・ヒーローを作った男』(筆者訳、草思社)の著者ボブ・バチェラーは、現存する資料を最大限に駆使しながら、貧しいユダヤ人一家に生まれた「スタンリー・マーティン・リーバー」という名の少年が、その後「スタン・リー」を名乗り、アメリカのポップカルチャーに君臨していくさまを、リーの生きた時代背景とともに描き出そうと試みている。

リーが少年期を過ごしたのは世界大恐慌の真っ只中であり、バチェラーによれば、そのときに味わった赤貧の苦労が後々まで彼の行動を支配することになったという。ライターとしてのキャリア初期、売れてカネになるなら他社のヒット作の猿真似も辞さず、あらゆるジャンルのコミック原作を書き飛ばしていたリーは、後にその頃のことを「自分ほど金のために書きまくった売文ライターはいない」と振り返っている。

コミック黎明期のこの時代、世の中にはまだコミックライターという職業を軽んじる風潮が色濃くあった。出版社はリスクを恐れて流行りのジャンルのものだけを作るようライターに強いていたが、子供だましのコミックを書き続けることに限界を感じたリーは、会社の意向に逆らって自分の書きたいもの、自分が面白いと思うものを書く決心をする。

リーにとって大きな賭けだったこの作品――「ファンタスティック・フォー」――は大ヒットし、これに自信を得たリーは、以降怒涛の勢いで次々に綺羅星のようなキャラクターを世に送り出していく。



評伝であり、ポップカルチャーを通したアメリカ精神史でもある

スタン・リーが新しいキャラクターのアイデアを得るとき、それは虚空からつかみ取ってきたものではなく、これらのキャラクターが生み出された時代、激動の60年代から70年代を覆っていた時代精神とも無縁ではなかった。

作家・詩人であるジョン・アップダイクの評伝などの著作もあり、アメリカ文化史の研究家であるバチェラーは、同時代のカルチャーシーンの中にスタン・リーを置くことで、彼が時代とどう向き合い、時代とどう切り結んでいったのかをそのキャラクターやストーリーの中に紐解いていく。

そういう意味で、本書はスタン・リーというユニークな人物の評伝であるだけでなく、ポップカルチャーを通して見たアメリカ精神史としても読めるだろう。

印象的なセンテンスを対訳で読む

以下は『スタン・リー:マーベル・ヒーローを創った男』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。

●In later years, he often cited Shakespeare as his most important influence, because of the commitment to drama and comedy, which shaped the young Lee's ideas about creativity and storytelling. Lee enjoyed Shakespeare's "rhythm of words," explaining, "I've always been in love with the way words sound."
(後年、彼〔リー〕は最も影響を受けた作家としてシェイクスピアを挙げている。ドラマとコメディに強い興味を持っていたことがその理由だ。この読書体験が若きスタン・リーの創作やストーリーテリングに関する考えを形作った。とりわけ彼はシェイクスピアの《言葉のリズム》を楽しんだ。リーいわく、「私はいつも言葉の響きに魅せられてきた」)

――コミックのライターがシェイクスピアを持ち出すとは大げさな、と言う向きもあるかもしれないが、まるで言葉が増殖していくようにフキダシいっぱいにびっしりと埋められた台詞や、時として大言壮語ともいえるリーお得意の惹句を読んでいくと、リーの文体が一種詩的な格調の高さを持っていることに気づく。本書の著者バチェラーは「スパイダーマンやアベンジャーズを読みたいがあまりに独学で読むことを学んだ」と回想しているが、これもリーの書く言葉が決して子供向けに調子を下げたものではなかったからだ。ピーター・パーカーやファンタスティック・フォーといった頭韻を好むところにも、リーの言葉の響きへのこだわりが感じられる。

●From a literary standpoint, Spider-Man tapped into the era's existentialism―an average person who fell victim to an accident that changed his life in every way imaginable.
(文学的観点から見ても、スパイダーマンはこの時代の実存主義に通じるものがあった。平凡な人間が偶然何かの事件に巻き込まれ、あらゆる点でそれまでとは違う人生を送らねばならなくなる)

――スパイダーマンと実存主義の関係とは? 実存主義のテーゼが「実存は存在に先立つ」であるとすれば、ヒーローという存在は主体の実存的選択によって決まる。ボーヴォワールになぞらえれば、「ヒーローはヒーローとして生まれてくるのではない。ヒーローになるのだ」とでもいえるだろうか。そういう意味でスパイダーマンはすぐれて実存主義的なヒーローだといえる。

●Some people viewed getting their cherished comic book signed by Lee as the culmination of a lifetime of experiences with Marvel and its superheroes.
(愛してやまないコミックブックにリーのサインを貰った瞬間、マーベルのスーパーヒーローと共に歩んできた自らの人生がクライマックスを迎えたかのように感じる者もいた)

――スタン・リーはコミックブックの最後に読者コーナーを設け、自らに《スマイリング・スタン・リー》《スタン・ザ・マン》という愛称を付けて読者との親睦を深めていった。この読者との交流をリーは「マーベル・ユニバースを1つの巨大な冗談として共有し、このクレイジーな世界を大いに楽しむ遊び」と表現している。この読者コーナーはティーンエイジャーの読者の心をつかみ、彼らは成人した後もマーベルコミックの忠実なファンであり続けた。そうしてかつて存在しなかった種類のファン、筋金入りのアメコミオタクという層が形成されていった。

◇ ◇ ◇

現代のアメリカン・ポップカルチャーだけでなく、全世界を覆うオタク文化を語る上でスタン・リーの果たした役割は大きい。4月26日から公開される映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』によってアベンジャーズ・サイクルがいったん終了を迎える今、本書でもう一度スタン・リーの業績を振り返るのも悪くないだろう。


『スタン・リー:マーベル・ヒーローを作った男』
 ボブ・バチェラー 著
 高木 均 訳
 草思社


トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
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高木 均 ※編集・企画:トランネット

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