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「知財」は米中貿易戦争の原因とだけ思っている日本人が知るべきこと

ニューズウィーク日本版 2019年4月26日 12時45分

<知財(知的財産)とは、特許権や商標権だけを指すのではない。データの時代に、中小を含めた日本企業はいかに知財を活かして生き残るべきか>

米中貿易戦争の引き金となった「知財(知的財産)」だが、企業にとってその重要性はますます増している。今後の成長戦略として知財をいかに使うべきか。とりわけ第4次産業革命やオープンイノベーション、IoT、5Gがキーワードとなってきた時代に、個々の企業はどう動けばいいのか。

本田技研工業で初代・知的財産部長を務め、現在は日本知的財産協会の専務理事である久慈直登氏は、新著『経営戦略としての知財』(CCCメディアハウス)を上梓。知財とは何か、それをどう活用すべきかについて話を聞いた。

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「経営戦略としての知財」と言われても、自社にそんな特別なものはない、と思う人がいるかもしれません。しかし、本書で述べている「知財」あるいは「知的資産」とは、特許権や商標権といった特定の法律によって守られている権利だけを指しているのではありません。

例えば自社のブランドや蓄積してきたノウハウ、さまざまなソリューション、取引先とのネットワークといったものも、すべて知財なのです。その意味において、どんな業種のどんな会社であっても豊富な知財を持っています。

言い換えると、知財とは企業としての「強み」です。重要なのは、そうした強みを価値ある経営資産として認識し、企業としての成長にどう活用していくかを全社員が考えることなのです。

そのためには、まずは経営者が知財についての理解を深めなければなりません。そして、従来の「知財」という認識の枠を取り外し、特定の部署だけが扱う特別なものではなく、すべての従業員が理解すべき知識であり、情報として捉え直す必要があります。

『経営戦略としての知財』著者の久慈直登氏 Newsweek Japan

経営資産としてのデータ、どう分析するか、どう連携するか

最近、特に重要になってきているのが「データ」です。今やありとあらゆる事柄がデータ化されている時代ですから、それだけでも企業は膨大な資産を保有しているわけです。顧客データ、販売データ、商品開発データ......すべてのデータが経営資産としての価値を持っています。しかし、膨大な上に扱いが難しいこともあり、しっかりとした分析を行えていない会社も多いのではないでしょうか。

本書の中でも紹介している例ですが、「ある個人が自動車でドライブするときのデータ」といった場合でも、関わり方によって8人の登場人物がいます。運転者本人や自動車メーカーのほかに、各部品やセンサーのメーカー、位置情報を提供する側と提供される側......などです。

データそのものは、ただ事実を記録したものでしかありません。それをどう活かせるかは、どう分析するかにかかっています。たった1つのデータでも、そこから得られる情報は多面的で、分析の切り口はいくらでもあり得るのです。

データを経営資産として使うときに考えてほしい、もうひとつの重要な点が、他社と連携することです。例えば商品開発や販売などを他社と連携することで、より膨大なデータを集めることができます。分析も協働で行えば、より多面的な分析が可能です。



知財とは「強み」であり、「自社らしさ」も知財である

ただし、他社とデータを共有すると、似たような商品や戦略にたどり着いてしまう可能性も大いにあります。それでは独自性が失われ、結果的に、競争力を失ってしまうことにもなりかねません。データは共有しつつも、その先に「自社らしさ」をどう付加していくかが重要です。

実は、その「自社らしさ」もまた知財です。最初に述べたように、知財とは企業の「強み」です。企業イメージやブランド力、あるいはノウハウやネットワークを活かすことで、他社と違う自社ならではの戦略を作り上げることになります。

これは、グローバル競争で生き残っていくためにも不可欠なことです。今、世界の巨大企業の中には、一国家に匹敵する規模の企業が次々と誕生しています。その中にあって、日本企業の規模はさほど大きくなく、また、数多くの中小企業が国内だけで活動しています。

中小企業は、まだまだ輸出に踏み出せていない企業が多いのですが、その一方で、海外企業はどんどん国内に進出してきます。ぼんやりしていると、あっという間に国内シェアすら持って行かれてしまいます。1社で戦うのは難しい場合もあり、そこで協業や連携も選択肢として考えることになりますが、自社の強みを知財・経営資産として明確にしておかなければなりません。

「自社らしさ」という点で言えば、日本製品の質の高さは、現在でも世界に誇れる「日本らしさ」であり、日本企業の大きな強みです。企業が集まってブランドとして構築するなどして、「ジャパンクオリティ」を知財として積極的に活用していくことも日本企業の有効な戦略ではないかと思います。そのために日本企業間で持っている知財を互いに使い合う、パテントプールの可能性も考えておく必要があります。それについても本書で提案しています。

中国や欧州の知財ルールを理解し、行動していくことも重要

世界という視点で知財を見ると、昨年から世界経済を揺るがせている米中貿易戦争も、知財の取り扱いがその大きな理由となっています。

中国は、広大な国土に14億人もの人口を抱えているため、国内だけで大量のデータを取得することができます。日米欧に立ち後れている分を巻き返すために、そのデータを自国だけで使いたい、と考えるのは当然のことと言えます。そのため、中国は特に産業データの規制が厳しくなっています。

一方で、歴史的に個人の権利を尊重する傾向が強いヨーロッパでは、すでに個人情報の取り扱いに規制が設けられています。例えばEU加盟国でもらった名刺のデータは、EU外に持ち出すことができません(日本はEUと特例を交わしているため、実際には規制の対象にはなりません)。



これらの規制は、国の争いだけではなく、企業や個人の活動に影響を与えます。特定の職種や立場に限定されることなく、すべての従業員の活動に影響を与えると言っても過言ではありません。

しかし、各国ごとのルールを理解し、適切に行動していくことは、従業員ひとりひとりの努力だけでできることではありません。だからこそ、まずは経営者が知財をめぐる最新状況を認識することが不可欠です。その上で、従業員の意識改革も含めた、自社の知財への取り組み方を考える必要があるでしょう。

知財に関する書籍は、法律的な解説を中心とするものが多く、読んでいてあまり楽しい内容ではないかもしれません。そこで本書では、知財をいかに使うかという観点から、実例を紹介し、実務にすぐに活かせるような内容にするようにしました。世界の最新の情報を盛り込んだ本として、ぜひ参考にしていただきたいと思います。


『経営戦略としての知財』
 久慈直登 著
 CCCメディアハウス



ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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