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日本が目指すべき「ジョブ型雇用」とは、会社と貸し借りをしないこと - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年5月9日 17時40分

<ようやく「終身雇用制」を見直す動きが出てきたが、そのためにはジョブスキルを身に付けられる教育改革も必要>

どう考えても20~30年くらい遅かった感じもしますが、財界はようやく「終身雇用制」からの脱却を口にし始めました。終身雇用から脱却するのであれば、目指すべきは「ジョブ型雇用(職務や勤務地を限定した雇用契約)」です。

現在の終身雇用システムは「専門性を深める」のではなく、転勤と転属という「ジョブ・ローテーション」に耐え「企業文化」なるものを身につけた「その企業にだけ通用するメンバー」を生み出しています。「メンバーシップ雇用」と言われるのはこのためです。そうではなく「国際社会で通用する」専門職を育成し、その専門スキルを評価するような雇用体系に変えなければなりません。

それには大学や大学院などの教育も変えなければなりません。より即戦力になるような実学、時代の最先端の知識とスキルが学べる教育改革が要請されることになります。

専門スキル教育というと、早め早めに将来の進路を決めさせられたり、インターンなどの実習をさせられて、結局は企業主導の教育や雇用になるのではないか。あるいは、若者はより大きなプレッシャーにさらされ、それこそ大学の4年間をスキル習得の競争に費やしてヘトヘトになる、そんなマイナスイメージも浮かぶかもしれません。

ですが、ジョブ型雇用には大きなメリットがあります。それは、労働者と雇用主の間に「貸し借りの関係が起きない」という点です。

例えば芸能人の場合がいい例です。日本では、アイドルタレントなどが「人気の出る前に歌やダンスのレッスンを受けつつ生活費も給付を受ける」という下積み時代を過ごすことが多いわけです。そうすると、タレントは企業に「借り」ができてしまいます。運良く売れてきたら、その借りを企業に返さなくてはなりません。

自分の下積み時代のコストに加えて、売れずに終わった他のタレント候補にかかったコスト、さらには企業の従業員などの間接経費、その全てを「売れたタレントは背負う」ことになります。その「借りを返して」初めて独立や引退が許されるのです。



アナウンサーの場合は少し違うようです。新人から人気が出るまでの修行期間は、放送局に正規雇用されていますが、年功序列の給与体系が適用されるので若手は薄給です。企業の側からすれば、研修してやって実地訓練もさせている分だけ、安い給料で良いという「貸し借り」のバランスになります。その代わり、人気と実力が確立すると、局への「貸し借り」が消えて独立が可能というわけです。局の方で独立に不快感を持つケースでは、裏切りという感覚もあるのかもしれませんが、やはりそこには「まだ貸しがある」ということなのでしょう。

現在の終身雇用の企業の場合は、若い時は実務をヘトヘトになるまでやらされ、海外を含めた転勤も強いられる、つまり「会社に貸しを作る」ことになるが、上級管理職になると給与が高くなって「会社への貸しを返してもらえる」というような、やはり「貸し借り」の感覚があります。

ジョブ型のいいところは、このような「貸し借り」による束縛から自由になれるところです。

例えば、アメリカの芸能人には独立騒動はありません。それは人権意識が高いので個人を縛れないからではありません。ミュージシャンも役者も、パフォーマンス・スクールと言われる高校レベルや大学での音楽や演劇の専攻で「まずスキルを獲得」するのです。その上で、組合に所属して仕事を回してもらうなどして、ステップを上って行きます。

つまり、スキルは最初から個人が持っているので、個人の側が強い「売り手市場」になっているのです。ジョブ型雇用が健全に回り出せば、「まずスキルを持った個人」が存在し、それが「流動性の高い労働市場」を形成していくことになります。そうすれば、「借りを返す」ために成果の過半を払わされるとか、辞めたくても辞められないということはなくなります。

もちろん、競争は厳しいでしょう。成果を求められるプレッシャーは強くなるでしょう。ですが、「どんなスキルを獲得すれば、どんな職があるのか」という点が、極めて曖昧な現状と比較すれば、若者のキャリア形成への見通しは明確になります。また、学び直しによる「セカンド・チャンス」も成立するようになります。

何よりも、社会や企業、あるいは上の世代に対して「借り」を作る理不尽さから解放されることで、若者には「将来設計=希望」が視野に入ってくるのではないでしょうか。

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