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「ファーウェイの5G」という踏み絵

ニューズウィーク日本版 2019年5月14日 18時21分

<5Gネットワークの構築にファーウェイの参加を認めるべきか否か。アメリカは安全保障上の理由からファーウェイ排除を求めるが、いかに同盟国でもおいそれと従うわけにはいかない>

アメリカは友好国や同盟国に対し、中国の通信大手である華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)が開発した5G無線通信技術を使わないよう呼びかけているが、多くの国にとってファーウェイとのビジネスを完全に回避することは難しいだろう。

米大西洋協議会(シンクタンク)スコウクロフト国際安全保障センターの上級研究員であるロバート・A・マニングは、「5G関連の特許の37%を中国企業が保有しているため、ファーウェイをはじめ中国の5G技術を完全に回避することは難しいだろう」と言う。ファーウェイは「1000超の特許を保有しているおり、多くの国や通信事業者は、中国の5G技術の一部を採用せざるを得ないかもしれない」と指摘する。

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米当局者たちは、同盟諸国がファーウェイと連携することに断固反対している。ファーウェイの通信機器には、中国政府がアメリカのネットワークをスパイするためのバックドア(不正アクセスのための侵入口)が設置されている可能性があり、安全保障およびプライバシー上の重大なリスクが伴うというのがその理由だ。

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にもかかわらず、アメリカの友好国や同盟国の一部は、自国の5Gネットワークを築くためにファーウェイの技術を使用することを検討している。

閣僚が更迭される事態に発展

テリーザ・メイ英首相は5月1日、ギャビン・ウィリアムソン国防相を更迭した。イギリスの新たな5Gネットワークにおけるファーウェイ技術の採否に関する極秘の協議内容がリークされたのだ。

メイ首相は更迭の理由について、「ウィリアムソン氏の国防相および閣僚としての職務を果たす能力を信用できなくなった」と説明した。

問題の協議は国家安全保障会議(NSC)でのもので、ファーウェイの5G技術を限定手的に使用することで合意したと報じられている。アメリカに対する裏切りだ。ウィリアムソンはこの極秘情報のリークについての調査の後、更迭された。

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「今のイギリス政府は、これまで以上に情報漏れが起こりやすい状況にある。閣僚間の小競り合いや、弱体化するメイ氏に代わって首相の座を狙う主導権争いが展開されており、内閣の規律が崩壊している」と、大西洋協議会の客員研究員ピーター・ウェストマコットは指摘する。

「それでも、イギリスの5Gインフラにおけるファーウェイの役割のように、国の安全保障にまつわる微妙な問題の詳細がリークされるのは前代未聞だ」と彼は言う。「首相とマーク・セドウィル内閣官房は、責任者を断固として処罰する決意だった」



その責任者とされたのが、ウィリアムソン国防相だ。彼は2月にイギリスの最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を南シナ海に派遣すると軽はずみな発表をして、中国政府の反発を買ったこともある。

アメリカと中国は、5Gネットワークの構築をめぐり競争を繰り広げている。次世代無線通信システムの5Gは、データ転送速度の高速化を可能にし、IoT(モノのインターネット)を通じて自動運転車やスマートシティに活用される。

ドナルド・トランプ米大統領と連邦通信委員会(FCC)は4月12日、5Gネットワークの展開を加速させるための幾つかのイニシアチブを発表した。「安定した5Gネットワークは間違いなく、21世紀のアメリカの繁栄と国家安全保障にとって欠かせないものとなる」とトランプは主張。「これはアメリカが勝たねばならない競争だ」

だがこの分野は、ファーウェイのような中国の通信企業が独占しそうな勢いだ。その理由は、これらの企業が提供する5G関連機器が安価なことにある。

取引する国には情報渡さない

米当局者たちは、ファーウェイの技術を採用した同盟国には、アメリカがこれまでのように機密情報を共有しなくなるリスクを負うと警告している。

マイク・ポンペオ米国務長官は2月にハンガリーを訪問した際、ヨーロッパ諸国がファーウェイとの取引を行う場合には、アメリカがヨーロッパで展開している一部の事業を縮小する可能性があると述べた。「通信網にファーウェイが存在することに絡むリスクについて知る必要がある」とポンペオは主張した。「もしもファーウェイの通信機器がアメリカの重要なシステムと同じ場所に設置されるなら、アメリカがそれらの国と連携するのは困難になる」

ファーウェイの技術がもたらすリスクについては、ワシントンで超党派の合意ができている。4月3日にワシントンで開かれたNATO設立70周年にちなんだ会議で、民主党のクリス・マーフィー上院議員はファーウェイの5G技術の例を挙げてこう発言した。「中国政府と直に連携している企業が我々のデータを自在に入手できると想像したら、みんな眠れなくなるはずだ」

「ロシアはオンラインでの挑発行為において、中国よりもずっとあからさまで積極的だが、中国の計画は、私たちの全データが流れるパイプごと手中に収めるという大がかりなものだ。私たちはそれを警戒しなければならない」とマーフィーは警告する。



ファーウェイ創業者の任正非は人民解放軍出身だ。米当局者は人民解放軍とのこのつながりが、ファーウェイが安全保障上の脅威であるもう一つの理由だという。

「フアーウェイ製品は、ハードウエアもソフトウエアも問題なのは間違いない。バックドアも見つかったし、さまざまなリスクがある」と、マニングは言う。

さらに中国では、「私企業と政府系企業の間の垣根がはっきりしない」というより大きな問題もある」と、マニングは言う。中国の習近平国家主席は2017年6月、国家情報法を制定。国家安全保障のためには、企業や市民も情報収集に協力する義務があるとした。中国当局に求められればファーウェイから情報が漏れるのではないかという懸念がある。

英米を中心とした英語圏5カ国が作る情報共有の枠組み「ファイブアイズ」のなかで、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの3カ国は国内企業がファーウェイ技術を採用するのを禁じた。だが、主要メンバーであるイギリスの離反はアメリカにとって大きな痛手だった。

「これは環大西洋安全保障にとってのブレグジットの弊害の1つだ。ブレグジットのせいでイギリスには、欧州での協力関係を犠牲にしてでも外に新たなパートナーを見つけようとする動機がある」と、大西洋協議会の「未来の欧州」担当のベンジャミン・ハダッドは言う。

ファーウェイを選ぶしかない

メイは、ファーウェイ製品の使用に関して英政府はまだ何も決めていないと主張する。だが、英国立サイバーセキュリティセンターは、ファーウェイ製品がもたらしうるリスクはすべてコントロール可能と結論づけている。同センターには、独自の監視システムと、ファーウェエイの技術に関する理解があるのだという。

他の国々は、ファーウェイ製品を採用してアメリカの怒りを買うリスクと、ファーウェイ製品を使わないで自国の5Gを犠牲にするリスクを天秤にかけることになる。必ずしも、アメリカの言うことをきく国ばかりではないだろ。

「5G用の機器で中国企業が主力になっており、そのうちいくつかはアメリカ企業が作ってさえいないという現実も考えると、スパイのリスクよりも安価なファーウェイ製品を採用するしかないと考える同盟国もあるだろう」と、マニングは言う。

「この問題は白か黒かではなく、灰色だ。アメリカの側では、同盟国との情報共有のあり方を見直す必要があるかもしれない」

どちらを選んでも完全な勝利は得られない悩ましい踏み絵だ。

This article first appeared on the Atlantic Council site.


※5月21日号(5月14日発売)は「米中衝突の核心企業:ファーウェイの正体」特集。軍出身者が作り上げた世界最強の5G通信企業ファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術)。アメリカが支配する情報網は中国に乗っ取られるのか。各国が5Gで「中国製造」を拒否できない本当の理由とは――。米中貿易戦争の分析と合わせてお読みください。



アシシュ・クマール・セン(米大西洋協議会)

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