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あの男が狙う「イラン戦争」──イラク戦争の黒幕ボルトンが再び動く

ニューズウィーク日本版 2019年5月16日 15時40分

<イランとの対決姿勢を強める現状はイラク戦争の開戦前夜と酷似している>

イランとの戦争は望まない、という言葉は建前か。米政権の行動を見ると、本音は正反対だと思えてくる。

15年に結ばれたイラン核合意からの離脱をドナルド・トランプ米大統領が表明したのは1年前のこと。以来、経済制裁強化やイラン産原油の全面禁輸、イラン革命防衛隊のテロ組織指定によって、米政権は両国関係を大幅に悪化させ、5月5日には原子力空母と爆撃機部隊を中東に派遣すると発表した。

対するイランは5月8日、核合意について履行の一部停止を表明した。トランプ政権にとっては、対イラン攻撃を正当化する格好の口実になるのではないかと懸念されている。

トランプ政権の「本音」が何より表れているのは、今やジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)が対イラン政策をほぼ掌握しているという事実だろう。ボルトンはイランの体制転換を唱え続けてきた強硬派の代表格で、03年3月のイラク戦争の開戦に大きな役割を果たした人物の1人でもある。

観測筋の間では、現状はイラク侵攻直前の状況に似ていると指摘する声が上がる。顕著な共通点はボルトンの存在だ。しかも今回、ボルトンは当時よりはるかに有力な立場にある。

03年当時は国務次官だったボルトンは開戦を強硬に主張し、武力行使を正当化するために情報を操作したと非難された。イラク戦争は今では戦略的大失敗だったという評価が一般的だが、ボルトンは15年になっても、自分が果たした役割について後悔はないと公言している。

5月5日の発表を行ったのは、トランプでもパトリック・シャナハン国防長官代行でもなく、ボルトンその人だ。

「アメリカまたは同盟国の権益に対する攻撃は、いかなるものでも容赦ない武力行使を招くとの明快なメッセージをイランに送る」べく、空母エイブラハム・リンカーンを中心とする打撃群と核搭載可能なB52戦略爆撃機4機から成る部隊を中東に派遣すると、ボルトンは語った。「前代未聞の出来事だ」。国務省の元情報担当幹部で、イラク開戦直前に上司だったボルトンと衝突して辞職したグレッグ・シールマンはそう語る。「国家安全保障担当の大統領補佐官が独断で声明を発表するなど、イラク戦争のときにもなかった」

リスクは前回より大きい

民主党の上院議員2人は今年3月、「イラク開戦から16年後、不完全で誤解を招く論理に基づいて、私たちは再び中東での無用な戦争へと突き進んでいる」とワシントン・ポスト紙への寄稿で述べた。トランプ政権批判派がみるところ、リスクと危険は前回よりも大きい。イランの軍事力はイラクよりもはるかに強大だからだ。

イラン核合意は、サダム・フセイン時代のイラクに対して国連が実施した欠陥だらけの制裁より、和平維持の枠組みとして有効だった可能性もある。

それに対してトランプは、「イランを挑発して攻撃させようとしているとしか思えない」と、シールマンは言う。「イランは核合意の内容をかなりちゃんと履行してきた。そうしなかったのはアメリカのほうだ」



一方、03年前後のイラクをめぐる状況との違いは、イランに関しては具体的な侵攻計画が存在しないと見受けられる点だ。それでもシールマンらに言わせれば、武力行使を正当化する口実を手にするため、アメリカはかつてフセイン政権に行ったのと同じ挑発を試みている。

「ボルトンはイランとの戦争を望み、機会を探っている」と、国防総省の元高官で、新米国安全保障センター上級研究員のローレン・デジョング・シュルマンは言う。「ボルトンは自らの優先事項や関心に(国防総省が)迅速に反応する体制を作り上げ、対イラン政策を率いているのは自分だとの印象を世間に与えたがっている」

ボルトンはこれまでも、イランの体制転換をあからさまに唱えてきた。最近では、イラン革命が40 周年を迎えた今年2月、ホワイトハウスが公開した動画でイランの最高指導者アリ・ハメネイに向けて「革命記念日を祝うチャンスはあまり残っていないだろう」と言ってのけた。

米メディアの報道では、国家安全保障を担う重要機関で、ボルトンがメンバーであるNSCは18年秋、イラン空爆のための軍事オプションの提示を国防総省に求めたという。イラクの首都バグダッドにある米大使館に、イランとつながる民兵組織が迫撃砲を撃ち込もうとした事件を受けてのことだ。

大統領補佐官就任当初から、ボルトンは「イラン戦争」を大目標に掲げ、反対者の排除を進めてきた気配がある。トランプがボルトンを国家安全保障担当の補佐官に任命したのは、イラン核合意離脱の数週間前。ボルトンの前任者H.R.マクマスターは、レックス・ティラーソン前国務長官と共に、核合意維持に前向きだったとされる。

よみがえる情報操作の影

今年3月に中東地域を統括する米中央軍司令官に就任したケネス・マッケンジー将軍は、イランに関してボルトンと同意見らしい。先日ワシントンで開かれた会議での演説で、イランが展開する「悪意ある」活動とその野望に警鐘を鳴らした。

「中央軍の担当地域の安定にとって、長期的かつ最も大きな脅威はイランだ」。マッケンジーはそう語り、イランのせいでイラク駐留の米軍兵士600人以上が死亡したと主張した。「戦争は望んでいない。ただし、私たちが慎重なのは実行に踏み切りたくないからだと、イランは誤解してはならない」



シャナハンが米議員に向けて語ったところによれば、国防総省は5月3日、イランによる脅威が迫っているとの「非常に確度の高い情報」を得た。もっとも具体的な内容は明らかにされず、イラク開戦前と同じではないかとの疑念を呼んでいる。

国防総省の複数の情報専門家は当時、ボルトンがイラクをめぐる情報を操作し、自身の強硬論に反対する者に脅しをかけていると批判していた。「あの頃もその後も、情報を取捨選択して自らの主張に沿うものだけを残すのがボルトンのやり方だ」と、シールマンは語る。

そのせいでボルトンは05年、米国連大使に指名された際に議会で開かれた公聴会の席で「不正直」と非難されることになった。彼に痛烈な言葉を放ったのは、上院議員時代のジョー・バイデン前副大統領だ。

バイデンの元上級補佐官マイケル・ホルツェルはこう振り返る。バイデンは「ボルトンに徹底的な危惧を抱いていた」と。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年5月21日号掲載>

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マイケル・ハーシュ、ララ・セリグマン

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