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『マトリックス』『ファイト・クラブ』『ボーイズ・ドント・クライ』......1999年こそ映画の当たり年!

ニューズウィーク日本版 2019年5月16日 18時0分

<スクリーンにおける最も実り多き年がなぜ1999年なのか――映画愛にあふれるカルチャー担当ライターがその理由を新著で鋭く分析>

「好きな映画」というのは、おおむね個人的な基準(好み、気分、見たタイミング、余韻など)で決まる。対して「映画の当たり年」というのは客観的な基準、例えば興行収入や野心的な試みや革新性(ストーリーや撮影技術、特殊効果など)、それに文化的インパクトで決まる。『風と共に去りぬ』や『オズの魔法使』『スミス都へ行く』『駅馬車』が生まれた1939年は当たり年。国民に深まるシニシズムと不信感を映し出す『真夜中のカーボーイ』や『イージー・ライダー』『ワイルドバンチ』『ひとりぼっちの青春』の1969年も当たり年だ。

ならば最高の当たり年はいつか? ブライアン・ラフテリーは新著『映画最良年――1999年がスクリーンを揺るがせた理由』で自説を展開している。

ラフテリーは同年にエンターテインメント・ウィークリー誌が同様の特集を組んだときのライターだった。その後はGQやワイアードに原稿を書きながら20年間にわたって映画を見続け、99年が最高の年であるという確信を深めていった。

この本の執筆のため、ラフテリーは監督や俳優など130人以上に取材。その結果、99年最高説を掲げるのは自分だけでないことに気付いたという。

あの年は独立系の『マルコヴィッチの穴』(スパイク・ジョーンズの監督デビュー作)や『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』から超大作の『マトリックス』や『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』まで、実に斬新な作品がそろった。

関係者が明かす製作エピソードや、ラフテリーの鋭くて公正でウイットに満ちた分析が満載された同書は、著者の30年にわたる映画愛の集大成と言える。本誌メアリー・ケイ・シリングがラフテリーに話を聞いた。

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――まず直球の質問。なぜ39年や69年でなく99年なのか?

39年も69年もすごい年だ。でも99年は、歴史の積み重ねと未来の予感がごっちゃになった絶頂期のような気がする。ハリウッドではまだ大作が幅を利かせていたけれど、観客はだるいシリーズものやテレビの焼き直しに飽きていた。悪い例が『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』(97年)だ。大手のスタジオはインディーズの作品に押されていた。

99年になるとスタジオはウォシャウスキー兄弟(当時は姉妹に性転換する前)の『マトリックス』やデービッド・フィンチャーの『ファイト・クラブ』、スタンリー・キューブリックの遺作となった『アイズ・ワイド・シャット』などの革新的で派手な作品に大スターを起用して、巨額の製作費を投じた。これは39年の傾向に似ている。

一方で、69年のように若くて無名な監督にも目を向けた。その結果がデービッド・O・ラッセルの『スリー・キングス』、ソフィア・コッポラの『ヴァージン・スーサイズ』、ジョーンズの『マルコヴィッチの穴』、アレクサンダー・ペインの『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』だ。

しかも99年には文化や社会の問題、例えばテクノロジーがもたらす興奮と恐怖やアイデンティティーの追求、性同一性障害の苦悩といった問題を深く掘り下げる作品があった。『ファイト・クラブ』で打ちのめされて、キンバリー・ピアースの『ボーイズ・ドント・クライ』で苦痛を味わった人もいるだろう。でも、どれもが個人としての観客に訴え掛けていた。



――あなたは99年を「文化の断絶(カルチャー・ラプチャー)の年」と呼ぶ。21世紀が目前だったことと関係があるのか。

90年代半ばから企画が始まった作品もあるから、一概にそうは言えない。でも、たまたまこうした作品が集まっただけとも思わない。90年代の最後の数年は好景気だったけれど、インターネットや24時間ニュースの普及で、世界がひどく加速しているように感じたものだ。

だから人々は「待てよ、自分は一体誰だ? 自分の居場所はどこだ?」と考えるようになった。21世紀を前にして、みんな無意識に気持ちを整理する節目としたのだろう。

――そういう流れは見た当時に感じたのか、それとも大量の映画を見直してから?

ホワイトカラーの不満を描いた映画を数えてみる必要はなかった。このテーマは企業に反旗を翻す『リストラ・マン』だけでなく、『マトリックス』『ファイト・クラブ』『アメリカン・ビューティー』にも流れている。『マルコヴィッチの穴』も職場と家を往復する文化から逃げ出そうとしている。ワーキングスペースの共有や自宅勤務ができる現代では過去のことに思えるだろうが、こうした不満は今も共感を呼ぶ。

アイデンティティーについてや、他人になる願望のテーマが多いのにも驚かされる。『マルコヴィッチの穴』はもちろん、『ボーイズ・ドント・クライ』、アンソニー・ミンゲラの『リプリー』、デービッド・クローネンバーグの『イグジステンズ』などだ。たまたま一斉に集まったとは思わない。

――クリストファー・ノーランは監督デビュー作『フォロウィング』を99年のスラムダンス映画祭に出品した。同年のサンダンス映画祭ではダグ・リーマンの『go』とトム・ティクヴァの『ラン・ローラ・ラン』が高い評価を受けた。こうした時系列をシャッフルさせる映画が、なぜそれほど観客に受けたのか。

ノーランに言わせると、VHSやDVDの登場で、観客は映像を一時停止させたり、後戻りさせたりすることに慣れた。同感だね。でも、クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』(94年)の大成功も関係があるだろう。これは時間軸を入れ替えた最初の映画ではないけれど、興行収入が1億ドルを超えた初のインディーズ映画になり、アカデミー賞の脚本賞も受賞した。だからスタジオもこんな手法にゴーサインを出すようになったのだと思う。

――『アメリカン・ビューティー』はアカデミー賞の作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞などを獲得したが、今では評判が悪い。しかしあなたはこの本で、観客にうっすら覚えられているよりもいい、と書いている。

僕も公開当時は好きじゃなかった。そのうち世間でも「テレビドラマの映画版だ」と酷評され始めた。でも見直すうちに、当時は批判された作品の設定が現代に見事に重なると思うようになった。淫行おやじと隣人のナチ信奉者を描くなんて、当時はやり過ぎだったかもしれないが、今なら違和感がない。

――20年後の今、未来を予見していたと思う映画は?

『ハイスクール白書』のヒロインを悩ませる女性差別には、今の僕らのほうが敏感だろうね。『マルコヴィッチの穴』はインターネットそのもの。ネット社会では他人の経験を自分がした気になることも、他人の人生を乗っ取ることもできる。

『ファイト・クラブ』のテロリスト集団スペース・モンキーズが行う破壊工作は、ネットの荒らしやいじめを思わせる。彼らは深い考えもなしに、ゲーム感覚で何かを破壊するんだ。

だが断トツで時代を先取りしていたのは『マトリックス』だ。赤い薬と青い薬は、僕らも毎日選んでいる。現実に戻る薬を飲むのか、現実を見ずに済む薬を飲むのか。怖くなったり悲しくなったりするのを承知で、そういうニュースをクリックするのか。それとも気晴らしになるサイトをクリックするのか。人工知能が人間を超え、人のエネルギーを吸い取る。まさに、いま起きていることじゃないか。



――年月を経て、評価が上がった映画は?

評価よりも見る目が変わった。『インサイダー』を公開時に見たときは、若きオタクとしてアル・パチーノとラッセル・クロウのガチな演技合戦に興奮した。報道サスペンスは好物だしね。今は企業の不正に警鐘を鳴らした点を評価したい。あれはたばこ産業批判に始まり、企業に屈しやすいジャーナリズムへの戒めとして終わる。

『シックス・センス』もそう。20代の僕には先の読めないクールなサスペンスだった。子供を持って初めて、どんなに頑張っても確実に子供を守ることはできないし、気持ちも完全には分かってやれないという親の不安を描いていると気付いた。

――『ハムナプトラ』にまるまる1章を割いたのはなぜ? 大ヒットしたが平凡な作品だ。

見ればなかなか楽しいよ。99年のハリウッドが遠く感じられる理由を説明するのにちょうどいいから、『アイズ・ワイド・シャット』と一緒に取り上げた。

あの頃はスターを出せばヒットが保証される時代で、だから彼らは破格のギャラをもらい、権力を握った。今、客を呼べるのはシリーズ物だ。新生『スター・ウォーズ』はいいキャストをそろえているが、スターがいなくても、次の『エピソード9』は公開直後に2億5000万ドルをたたき出すだろう。

99年はメル・ギブソンやハリソン・フォードやトム・クルーズの天下だった。特にトムが『アイズ・ワイド・シャット』に出たいと言えば、ハリウッドは他の企画を棚上げにして2年待った。それほどのドル箱だった。ジュリア・ロバーツ級になると、1億ドルのヒットをひと夏に2本飛ばした。

大手はギャラの高騰はもちろん、スターの権力が大きくなり過ぎるのを危惧し、安く使える若手を探した。そしてメジャーと独立系に交互に出演していたブレンダン・フレーザーに目を付け、超ビッグな夏休み映画『ハムナプトラ』を任せた。

――20年で最も劇的な変化は?

中間が消えたこと。最近の製作費は、150万ドルか1億5000万ドルの両極端。『スリー・キングス』や『ハイスクール白書』みたいな2000万~7000万ドルの映画を支えるシステムは存在しないと言っていい。

鑑賞方法の選択肢が増えて赤字をDVDで補塡できなくなり、大手スタジオは誰もが知っているシリーズ物が頼りになった。とりわけ巨大な中国市場でヒットする映画が。

文化的な対話を促す映画が消えてしまったみたいで、数年前は暗い気持ちになったよ。でも17年にはジョーダン・ピールの『ゲット・アウト』やグレタ・ガーウィグの『レディ・バード』、昨年はポール・シュレーダーの『魂のゆくえ』が公開されたし、作家性の強い監督にもまだ居場所はあるようだ。

シリーズ超大作だって捨てたもんじゃない。『ブラックパンサー』や『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は心から満足できる。それでも斬新なアイデアに何千万ドルもの予算が付いた時代が懐かしい。

――99年の作品で、今だったら製作されそうにないものは?

代表作はどれも厳しいだろう。フィンチャーは超低予算でアングラ風にも作れるし、スター主演の大作にもできると言って『ファイト・クラブ』を20世紀フォックスに売り込み、後者で撮った。今なら超低予算版だな。

映画ではなく別の形になるかも。『ボーイズ・ドント・クライ』はドラマ化してもいい。『ハイスクール白書』の原作は緻密で登場人物の多い小説だから、HBOのミニシリーズ向きだろう。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』はポッドキャストで、謎の音源をめぐる実験的なホラードラマにできるんじゃないか。

観客がこういう作品を求めなくなったわけじゃない。ただ、映画館に行くとは限らない。



――99年の最優秀作品を選ぶとしたら。

『マルコヴィッチの穴』も『素晴らしき映画野郎たち』も、一部の人にはブーイングされそうだが『ファイト・クラブ』も大好きだ。『ファイト・クラブ』みたいに、後味が悪いのに笑える映画は本当に珍しい。

そうは言っても、『ハイスクール白書』に1票だな。理由は脚本から演技まで、100万くらい挙げられる。とにかく、ほかにやりようがないくらい隅から隅まで完璧に作られた感じがするんだ。僕が取材したフィンチャーやソフィア・コッポラも、『ハイスクール白書』をとても高く買っているよ。

――死ぬまで何度でもリピートしたい99年の作品を5本選ぶとしたら?

トップ5ではなく、純粋に何度見ても飽きない映画を選ぶなら......『サウスパーク 無修正映画版』は癖になるね。それと、いつ見ても昨日作られたように新鮮な『ハイスクール白書』。

『マルコヴィッチの穴』は何度見ても笑えるし、『スリー・キングス』にはハラハラする。

信じてもらえないかもしれないが、すごく評判の悪かった『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』もいい。僕は死ぬまで『エピソード1』について議論し続けるだろう。たとえ議論の相手が自分しかいなくなっても。

――最後に。99年のワースト映画を教えてください。

文句なしに『ワイルド・ワイルド・ウエスト』だね。

<本誌2019年5月14日号掲載>

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メアリー・ケイ・シリング

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