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中国本土への身柄引き渡しで、香港の自由は風前の灯

ニューズウィーク日本版 2019年5月21日 15時30分

<容疑者の中国本土への移送を可能にする制度をめぐり13万人規模の抗議デモも起きているが......>

4月28日、香港で約13万人(主催者発表)が参加する大掛かりなデモが行われた。これは、14年の民主化運動「雨傘運動」以来最大の規模だ。ただし、今回のデモ参加者には、民主的な選挙の要求以上に切実な動機があった。

いま香港政府は、犯罪容疑者の身柄を中国本土に引き渡せるようにする条例改正を推し進めようとしている。中国の司法の公正性に疑念を抱く人々がそれを阻止しようとしているのだ。

新しい条例が成立すれば、香港は「一国二制度」の下での特別な都市という立場を実質的に失う。その上、国際的なビジネス拠点としての地位もほぼなくすことになる。香港人だけでなく、香港で働く外国人や一時的に訪問している人も、新しい制度の対象になるからだ。

新制度の下では、香港政府が犯罪容疑者を中国本土、マカオ、台湾に移送できるようになる。制度改正の名目上のきっかけは、台湾で起きた殺人事件だ。昨年、台湾で香港人男性が恋人を殺害し、逮捕される前に香港に戻るという出来事があった。その後、香港政府は男性を逮捕したが、香港と台湾は容疑者引き渡しの合意を結んでいないため、身柄を移送できずにいる。

とはいえ、台湾に身柄を引き渡すのと中国に引き渡すのでは大違いだ。民主主義の台湾は司法が独立していて、人権も強力に守られている。

外国企業が逃げていく?

それに対し、中国では裁判所が中国共産党の支配下にあり、刑事起訴された人の99%以上が有罪になる。恣意的な容疑や曖昧な容疑で逮捕されたり、外部との連絡を絶たれた状態で何カ月も拘束されたりする。

中国でそのような扱いを受けるのは、中国国民だけではない。カナダ人のマイケル・コブリグとマイケル・スパバは、「国家の安全を脅かした疑い」で昨年12月から拘束され、5月16日に逮捕が発表された。スウェーデン国籍を持つ香港の出版人アーハイ(中国名・桂明海(コイ・ミンハイ))は15年、タイで中国当局に拘束され、首都・北京に連行された。

香港政府は、本土に身柄を引き渡す前に事案ごとに裁判所が可否を判断するとしている。しかし、香港の裁判所が中国当局の要請を突っぱねることなどあり得るのか。

近年、香港政府がさまざまな問題で中国の意向を尊重して行動してきたことを考えると、可能性はゼロに等しい。昨年10月、英フィナンシャル・タイムズ紙の編集者のビザ更新を拒否。今年に入ってからも、中国国歌を侮辱する行為に最大で禁錮3年の刑を科す条例を制定しようとしている。香港政府は中国の顔色をうかがい、香港の自由を制約することに躊躇がない。



今回の条例改正案に対しては、日頃は香港政府に協力的なビジネス界も反対を表明している。自由で公正な司法が脅かされれば、国際的なビジネス拠点としての香港の地位が危うくなりかねないからだ。

外国企業の経営者や従業員がいつ中国当局に拘束されるか分からない状況になれば、深圳などの中国の都市と違いがなくなってしまう。中国本土では、外国企業関係者が根拠薄弱な容疑で逮捕され、非公開の法廷で裁かれるケースが後を絶たない。

香港ではこの数年、政治の自由と報道の自由がじわじわとむしばまれ、「中国化」が進んでいる。それでも香港は法の支配など、本土とは異なる独自性を守り続けてきた。今回の条例改正案が成立すれば、その歴史に事実上終止符が打たれる。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年05月28日号掲載>


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ヒルトン・イプ

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