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南アフリカの黒人政党ANCに若い黒人がそっぽ

ニューズウィーク日本版 2019年5月22日 17時40分

<黒人の政治参加実現に貢献した与党ANCだが、若い有権者にとっては腐敗の象徴でしかない>

四半世紀という歳月は短いようで長い。1994年に初めて全人種参加の民主的選挙が行われてから25年、南アフリカでは去る5月8日に6度目の総選挙が行われた。もちろん、現職のシリル・ラマポーザ大統領を擁する与党アフリカ民族会議(ANC)が悠々と勝利を収めた。しかし得票率は57%。選挙戦中には不協和音もあり、辛うじて故ネルソン・マンデラの志を継ぐ黒人政党ANCの面目を保ったというところだ。

ある意味で、今回の選挙はANCにとっておのれとの戦いだった。最大野党で中道右派の民主同盟(DA)は得票率21%に終わったし、国内外の注目を集めた左派の黒人ポピュリスト政党「経済自由の戦士(EFF)」も10%にとどまった。

EFFを率いるジュリアス・マレマは南アフリカ政界の異端児だ。補償など考えずに白人の土地を接収して黒人に分配しろという彼の主張は、(白人も含めて)全ての人を許そうというマンデラの言説を否定するものだったが、遅々として進まぬ土地改革にしびれを切らし、歴代のANC指導部の弱腰と腐敗に怒りを燃やす若い世代には熱く支持された。

意外だったのは自由戦線プラス(FF+)の躍進だ。同党は白人至上主義の極右政党で、アメリカのドナルド・トランプ大統領が昨年、今の南アフリカでは「白人大虐殺」が進行中だとツイートした時に党幹部の1人が謝意を表明し、国内で物議を醸した。

四半世紀前の創設当時は、白人国家の分離独立だけを主張していた。誰もが多人種共存の社会を志向していたときから、白人の既得権を守ることに専念していた。当然、その主張は支持されず、94年の選挙でも得票率は2%強にすぎなかった。それが5年後には1%に満たなくなり、以後の20年はずっと低迷していたのだが、今回は意外にも2.4%の票(10議席)を獲得し、復活の兆しを見せた。

FF+の躍進は、最大野党のDAがもはや自分たちを代表していないと感じる白人有権者が増えていることの証しだろう。今のDAは都市部に暮らす中産階級の黒人の間でこそ支持を増やしているが、白人至上主義的な考えに引かれる有権者からは見放されている。

世代交代で投票率が下落

だが今回の総選挙の最大の注目点は別にある。投票しなかった有権者の数だ。

南アフリカの黒人は数十年に及ぶ闘争の末にようやく投票権を獲得し、初めて参加した選挙ではマンデラを大統領の座に押し上げた。あの時は何百万もの黒人有権者が投票所の外に長蛇の列を成した。

当時の正確な記録はないが、あれだけの行列ができたのは黒人有権者のほとんどが投票所に足を運んだ証拠だ。99年の第2回総選挙でも投票率は90%近かった。しかし今回は66%と、まあアメリカ並みの水準にとどまった。



この変化の背景には世代交代がある。四半世紀前の歴史的な選挙後に生まれた若い世代は、親や祖父母の世代ほど投票行動へのこだわりがない。

アパルトヘイトの下で育ち、ずっと投票の権利を奪われてきた人たちには、黒人の投票権獲得に尽力したマンデラとANCに対する強い思い入れもある。しかし今の若い世代が知るANCは、「解放者」ではなく腐敗した者たちの牙城だ。

今回の選挙では、有権者の75%しか有権者登録をしていなかった。つまり投票資格のある国民のうち900万人近くが、あえて投票しない道を選んだ。しかも、実際に投票したのは登録有権者の3分の2。投票率は94年以降の最低で、前回14年の時より7.5ポイントも減った。

しかし、これを有権者の「しらけムード」のせいにするのは間違いだろう。選挙という手法には幻滅したとしても、彼らは必ずしも民主主義への参加を諦めてはいない。むしろ選挙への失望は、往々にして直接行動につながっている。

あの国の人たちが本当に政治に無関心なら、抗議デモが頻発することはないはずだ。だが実際には97年から13年の間に起きた抗議デモは6万8000件に上ると推定されている。

数年前のことだが、ヨハネスブルクのシンクタンク「暴力・和解研究センター」がそうした抗議行動に関する研究を発表した。08年以降に南アでどんな抗議デモが行われ、その結果がどうなったかを分析したものだ。

その研究者らは、「反乱型市民精神」という語を提唱した。たいていの抗議行動は大衆的な集会やデモ行進に始まっているが、その後に要求が無視されると行動がエスカレートしていたからだ。政府の代表が約束の時間に来なかったり約束を破ったりすると、たいてい抗議行動の統率は乱れ、時には暴力へと発展していた。

選挙に行くより街頭へ

政治家が国民の声に耳を傾けないのであれば、国民は選挙という通常のルートに頼らず、別の方法で問題解決の道を探る。それは当然かもしれない。

だが、それが民主主義を育むとは限らない。結果が欲しい住民たちの行動はますます過激化するだろうし、それで結果が得られるのであれば、わざわざ選挙に行く必要はないと思ってしまうだろう。つまり今回の投票率が低かったのは、自分たちの思いを実現したければ選挙以外の方法に頼ったほうがいいと、国民が思い始めた証拠と言えなくもない。



与党ANCについては、腐敗と親族びいきが一番の問題とされており、さまざまな団体がこれらの問題について憲法裁判所に訴え出てきた。

そしてこの国の司法が、選挙による政権交代を期待できる普通の民主主義国家より活動家寄りの判断を下してきたのも事実。だがそれは南アフリカ国民の民主主義を守ろうという決意の表れでもある。

このことを念頭に置いて考えれば、投票率の低さをさほど悲観する必要はない。しかしその背景にある失望の深さには、ANCだけでなく全ての政治家が心を寄せるべきではないか。

当座の選挙に勝ったラマポーザと与党ANCは、取りあえず勝利の美酒に酔ってよい。しかし新たな任期が始まれば、彼らが再び多くの抗議行動に直面するのはほぼ確実だ。投票所に行かなかった有権者は、今後も街頭で抗議行動を繰り広げることだろう。

この国の人たちは自分たちの権利を十分に知っている。選挙はもちろん大事だが、街頭で抗議するほうが戦術的にはもっと有効であることを。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年05月28日号掲載>


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シソンケ・ムシマング(ヴィッツ社会経済研究所・研究員)

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