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「モンパチ」の歌に乗せて──『小さな恋のうた』が描くリアルな沖縄

ニューズウィーク日本版 2019年5月24日 16時10分

<映画『小さな恋のうた』はMONGOL800の同名ヒット曲を軸に基地がある沖縄の「今」に向き合う意欲作>

沖縄をめぐる問題は語りにくい。基地問題を知ろうにも、賛成か反対かばかりが熱く論じられ、前提にあるはずのこの島に住む人々の実感から議論が遠ざかっていく。

映画『小さな恋のうた』の誕生を語る上でのキーパーソンは、沖縄生まれ、沖縄育ちの企画プロデューサー、山城竹識(37)だ。根底にあったのは、沖縄と米軍基地の間で混ざり合い生まれる「本当のチャンプルー文化」をエンタメ映画として表現したいという思いだったという。

主人公は沖縄の小さな街で活動する高校生バンドだ。ボーカルの真栄城亮多(佐野勇斗)を中心に、彼らのシンプルながらも力強い歌は東京のレーベルからも注目を集めていた。ある日、バンドの楽曲を手掛けていたギターの譜久村慎司(眞栄田郷敦)がデモ音源を残したまま、交通事故で亡くなってしまう。

失意の中でバンドは空中分解しかけたが、慎司の思いを受け継ぐ新メンバーを迎え、彼がひそかに恋をしていた米軍基地内に暮らすアメリカ人の少女に、あるメッセージを届けるべく活動を再開する――。

一見すると、ブレイクが期待される若手俳優が集った青春映画である。そもそもフィクションであり、沖縄にルーツがある俳優も出演していない。「これは自分たちが知っている沖縄とは違う」と受け取られたら、その時点で地元の観客は離れていくと、山城は考えていた。

しかし、映画が照らし出す射程はそんな狭いものではない。描かれるのは、基地に隣接する沖縄の現実そのものだ。

沖縄の新しい「語り方」

慎司をひいた車は米軍車両の可能性があること、彼の父親は米軍基地で働いていること、亮多の母親はシングルマザーで、米兵相手の飲食店を営んでいること。そして、山城自身の実体験でもある、基地の中に住む少女と一緒にフェンス越しに音楽を聴くこと......。彼の同世代、あるいはもっと下の沖縄の若い世代が基地に抱く、賛否では語り切れない心情が、個々の設定やせりふに投影されている。

山城はこう語る。「この映画には沖縄らしい青い空、海、おじぃ、おばぁは出てきません。その代わり、避けられがちな基地は出てきます。大事なのはリアリティーです。僕は現実から目を背けたら、沖縄の人たち、とりわけ若い世代に見てもらえないと思っていました」



とはいえ、映画にあるのは悲壮感だけではない。躍動感あるライブシーンなど音楽の力で、フェンスに象徴される分断を乗り越えようとする前を向く若者たちの姿が映し出される。

沖縄を代表するロックバンドにして、今なお歌い継がれる名曲を多数生み出したモンパチことMONGOL800の代表曲「小さな恋のうた」から取ったタイトルも印象的だ。モンパチは高校の同級生3人で結成されたバンドで、山城は彼らの後輩だった。

「モンパチの歌も、沖縄の歴史や現実から逃げてないですからね。(映画の中の)基地問題の描き方には当然、批判もあると思います。だけど、僕はモンパチの音楽の力も借りながら、日本中の無関心な人にこそ届けたいと思ったんです。沖縄には大変なこともあるけれど、やっぱり前を向きたい、と」

この楽曲についての映像制作だけは断ってきたというモンパチがOKを出したのは、山城が後輩だからではなく、企画を貫く哲学に共鳴したからだろう。

映画は「面倒くさそう」から始まる沖縄への無関心にくさびを打ち込み、「真面目に語る」だけでは届かない層に音楽の力で関心を呼び込む。沖縄の新しい語り方が、ここにある。

<本誌2019年05月28日号掲載>


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石戸諭(ノンフィクションライター)

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