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中国はトランプ訪日をどう報道したか

ニューズウィーク日本版 2019年5月29日 19時0分

米中貿易戦争が過熱する中、中国が「敵」であるはずのトランプ訪日をどう扱うかは、中国の対日戦略を分析する材料の一つとなる。4日間考察した結果をご紹介する。

批判を控えた「大報道」ではあるが......

これまではアメリカの大統領が訪日した際は、基本的に批判的視点の報道しか中国にはなかった。トランプ大統領の第一回目の訪日(2017年11月)においてさえ、ゴルフ場で転倒した安倍首相の姿を執拗に報道しまくったものだ。

中央テレビ局CCTVを始めとして、たとえば知的レベルが高いサイトの「観察網」や庶民的な「看看新聞」あるいはポータルサイト「捜狐(Sohu)」など、今でも動画が残っている。

しかし今回は違う。

揚げ足取りやバッシングがあまり見られず、多少の皮肉を込めたコメントはあるものの、ほぼ「客観的事実」を述べているのに近い。

たとえば香港メディアではあるものの、中国共産党のコントロール下にある「鳳凰網」の「トランプ(特朗普)訪日」特集サイトをご覧いただきたい。日本でも、ここまで微に入り細にわたって報道しているページは少ないと思われるほど情報が揃っている。おまけに一つ一つの項目をクリックすると、さらに詳細に各項目に対する説明と画像がある。

中国共産党と中国政府(党と政府)自身が、ここまでの「大特集」を組んだのでは、さすがに中国人民に違和感を与え、「党と政府」の意図に疑いの目が向けられていくだろう。そういう時に都合よく使うのが、この「鳳凰網」なのである。何か言われたら、「いや、あれは香港メディアだから」と言い逃れができるようにしておきながら、完全に「党と政府」の指示で動いている。

そうさせておきながら、用心のためにCCTVは「央視網新聞」(CCTVネット新聞)で、ネットユーザーの「親日政府」という批判を回避するかのように「トランプ、訪日二日目に声を立てずに安倍に二つの大きな落とし穴を準備していた」という、やや皮肉を込めた視点の論評を出している。

まずゴルフ場における自撮りの写真に関して「トランプは目が見えなくなるほど目を細めて笑い、安倍はあまりに笑顔を見せたために虫歯まで露呈してしまった」という説明がある。安倍首相がそれをツイッターにアップしたので、早速アメリカのネットユーザー(MaviSeattle)から反応があり、"Please keep him in Japan. Most of us don't want him returen to the US."(どうか彼=トランプを日本に留めておいてほしい。われわれの多くは彼がアメリカに戻ってくることを望んでいない)というツイートに書いてあると紹介。このツイートに対して、1時間で7000個の「賛成(いいね!)」があり、3000回リツイートされたと、説明がご丁寧だ。



二つの落とし穴の一つ目はトランプ大統領の次のツイートだとしている。

「われわれは日本との貿易交渉で大きな進展を得た。大部分は農産物と牛肉に関してだ。それ以外にも多くの内容に関して7月の選挙の後まで待たなければならないが、きっと大きな数値の成果がある」

このツイートには次の含意があるとCCTVネット新聞は解説している。

1.日米貿易交渉で(トランプは)大きな成果を得た。ということは、日本側は農産物と牛肉に関して大きな譲歩をしているということを意味する。トランプはとても喜んでいるが、安倍はおそらく焦っている。この二つは日本人がとても敏感に反応する領域なので日本が譲歩したということが分かれば、日本の農家は必ず安倍に責任を取れと迫ってくる。

2.日本のもっと多くの譲歩は7月の選挙の後にやってくる。安倍のために、「選挙後」と配慮しているようだが、トランプよ、こんなに正直に言ってしまっていいのかい?

CCTVネット新聞によれば二つ目の落とし穴はトランプの次のツイートだとのこと。

「数えきれないほどの日本の役人が私に教えてくれた。(アメリカの)民主党は、たとえアメリカが失敗するとしても、私と共和党が成功するのを見たくないようだと」

これはつまり、アメリカの内政に日本の政府関係者が(密告という形で)干渉しているということを明らかにしたことになり、「安倍を青ざめさせた」とCCTVネット新聞は解説し、「来年の大統領選で、もしトランプが勝利するんなら、まあ、いいが、万一にも民主党が勝ったら、その大統領に安倍は顔向けができるのだろうか」「安倍さん、お疲れ様!大変ですね」と感想を書いている。

トランプを責めても「安倍さん」を責めない中国

ニュアンスとしては、トランプ大統領に、「あなた、そんなこと言っていいの?」というトーンで、「安倍さんの苦境」を語っている。

「安倍さん、お疲れ様!」の「さん」は中国文字で日本語の発音への当て字である「桑(sang=さん)」を用いているから、相当の親しみ(?)を込めたことになろうか。皮肉も込めているかもしれないが、いつもの「安倍首相をヒトラーになぞらえるような攻撃」とは完全にトーンが異なる。

どちらかと言えば、ワシントンやニューヨークの報道の方が、よほど辛辣で、日本のメディアなどは「天皇陛下の政治利用」と書いているところさえあるので、よほど中国の方が批判的ではない。

なぜか――?

それは言うまでもなく、米中貿易戦争があり、おまけにHuaweiまでがターゲットになって禁輸策などが断行されようとしているため、何としても日米同盟のある日本をつなぎとめておきたいからだ。



F-35ステルス戦闘機を105機購入することに関して

さすがに日本がアメリカからF‐35ステルス戦闘機を105機も購入することに関しては、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」が黙ってはいなかった。それでも環球時報は5月27日、あくまでもロシアの衛星網(スプートニク)が報道したとして、直接の日本攻撃を避けている。

しかし中国政府関係者は筆者に語った。

――アメリカの軍事産業がトランプを動かしている。彼らを喜ばせていないと、大統領選に勝てない。そのためには東アジアが平和になるとアメリカは困るのだ。それを理解している安倍は、北朝鮮の脅威を強調することによって、今度は日本における選挙に勝ってきた。民主主義国家は、常に選挙のために動いている。そのためなら平和を犠牲にしてもいいというのがアメリカだ。それでいながら、トランプは金三(金正恩委員長への蔑称。金ファミリー三代目の意味)との仲を裂かれたくないと思っている。北朝鮮問題を解決した歴史に残る偉大な大統領となりたいという名誉欲と自国の軍事産業関係者との間で、トランプは股裂き状態だ。だからせめて安倍に「北朝鮮の行為は国連決議違反だ」と言わせておきながら、自分は「金正恩を信じたい」と述べる。すべてが芝居だね。

中国も芝居が多すぎると思うが、しばらくその「芝居比べ」を考察するとしようか。

[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』(2018年12月22日出版)、『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中英文版も)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など多数。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(筑波大学名誉教授、理学博士)

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