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米中貿易戦争の激化で米中合作ドラマも中止

ニューズウィーク日本版 2019年6月1日 15時0分

<在中アメリカ人俳優が相次ぎ失職――ハリウッド映画が中国市場から排除される?>

中国でアメリカン・ドリームをつかむ夢は、やはりかなわなかった。5月半ば、超豪華ホテルのグランドハイアット北京では新作ドラマ『父を連れて留学へ(Over the Sea I Come to You)』の記者会見が開かれていた。

中国人留学生を主人公に、潤沢な予算を使ってアメリカで撮影され、ベテラン俳優・孫紅雷(スン・ホンレイ)を起用、アメリカ人俳優も多数出演した意欲作だ。チープな作品が多い中国のテレビ界では画期的な作品になるはずで、運よくネットフリックスなどで全世界に配信されれば、出演者たちの注目度も上がるはずだった。

だが会見から3日後、初回の放送を前に突然放送中止が発表された。米中貿易戦争のしわ寄せが、こんなところまで及んだのだ。このままだと、世界最大市場の中国で大いに稼がせてもらおうというハリウッドの夢はもちろん、多くの中国系アメリカ人が抱くバラ色の夢も、はかなく消えかねない。

それなりの若さとまずまずのルックス、そして最低限の演技力と大きな野心さえあれば、中国系アメリカ人が中国のテレビや映画の世界で役者やモデルの仕事にありつくのは難しくなかった。しかしそんな時代は、少なくとも米中貿易戦争が続いている限り、もう終わりなのかもしれない。

匿名で取材に応じた男性は、自分やアメリカ生まれの俳優にはもう仕事を紹介できないとエージェントから言われたと明かした。今回のドラマに似た作品を中国国内で撮影していた別のスタッフも同時期に、今後はアメリカ国籍の人間をキャスティングできないと言われ、脚本を急きょ書き直すことになったと教えてくれた。

テレビ局も当局恐れ自粛

消息筋によると、今のところ、アメリカ国籍者をキャスティングしてはならないという中国当局の通達は出ていない。しかしテレビ局のお偉方は自粛する。安易にアメリカ人を起用することで今後、自分たちの身に降り掛かるかもしれない事態を恐れるからだ。

中国は昔から、国有企業や関連企業の従業員を動員し、領土問題でもめているベトナムやフィリピンなどへの抗議行動を起こさせたり、テレビ局に反日戦争番組の放送を強要したり、中国政府が大義に反すると見なす外国製品の不買運動や外国企業の排斥をあおってきたりした。



中国政府はつい最近まで、韓国の俳優・歌手などの入国や韓国製品の輸入を強く規制していた。それは韓国が16年7月に在韓米軍によるTHAAD(高高度防衛ミサイル)の配備を決定したことへの報復と考えられていたし、中国政府の当局者も、それが報復の一環であることを半ば認めている。

現在のところ、非公式の「出禁」措置の影響を被る在中国のアメリカ人俳優は少数だが、貿易戦争が悪化すれば、アメリカの映画業界も排斥の対象になるかもしれない。中国はハリウッドにとって最大級の市場だ。

せっせと反日作品の制作に励んできた中国のプロデューサーたちは数年前に、国家新聞出版広電総局の検閲官が「娯楽性を重視し過ぎた」戦争ドラマの規制を始めると知らされた。昨年、放映されて高い視聴率を挙げた無難な歴史ドラマ『延禧攻略』『如懿伝~紫禁城に散る宿命の王妃』も、「社会に悪影響」を与える恐れがあるとの理由で放映禁止に追い込まれた。

中国で働く外国籍の芸能人は、当局が朝令暮改で懲罰的な規制を設けることにうんざりしている。そろそろ、もっと役者に優しい国に活動の舞台を移したほうがよさそうだ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年06月04日号掲載>


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ロバート・フォイル・ハンウィック(メディアコンサルタント)

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