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ブレグジットを先延ばしにする、イギリスのわがまま三昧

ニューズウィーク日本版 2019年6月4日 14時0分

<本来なら、3月29日の離脱期限に間に合わなかった時点で「合意なき離脱」をするのがルールだった。それができないのは、これまでEUに「タダ乗り」してきた既得権を手放したくないからだ>

欧州議会選挙が終わった。各国の極右がさらに台頭し、連携して危ないのではないか、という声もあった。しかし、開票1週間前にミラノで派手な集会を開いたイタリアの「同盟」やフランスの「国民連合」(旧国民戦線)、ドイツの「ドイツのための選択肢(AfD)」など12の政党の欧州議会院内会派「国家と自由の欧州(ENF)」は、漸増の58議席にとどまった。

いわゆる欧州懐疑派の極右右派政党はこれだけではなく、他に会派が2つある。3会派の合計では751議席中175議席取ったので、彼らが結束すればEUの脅威だ、という見方もある。だがこれらの政党は個人色が強く近親憎悪的な関係にある。難民受け入れに反対という点では一致しているが、中東欧と西欧では域内移民の扱いや欧州の支援策で利害が対立しており、ここでも結束できるとは考えにくい。

今回の選挙ではイギリスの「ブレグジット党」を除く欧州懐疑派の極右政党はすべて、EU離脱の旗印を降ろしていた。欧州という共同体は残したまま、内部からの改革を求めるよう路線変更したのだ。エリートや富裕層・金融市場が支配する欧州に対しては、欧州市民のための「別の欧州」を作るべきだ、という主張は古くからあった。もともと左派中心の思想だったのが、今や極右のものになった。

ブレグジットを見て欧州極右も残留派に

彼らがEU離脱・ユーロ離脱を引っ込めた大きな理由は、イギリスのブレグジット騒動である。EUを離脱するということがどれだけ大変かをまざまざと見せつけられた。それに、大陸の人々はイギリス人よりも欧州共同体に対する愛着が深い。

さて、そのブレグジットだが、欧州議会選挙投票直前にメイ首相が涙ながらに辞任を発表したが、もともと、国民投票でEU離脱が決まったときから、選択肢は3つしかなかった。ノルウェーのようにEU非加盟だが単一市場には参加する形にするか、スイスのように個別の産業分野ごとに条約を結ぶか、中国やアメリカなどEU域外の国々と同じ条件になる、いわゆる「合意なき離脱」か、である。

イギリスが望んだのはノルウェー式だが、これだと負担金はこれまでと同様拠出するがEUの政治決定には参加できない。イギリスは、お金は払いたくないし、主権は回復したかった。EU側は交渉に応じ、特別に離脱協定に合意をしたのだが、英議会が否決した。本当は否決した時点でスイス式に移行して、分野ごとの個別協議に入るのが筋だった。だが一向に始めようとしない。



そうこうするうちにEUがリスボン条約第50条に規定した離脱期限が迫った。その時点では、もう「合意なき離脱」しかないのである。それがルールだ。にもかかわらずそれは嫌だと期限を延長させた。

要するに、お金は出したくない、既得権は欲しい、離脱による経済的打撃は自分のせいにされたくない、等々のわがままでダラダラとしてきたのである。

そもそも合意の最後のネックとなっているアイルランドの北と南の国境問題も、英国がシェンゲン条約に入れば国境は自由に行き来できるようになるので即、解決だ。アイルランドが同条約に入っていないのはイギリスが入らなかったからだ。ただし、そうなると移民難民も入ってくる。イギリスはそれもイヤだ。

実は、フランスで難民キャンプができたり、英仏トンネルを通るトレーラーの荷台に不法移民が乗ろうとしたり線路の上を歩いたりして事故が起きているが、彼らのほとんどは英語圏の人々で、イギリスをめざしてきている。ところが、イギリスが鎖国しているために、対岸のフランスで大きな問題が起きている。ちなみにトレーラーについていえば、難民や移民が荷台に勝手にもぐり込んでいると、運転手までが罰せられる。

マクロンは最後まで延長に反対だった

イギリスの身勝手に振り回されているだけだ。

4月12日にフランスのレゼコー紙に元IMF専務理事で、セックススキャンダルがなければフランソワ・オランド元大統領に代わってフランス大統領になっていただろうといわれるドミニク・ストロスカーン氏が寄稿をしている。

彼は、2回目の国民投票が考えられないのであれば、離脱しなければならないと主張する。もちろん、「合意なき離脱」はEUにもイギリスにも大きなコストがかかるが、先延ばしする方がはるかに高くつく。「ブレグジットはいかなるコストがかかろうとも迅速に行われなければならない、そしてEUは我が道を歩み続けてなければならない。延期の繰り返しなどの生温く優柔不断な態度は、子供たちの自由な未来のために我々が築いてきた唯一のチャンスを危うくするものだ」

まったくその通りである。現在のように中途半端なままだと関係企業は離脱と残留の両備えが必要で余計な負担がかかっている。第一、3月末でスパッと離脱せずに10月末までの延期を決めたために、離脱したら資格を失う議員を選ぶためにイギリスは欧州議会選挙を行わなければならなくなり、多くの無駄金をつかっている。

マクロン大統領は、離脱延期に反対してEUで孤立してしまったが、EUの規定通りにすぐに離脱すべきだというのは正論なのである。



先の寄稿でストロスカーン氏はこうも書いている。

「イギリスがEUに加盟した1973年以降、イギリス人が私たちにとって大いに助けになったとは言えません。1997年から2010年までの労働党政権の期間を除いて、彼らの行動は自分の利益のみを追求し、欧州の建設を遅らせることだけを狙ったものでした。それがなければ、今日のEUははるかに先まで進んでおり、はるかに強く、はるかに団結していたでしょう」
 
とはいえストロスカーン氏も実は、できることなら2度目の国民投票があって英国がEUに残留することを望んでいる。だが、「イギリスの人々が我が道を行くことを選んだのは私の観点からは間違いですが、それは彼らの自由」。ただ行き詰まりの現状を見るにつけ「悲しい離脱主義者」にならざるを得ないという。

万一残留すればEUにとって危険

筆者は、イギリスが残留することはEUにとって危険であると思う。EUの起源の欧州共同体(EC)は、不戦、人権といった理念を基礎としているのだが、イギリスにとってはプラグマチックな単なる自由経済圏でしかない。ストロスカーン氏は労働党時代のようにイギリスもこの理念を理解し、溝は埋まると期待しているようだが、国民投票の前のEU残留派のキャメロン首相のEUとの交渉ぶりなどをみると、決してそうは思えない。

もっと重要なのは、イギリスは既に様々な特例を受けてきたという点だ。EU負担金は大幅に減額された。難民は一切受け入れない。現在のイギリスのEU残留派もあくまでもその条件下での残留を望んでいる。だが、難民移民排斥とEU負担金への反対こそ、いわゆる欧州懐疑派の極右・右派政党の2大主張だ。特例を持ったまま英国がEUに残れば、彼らにとって大きな追い風となる。


[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。


広岡裕児(在仏ジャーナリスト)

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