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中国「米中貿易」徹底抗戦と切り札は?――白書の記者会見から

ニューズウィーク日本版 2019年6月5日 13時50分

6月2日、中国は「米中貿易協議に関する中国の立場」白書を発布し記者会見を行なった。その内容から中国が徹底抗戦する構えがうかがえる。具体的なQ&Aから考察するが、レアアース以上に強力な切り札は?

国務院新聞弁公室で商務部が白書発布

6月2日、北京時間の午前10時に、商務部は国務院新聞弁公室の発表として、「米中貿易交渉に関する中国の立場」という白書を発布した。約8300文字から成る白書は、「序言」、「一、アメリカが仕掛けた米中貿易摩擦は両国と全世界の利益を損ねる」「二、アメリカは米中貿易協議で前言を翻し、誠意がない」「三、中国は常に平等と互恵と誠意ある協議の立場を守ってきた」および「結語」によって成り立っている。

これは2018年9月に発布した同名の白書の第二段である。

新華網は今般の白書に対して「交渉には最低ラインがあり、重大な原則に関して中国は絶対に譲るわけにはいかない」という見出しを付けている。つまり中国は「アメリカが平等の立場に立って協議をしない限り、絶対に譲らない」ということを表している。

白書は主として以下のようなことを主張している。

1.2018年3月以来、アメリカが中国に仕掛けてきた貿易摩擦を受け、中国は強力な対応措置を講じ国家と人民の利益を守らざるを得なくなった。中国は終始、対話による解決を求めてきたがアメリカは前言を翻すことを繰り返している。アメリカの関税引き上げによって2019年1月から4月までの中国の対米輸出は同時期比で9.7%下降し、アメリカの対中輸出も連続8カ月減少している。2018年の中国企業の対米直接投資は57.9億ドルだったが、10%減少した。2018年のアメリカの対中投資も26.9億米ドルと、2017年の11%増に比べると、1.5%増にまで下落している。米中貿易摩擦の先行き不透明によってWTOは2019年の世界貿易の成長率は3.7%から2.6%まで落ちるだろうとしている。

2.貿易戦争に勝者はいない。だから中国は一貫して貿易戦争に反対し、話し合いによって互いがウィン-ウィンの関係によって繁栄し、世界の経済成長に貢献しなければならないと言い続けているが、アメリカは「アメリカ・ファースト」を捨てず、約束を反古(ほご)にして何としても貿易戦争に持って行こうとしている。中国は貿易戦を戦いたくはないが、しかし戦うことを恐れてはおらず、必要な時には戦わざるを得ない。この姿勢は一貫しており、絶対に変わることはない。

記者発表を行なったのは、商務部副部長(副大臣)で国際貿易談判副代表である王受文氏と、国務院新聞弁公室副主任の郭衛民氏である。

二人による白書に関する長い説明があったあと、記者との質疑応答が始まった。

以下、そのQ&Aの主たるものを抜き出してご紹介し、必要に応じて解説を試みたい。質問が出た順番ではなく、筆者が興味を持った順番に沿って述べる。Qは会場にいる記者、Aは王受文・商務部副部長。

中国はレアアース・カードを切るか?

Q:(シンガポール聯合早報)対米対抗策として、レアアースの対米輸出を制限しますか?



A:中国はレアアースが最も豊富な国ですが、中国は各国のレアアースに対するニーズに対して満足してもらえるよう、喜んで応じたいと望んでいる。しかし、もしある国が、中国が輸出しているレアアースで製造した製品を利用して、中国の発展を阻害しようとするのなら、これは情理上、受け入れがたいことだ。

(筆者注:レアアースはハイエンド製造業にとっては不可欠の原材料であり、アメリカがHuaweiに対して輸出禁止としたICチップなど様々な部品の製造には、中国から輸入したレアアースが不可欠だ。つまり、中国から輸入したレアアースを使って半導体を製造しながら、その半導体をHuaweiに輸出してはならないというのは、道理が立たないということを言っているわけだ。この表現は5月31日付けコラム<中国の逆襲「レアメタル」カード>で述べた、国家発展改革委員会の関係者が言った言葉と同じ言い回しだ。中共中央で既に共通認識ができ上がっている証拠で、同コラムで書いた5月20日の習近平の「江西視察」が本気度を物語っている。)

知的財産権(知財権)の収奪に関して

Q:(中央広播電視総台)アメリカは中国の企業が様々な手段でアメリカから価値のある技術や知財権を奪っていると非難していますが、これに関してどのように考えていますか?

A:中国はすでに重要な知財権大国だ。中国が昨年申請した特許件数は150万件以上に達しており、連続8年、世界一である。と同時に、中国は知財権貿易を行なっており、他国から知財権を購入したり、他国に知財権を販売したりしている。2001年における知財権購入のために中国が他国に支払った金額は19億ドルでしかなかったが、昨年(2018年)は知財権使用のために356億ドル支払っている。約19倍だ。その内、中国がアメリカに支払った知財権使用料は86.4億ドルに達する。中国全体の4分の1だ。このように中国は正当な対価を払って交易しているのであって、知財権を一方的に奪っているということはない。

Q:(アメリカCNNの質問の関連部分)少なからぬアメリカ人は中国で商業活動をするために投資することに対して憂慮しているが。

A:中国はつい最近(2019年3月の全人代で)「外商投資法」を制定したばかりだ。どの国であろうと外国の企業が中国に投資しようとした時には、中国企業側が相手国企業側に技術移転を要求することを禁止している。

「信頼できない企業」リスト → Appleを入れるか?

Q:(アメリカCNNの質問の関連部分)先週、中国は「信頼できない企業」リストを発表すると言っていたが、何だか不透明な方法でアメリカのハイテク巨大企業を攻撃しようとしているように見えるが...。

A:そのリストは主として市場の原則や契約精神に違反した企業に対するもので、非商業的目的で中国の企業に対して一方的にサプライチェーンを切断あるいは封鎖して中国企業の合法的な権益に損害を与えた企業を対象としている。これらの企業は国家安全と社会の公共利益や信頼性を失わせるものである。たとえばFedEx(フェデックス)の誤配送の問題などは典型的な例だ。



Q:(中国日報の質問の関連部分)「信頼できない企業」リストはいつ頃発表されるのでしょうか?

A:近い内に公布するつもりだ。

(筆者注:この「信頼できない企業」リストに、もしAppleを入れれば、どうなるだろうか?中国はいつかはApple外しという強烈なカードを切るのではないかと、ずっと思ってきた。今年4月17日付のコラム<Huaweiが5G半導体をAppleにだけ外販?――Huaweiの逆襲>で見たように、中国にとって、Appleほど大きな切り札はない。HuaweiがAppleに、傘下のハイシリコンの半導体を売る可能性をほのめかしただけで、中国政府は慌ててHuaweiを中国政府側に引き寄せたほどだ。そのことは翌日のコラム<5G界、一夜にして一変! 「トランプ勝利、Huawei片思い」に終わるのか>で無力感を吐露した。Huaweiの任正非CEO自身はAppleを褒め、Huaweiを応援するためにApple製品不買運動などしてくれるなと言ってはいるが、しかし中国政府にとっては違うはずだ。アメリカが根拠を示さずにHuaweiは危険だとして排除運動に出ているように、もし中国が何らかの「もっともらしい」理由を付けてApple外しをしたら、アメリカが受ける打撃は普通ではないだろう。何と言ってもApple製品は中国大陸で製造しているのだし、その購買者の20%は中国大陸の若者なのだから。米中貿易戦争の分岐点は、中国がApple製品を締め出すか否かにかかっていると言っても過言ではないほど、Appleの存在は大きい。拙著『「中国製造2025」の衝撃』に書いたように、AppleのCEOは今のところ習近平の母校である清華大学の経済管理学院顧問委員会委員だが、しかし、QualcommのCEOだって昨年までは顧問委員会の委員だった。何が起きるかは分からない。最後の切り札は、Apple外しかもしれない。このリストにAppleを入れた瞬間、米中貿易戦争は「米中ハイテク戦争」という真の姿を全面に出してくるだろう。)

G20での米中首脳会談はあるか?

Q:(ロイター社)今月日本で開催されるG20で習近平国家主席はトランプ大統領と会談しますか?

A:これに関しては、私は如何なる情報も持っていません。

以上、白書発布会記者会見のQ&Aから見えた一考察を試みた。

追記:中国は2010年の尖閣諸島問題発生の後、日本に「レアアース」カードを切ったが、失敗に終わっている。対中依存度を低めたのと、WTOが協定違反とされたことなどが主たる理由だ。今回はアメリカの高関税もWTO違反だと中国は言っているし、アメリカのハイテクや軍事産業へのレアメタル対中依存度は日本と比べものにならないほど大きい。しかし何と言っても日本は近年、小笠原諸島・南鳥島の沖合5500メートルの海底にレアメタルが埋蔵していることを確認している。早期開発と実用化に期待したい。

[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』(2018年12月22日出版)、『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中英文版も)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など多数。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(筑波大学名誉教授、理学博士)

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