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パスポートに旧姓併記するなら、夫婦別姓の方が現実的? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年6月6日 15時40分

<旧姓を使って活躍する女性に対してパスポートで旧姓併記を認める事例が出てきているが、それなら選択式別姓を導入する方が現実的では>

結婚により夫の姓に変更した人が外務省に対して、「私が旧姓を併記したパスポートを持っている理由を説明した文書を出してもらえないか? あるいは私のように困っている人のために英語で説明している資料はないか?」と尋ねたところ、「ないですね」という回答があったそうです。そこで、その人は、

「旧姓パスポートのままでもよかったけど、有事の際に連絡が取りにくい、けれども旧姓もバリバリ使っているという理由で旧姓併記の手続きをした。新しいパスポートを受け取った時は、かっこ付きでも自分の思い入れある名字が残り嬉しかった。けれどもこのままだと先々でトラブルの元にもなる」

とツイートしたところ、突然、河野外相が「対応を指示しました」とリツイートしたそうで、外相の対応に喝采が上がっています。

ここで問題になっている「パスポートへの旧姓併記」というのは、具体的にどういうものなのでしょう。例えば、鈴木花子さんという女性が結婚した場合に、現行法制では夫婦の別姓は選択できないので、夫の姓である山田が戸籍名になったとします。

その鈴木(新姓は山田)さんが、海外で学会発表をするような場合に、それまでの学術的業績が「Suzuki」で蓄積され、従って次の発表も「Suzuki」で行いたいし、学会への招聘レターも「Suzuki」で来ていたとします。仮に高度な技術に関連する内容などで、学会参加において「フォトID」つまり写真付きの身分証明が必要な場合に、それが「Yamada」だと困る、そのような場合に「旧姓併記」という制度があります。その場合、パスポートには、

<姓>
YAMADA (SUZUKI)
<名>
HANAKO

という表示になります。以前は、この例のように「海外で仕事をするなど、明らかに旧姓での身分証明が必要である」という事実を示さないと、なかなかこの「旧姓併記」ができなかったのですが、最近は「女性活躍」の一環として、この「旧姓併記」の申請を簡素化するように内閣は努力するとしています。

さて、今回の問題ですが、かつては面倒であった(その前は不可能だった)旧姓併記が柔軟に受け付けられるようになったとして、今度はその「旧姓併記」によって、また別のトラブルが起きているということなのです。



例えば、パスポートの表記は「YAMADA(SUZUKI)」になっていても、ICチップには戸籍名(この場合は「YAMADA」)しか登録できないことになっているので、「表記とチップのデータが不一致」になるわけです。

そうなると、例えば航空会社のEチケットでのチェックイン時にエラーになるとか、国によっては自動入国審査システムでエラーとなり、「別室へどうぞ」ということになって入国に時間がかかるということが起こり得ます。

またチップの情報との不一致エラーだけでなく、そもそも「2つの姓を使い分けているのは怪しい」として、入国審査官の心証を悪くする可能性もあります。また、ビザについては戸籍名で取った(取るしかなかった)のに、パスポートの表示は旧姓併記である場合に、氏名の「不一致」が問題になり入国審査に時間がかかるというケースも想定されます。

では、この場合、河野外相が指示したとして、外務省はどのように対応が可能なのでしょうか? 一つ考えられるのは、外務省のホームページに各国語で、

「日本国においては婚姻等により姓を変更した場合も、実業界や学界で旧姓を通名として使用するケースが多く、国外における旧姓による身分証明の必要性も増大しております。そこで、日本国民のパスポートにおいては、申請により旧姓をカッコ書きして表示する制度を導入しております。」

といった「説明」を分かりやすく表示しておき、該当者はそのページを印刷しておいてトラブルに備えるということが考えられます。

それでも各国の出入国管理官、あるいは多くの航空会社から「ICチップの情報」と「パスポートの表記」を一致させて欲しいという要請があったり、また、日本人が行き来することの多い、米国、EU、中国などが「査証申請の名前も一致させて欲しい」というような流れになる可能性も考えられます。仮に、テロ防止への厳しい国際協調が要請されるような動きが強まれば、そうなるでしょう。

その場合は、日本独特の「カッコ書き」も不自然だから止めることとなり「YAMADA SUZUKI」という表記になり、それがICチップにも、ビザ申請にも使われる、そんな可能性もゼロではありません。航空券などは、既にカッコをとって、「HANAKO YAMADA SUZUKI」のような運用になっているケースもあるようです。

仮にそうなると、日本人であるのに、日本人の名前にはあるはずのない「ミドルネーム(海外ではそう見られます)」を使用することとなり、しかも日本政府がそれを公認して推奨するという不思議な状況になってしまいます。

そこまで問題を「こじらせる」のであれば、やはり本人たちの希望による選択式別姓を早々に導入する方が現実的と思うのですが、どうでしょうか?

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