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ドイツ有名ブロガー 偽のホロコースト体験談でタイトル剥奪

ニューズウィーク日本版 2019年6月6日 17時15分

<有名ブロガーが「22人の親戚のほとんどをホロコーストで失った」という経験を綴り、24万人もの読者を得ていたが、実はすべて嘘だったことが発覚し、問題となっている>

ドイツで2017年に「ゴールデン・ブロガー」賞を受賞した女性ブロガーが、偽のホロコースト体験談を語ってきたとして、そのタイトルを剥奪された。独シュピーゲル誌の独自調査で発覚した。

博士号を持つ歴史学者でもあるブロガーは、「22人の親戚のほとんどをホロコーストで失った」経験を綴り、24万人もの読者を得ていたが、そのような家族は実在しなかった。

承認欲求の果てに?

ナチスによるユダヤ人大虐殺の犠牲者を追悼するためのイスラエル国立記念館ヤド・ヴァシェムでは、専用フォームを使えば誰でも犠牲者を登録することができる。2013年、当時アイルランドに暮らしていたマリー・ソフィー・ヒングストは、22人の家族や親戚の情報を提供し、犠牲者として登録した。だがシュピーゲルによると、「アウシュヴィッツに収容されていた」とされるヒングストの父親は実際にはプロテスタントの牧師で、さらに他の21人についても、公式のアーカイブのどこにも記録が見あたらないという。

同誌によると、ヒングストは当初ダブリンにいて友人もなく、寂しい思いをしていたようだ。まもなくブログを始めたが、そこで、ホロコーストの犠牲者である方が「ユダヤ系ではないドイツ人よりずっと面白い」らしいということに気づいた。架空のユダヤ系祖先の苦難をまことしやかに綴ったブログは次第に注目を集め、2017年、ドイツのゴールデン・ブロガー協会から最優秀女性ブロガーに選ばれた。さらに翌年には、現代欧州に押し寄せる難民の苦難を架空の先祖の体験になぞらえたエッセイにより、フィナンシャル・タイムズ誌から「ヨーロッパの未来賞」を受けている。

次から次へと嘘が明るみに

今回の告発によりゴールデン・ブロガー賞はヒングストのタイトルを剥奪した。同協会の声明では、あれほど読者に愛されたブログが嘘であったことにショックを隠しきれない様子だ。ヒングストに説明を求めているが、今のところ回答はないようだ。ヤド・ヴァシェムも、すでに専門家に依頼し独自の調査を開始しているという。

一方でヒングスト側は弁護士を通じてシュピーゲルに抗議文を出し、ブログは単なる芸術的な創作、つまり「文学」であり、ジャーナリズムや歴史などではないと主張した。だが、「何を今さら」と周囲の反応は冷たい。

さらに別の告発で、ヒングストが2017年にテレビインタビューで語った、インドのスラムに若い男性向けの性的カウンセリングを提供するクリニックを設置し、のちにドイツで難民向けに類似のサービスを開始したという主張も嘘だったことがわかった。



ホロコーストにまつわる話題で一儲けしようと企んだのは、ヒングストが初めてではないようだ。ドイツ公共放送ドイチェ・ウェレは過去に起こったいくつかの事例をあげている。たとえば、ホロコーストを逃れオオカミの群れに育てられたという、実話として出版され世界的な大ベストセラーとなったある本は、のちに作り話であることが発覚し、そのベルギー人著者は裁判所より出版社への22億円の返還を命じられた。

ヒングストの罪

ヒングストの場合は法的な問題は発生していないようだが、それでも彼女の行いは罪深い。それはヤド・ヴァシェムを冒涜したことだけではない。

これほど多くの人を騙すほどに真実味に富み、説得力のある作品が書けたのなら、小説として出版する道もあったはずだ。だが、ブログという安易な手段を選んでしまったことと、その結果により、人々の間では「ブログにはやはり信ぴょう性がない」という声が上がっている。真面目にブログに取り組んでいる人にとっては甚だ迷惑な話だ。

さらに、タイミングを懸念する声も多い。現在、ドイツを含めヨーロッパではアンチセミティズム(反ユダヤ主義)が高まっており、つい先日もドイツ政府が、攻撃対象になることを避けるためにキッパー(ユダヤ伝統の男性用帽子)の着用を控えるよう呼びかけたばかりだ(このとき、扇情的な写真大衆紙としてふだんはあまり評価の芳しくないビルト誌が、切りとって使える紙のキッパーを掲載し、ユダヤ人との団結を示すために着用を呼びかけたことで高評価を得ている)。

ヒングストはユダヤ系ではなかったが、今回の捏造騒動がユダヤ人によるものと勘違いした人々や、ホロコーストはなかったとする歴史修正主義者たちに悪用されないように、目を見張る必要がある。



ゴールデン・ブロガー賞を受賞したマリー・ソフィー・ヒングスト Inside Wirtschaft


モーゲンスタン陽子

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