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乱世のゲーム業界にレトロなドット絵アートで挑む

ニューズウィーク日本版 2019年6月14日 17時10分

<人気作連発のチャックルフィッシュ社は開発業者との濃密な関係が売り――制作に干渉せずカネもかけない「必勝法」>

ドイツの統計調査会社スタティスタによれば、世界最大手のデジタルゲームダウンロード販売プラットフォーム「スチーム」を通じて昨年発売されたビデオゲームは9050点。1日に25タイトル近くが追加されている計算だ。

ユーザーにとってはうれしい限りだが、ゲームソフトのパブリッシャー(販売会社)の苦労は並大抵のものではない。

膨大な数の候補から配信タイトルを選ぶのは大変だ。アクティビジョン・ブリザードやエレクトロニック・アーツのような販売大手では、巨額の資金と多人数を投じて行う市場調査を基に決定を下している。

では、小規模なパブリッシャーはどうしているのか。従業員20人のチャックルフィッシュ(本社ロンドン)にとって、答えは簡単。デベロッパー(ゲーム開発者)の視点で考えるのだ。

もともとチャックルフィッシュは、デベロッパーとしてスタートした。人気の宇宙探査ゲーム『スターバウンド』は、同社が開発を手掛けた作品だ。

その後、開発プロセスについて同業者から相談を受けるうち、彼らはインディーズ(小規模デベロッパー)の作品に「搾取的な取引」が多い現実を知る。多くのパブリッシャーが自分たちに一方的に有利な契約を交わしていると、プロダクトマネジャーのトム・カトカスは言う。

そこで「デベロッパーの力になりたい」という思いから、同社はパブリッシャーに転身。こうして手掛けた最初のゲームソフトの1つが、フィン・ブライスCEO自らが選んだ『スターデュー・バレー』だった。

この作品はレトロな農場経営シミュレーションゲームで、開発者エリック・バロンがたった1人で4年以上の歳月を費やして完成させた。チャックルフィッシュはバロンに、さまざまなフォーラムやソーシャルメディアでの作品の宣伝とビジネス面の支援を約束した。

こうした協力関係のおかげで、『スターデュー・バレー』は大成功を収めた。PC版ソフトの発売翌年の17年には、プレイステーションやXboxなどのゲーム機用ソフトも発売。10月の発売だったのに、この年ニンテンドースイッチのソフトで最も多くダウンロードされた。



「大衆受けを狙わない」

ほかにもチャックルフィッシュは、インディーズのデベロッパーと提携して販売した11タイトルで成功を収めている。うまくやるコツは「ただ見守ること」だと、カトカスは言う。「どんなゲームにするか口出ししないし、開発にも携わらない。多くのパブリッシャーは、うちのようなやり方をしない。デベロッパーとの間に、相当の信頼関係がないとできないから」

チャックルフィッシュは小所帯だからこそ、デベロッパーとより濃密な関係を築くことができる。同社から今年4月に『パスウェイ』を発売したサイモン・バックマンは、チャックルフィッシュは開発に干渉してこないし、あまり金をかけないところもいいと言う。

「巨額の資金を投じると、リスクを最小限に抑えて、安全パイのコンセプトでゲームを作ることになる」と、バックマンは言う。デベロッパーとしては大手には却下されそうなコンセプトも、チャックルフィッシュならチャンスがあるかもしれない。

昨年9月に発売された『タイムスピナー』のデベロッパー、ボディー・リーも同じ意見だ。「大衆受けを狙わなくていい。自分たちが好きなゲームだけを作れるところがいい」

チャックルフィッシュでは毎年、何千本ものソフトや何百もの企画の中から、どのソフトを発売するかを選ぶ。決定する際の基準は、自分たちの気に入ったゲームならユーザーも気に入ってくれるという直感だ。

チャックルフィッシュが選ぶソフトはいずれも、スーパーファミコンやメガドライブのような昔ながらのゲーム機で遊びたくなるレトロなアートスタイルが特徴だ。意図してそういう作品を選んでいるというより、偶然そうなっているとカトカスは言う。「美的な部分について特別な基準は設けていないけど、ドット絵のゲームに引き付けられる傾向はあるかな」

カトカスは『スターデュー・バレー』から『パスウェイ』『タイムスピナー』に至るゲームの販売で成功したカギは、たった1つの事実に集約できるとも語る。

「僕らはとにかく、たくさんゲームをやってるから」と、カトカス。「本当にたくさんやってるんだ」

<本誌2019年6月18日号掲載>


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モ・モズチ

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