<汚染の元凶となる藁を買い取り燃料に加工して農家も環境も守る新システム>
アジアで深刻な環境汚染の元凶になっているのが、藁(わら)だ。穀物農家は収穫の後、次の作付けに向けて小麦藁や稲藁を燃やす。畑をまっさらにするためには藁を焼き払うのが最も安上がりな方法だが、これがインドの首都ニューデリーのような都市で大規模な大気汚染を引き起こす。
その問題に取り組んでいるのが、インドの農業・エネルギー企業「A2Pエネルギーソリューション」の創設者の1人シュクミート・シンだ。農家から藁を購入し、それを燃料や動物のエサ、土壌改良剤として使用できるペレットに加工する。 同社によれば、これまでの活動で大気中への放出を防いだCO2の量は450トンを超える。本誌ジュリアナ・ピニャタロがシンに話を聞いた。
***
――達成したい究極の目標は?
インド北部では毎年9月と10月だけで3500万トンの藁が燃やされている。それを全て産業用のクリーンな燃料に変えたい。
――事業を思いついた訳は?
藁の焼却処理は、環境に深刻な影響を与えていた。18年の調査で、ニューデリーは世界で最も大気汚染が深刻な都市だった。ひどいときには大気中の汚染物質の量は、WHO(世界保健機関)の基準値の20倍にもなる。
この大気汚染のせいで、ニューデリーに住む子供たちの肺は、アメリカの子供より小さい。大気汚染による経済・医療コストは年間300億ドルと推定されており、インドの医療・教育予算を圧迫している。
――A2Pはこれにどう立ち向かっているのか。
藁からさまざまな製品を作っている。まずは「燃料」。木や石炭のような従来の燃料の代替品となる。そのほか、イケアの家具で使われているような稲藁を原料とした板も製造している。石炭より環境に優しいバイオ炭も作り、土壌養分に活用する。
――農家をどう巻き込んでいるのか。
政府や自治体は藁を燃やさず畑に戻すよう農家に指導しているが、農家は嫌がる。次の作付けの邪魔になるし、害虫が増えるからだ。どうにかしたいなら政府が藁を引き取れと農家は言うが、保管できる場所はない。
そこで私たちは農家から藁を買い取り、農家が臨時収入を得られるだけでなく、産業向けに高付加価値の製品を作る仕組みを考えた。藁を収集する機械類を農家が購入するための支援も行っている。
――提携する農家をどうやって決めているのか。
NASAの衛星データを使って、藁が燃やされている場所を特定した後、機械学習アルゴリズムで、どの農地で藁が繰り返し焼却されているかを判断する。
藁は飼料や燃料など用途の広いペレットに加工する COURTESY OF SUKHMEET SINGH
――同様の問題に取り組んできた人たちから学んだことは?
この手のビジネスをしている人は見かけないが、それには理由がある。藁は機械での加工がとても難しい。私たちは学術界と産業界での経験を生かし、広範囲な調査研究を行った。
――最終的な成功にどの程度近づいた?
やっと、藁の処理に最適な機械が用意できた。今後は規模を拡大する必要がある。コストに見合うものにするためには多数の製造工場がなければいけない。
――最大のハードルは何か?
資金だ。投資家は、この種のビジネスを好まない。投資がリターンを生むまでの期間が、期待よりはるかに長い。私たちが構築しようとしているものの価値を理解してもらう必要がある。単なる利益重視の組織ではない。
――あなたが成功したら、20年後の世界はどう変わるか?
農家には副収入ができ、ニューデリーの空気がきれいになり、子供たちが普通に呼吸できる世界になる。
<本誌2019年6月25日号掲載>
※6月25日号(6月18日発売)は「弾圧中国の限界」特集。ウイグルから香港、そして台湾へ――。強権政治を拡大し続ける共産党の落とし穴とは何か。香港デモと中国の限界に迫る。
ジュリアナ・ピニャタロ
アジアで深刻な環境汚染の元凶になっているのが、藁(わら)だ。穀物農家は収穫の後、次の作付けに向けて小麦藁や稲藁を燃やす。畑をまっさらにするためには藁を焼き払うのが最も安上がりな方法だが、これがインドの首都ニューデリーのような都市で大規模な大気汚染を引き起こす。
その問題に取り組んでいるのが、インドの農業・エネルギー企業「A2Pエネルギーソリューション」の創設者の1人シュクミート・シンだ。農家から藁を購入し、それを燃料や動物のエサ、土壌改良剤として使用できるペレットに加工する。 同社によれば、これまでの活動で大気中への放出を防いだCO2の量は450トンを超える。本誌ジュリアナ・ピニャタロがシンに話を聞いた。
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――達成したい究極の目標は?
インド北部では毎年9月と10月だけで3500万トンの藁が燃やされている。それを全て産業用のクリーンな燃料に変えたい。
――事業を思いついた訳は?
藁の焼却処理は、環境に深刻な影響を与えていた。18年の調査で、ニューデリーは世界で最も大気汚染が深刻な都市だった。ひどいときには大気中の汚染物質の量は、WHO(世界保健機関)の基準値の20倍にもなる。
この大気汚染のせいで、ニューデリーに住む子供たちの肺は、アメリカの子供より小さい。大気汚染による経済・医療コストは年間300億ドルと推定されており、インドの医療・教育予算を圧迫している。
――A2Pはこれにどう立ち向かっているのか。
藁からさまざまな製品を作っている。まずは「燃料」。木や石炭のような従来の燃料の代替品となる。そのほか、イケアの家具で使われているような稲藁を原料とした板も製造している。石炭より環境に優しいバイオ炭も作り、土壌養分に活用する。
――農家をどう巻き込んでいるのか。
政府や自治体は藁を燃やさず畑に戻すよう農家に指導しているが、農家は嫌がる。次の作付けの邪魔になるし、害虫が増えるからだ。どうにかしたいなら政府が藁を引き取れと農家は言うが、保管できる場所はない。
そこで私たちは農家から藁を買い取り、農家が臨時収入を得られるだけでなく、産業向けに高付加価値の製品を作る仕組みを考えた。藁を収集する機械類を農家が購入するための支援も行っている。
――提携する農家をどうやって決めているのか。
NASAの衛星データを使って、藁が燃やされている場所を特定した後、機械学習アルゴリズムで、どの農地で藁が繰り返し焼却されているかを判断する。
藁は飼料や燃料など用途の広いペレットに加工する COURTESY OF SUKHMEET SINGH
――同様の問題に取り組んできた人たちから学んだことは?
この手のビジネスをしている人は見かけないが、それには理由がある。藁は機械での加工がとても難しい。私たちは学術界と産業界での経験を生かし、広範囲な調査研究を行った。
――最終的な成功にどの程度近づいた?
やっと、藁の処理に最適な機械が用意できた。今後は規模を拡大する必要がある。コストに見合うものにするためには多数の製造工場がなければいけない。
――最大のハードルは何か?
資金だ。投資家は、この種のビジネスを好まない。投資がリターンを生むまでの期間が、期待よりはるかに長い。私たちが構築しようとしているものの価値を理解してもらう必要がある。単なる利益重視の組織ではない。
――あなたが成功したら、20年後の世界はどう変わるか?
農家には副収入ができ、ニューデリーの空気がきれいになり、子供たちが普通に呼吸できる世界になる。
<本誌2019年6月25日号掲載>
※6月25日号(6月18日発売)は「弾圧中国の限界」特集。ウイグルから香港、そして台湾へ――。強権政治を拡大し続ける共産党の落とし穴とは何か。香港デモと中国の限界に迫る。
ジュリアナ・ピニャタロ