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この10年間で一気に日本全国で顕在化した「8050問題」

ニューズウィーク日本版 2019年6月20日 15時0分

<親と同居する引きこもり中高年の問題は、都市部よりもむしろ地方部で深刻化している>

「8050問題」に社会的関心が高まっている。80代の老親と、引きこもりが長期化して50代の子が同居している世帯の問題だ。

中高年が親と同居する事情は様々だが、基礎的生活条件を親に依存し続けることは憂慮される。親はいつまでも元気ではない。同居している親は「自分がいなくなったら、この子はどうなるのか」と気をもんでいる。

同居している子も心中は穏やかでなく、劣等感や将来への絶望感に苛まれているケースが多い。それが暴発したのが、先月に川崎市で起きた通り魔事件だった。容疑者は叔父夫婦と同居する51歳の男性で、長らく引きこもりの状態にあったという。数日後には、年老いた元官僚が同居する40代の息子を刺し殺す事件も起きている。通り魔事件と同じような凶行を起こしかねないと危惧したためだ。

似たような状況にある人は、統計で見てどれほどいるか。2015年の『国勢調査』によると、親と同居する50代の未婚・無業男性は16万7094人となっている。50代の男性人口に占める割合は2.2%だ。50代男性の45人に1人が、親同居の未婚無業者ということになる。

この数値には地域差もある。数値に基づいて47都道府県を塗り分けると、<図1>のようになる。左は2005年、右は2015年のマップだ。



この10年間で地図の模様が濃くなっている。50代の親同居・未婚無業男性の率が2.5%(40人に1人)を超える県は、2005年では2県だったが2015年では16県に増えている。「8050問題」の裾野が広がっているのがわかる。

上位には地方周辺県が多い。雇用がないためだろうか。家が広い、親が勤勉志向で貯蓄があるなど、子をパラサイトさせる条件もあるのではないかと考えられる。

「50にもなって仕事もせず、親のすねをかじりながら実家に居座り続けるなんて」と、いぶかしく思う人もいるかもしれない。親が高齢になれば、今のぬるま湯はやがては水風呂、いや氷風呂になる。社会学者の山田昌弘・中央大教授は、著書『パラサイト・シングルの時代』(1999年)で事態を憂いて親同居税の導入を提言している。



しかし、同居する50代も甘えているだけではないだろう。<図1>に見るように、中高年の親同居・未婚無業者率は地方で高いのだが、都会のブラック企業で疲弊して帰郷したという人もいるだろう。地方では周囲の目も厳しい。今の状態を心地よいぬるま湯と思っている人はあまりいないはずだ。



無職で求職活動もしていない45~54歳男性に対し、その理由を尋ねると、半分近くが「病気・けがのため」となっている<表1>。この中にはメンタルの病も含まれている。

長らく社会とのつながりを断って(断たれて)きた人には、精神を病んでいる人も多い。こういう人たちを社会につなげるためには、段階的な取組が必要だ。例えば当人が興味を持っていることを認め、それを糸口にすることも一つの手だ。引きこもりにはゲーム好きが多いが、それを逆手にとった「eスポーツ」による就労支援の取組が注目されている(毎日新聞Web版、2019年6月3日)。

ゆるい働き方を認めるのも大事だ。生活保護受給者に就労指導が入る場合、いきなり8時間超のフルタイム就業を促されるというが、これでは上手く行かないだろう。段階的にインクルージョン(社会参画)を進めていくことが求められる。

なかには、教員免許状のような専門資格を有している人もいる。昨今、学校も人手不足に悩んでいるが、こういう人たちをパート勤務で雇ってみたらどうか。オランダでは、中学校教員の半数がパート勤務だ(拙稿「パートタイム労働を差別する日本の特異性」本サイト、2019年4月3日掲載)。「ゆる勤」を取り入れることでワークシェアリングが進み、教員のブラック労働も是正される。

目的をもって好きなことにのめり込んでいる、ちょっとの時間でも就労している、社会と接している――こういう条件を満たす人は引きこもりではない。まずはこうしたことが社会参画への第一歩になる。

こうした取組を契機に、社会全体に「ゆる勤」を広めればいいのではないか。国民の多数が体力の弱った高齢者になる時代、そうしないと日本社会は回りそうにない。AIの台頭によってそれが可能になる見通しも出てきている。20世紀は「フルタイム(正社員)」の時代だったが、21世紀は「パート」ないしは「フリーランス」の時代だ。8050問題は、日本社会全体を未来型に変身させるカギを内包しているとも言える。

<資料:総務省『国勢調査』、
    総務省『就業構造基本調査』(2017年)>








舞田敏彦(教育社会学者)

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