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独走ジョンソンは英首相の器なのか

ニューズウィーク日本版 2019年6月26日 17時40分

<保守党党首選でトップを走る前外相はイギリス政界でも類を見ない型破り男――当選すれば「保守党最後の首相」になるかもしれない>

ぼさぼさ頭の元ジャーナリストが、気が付けばイギリスで最も顔を知られ、最も物議を醸す政治家になっていた。辞任を表明したテリーザ・メイ首相の後任争いで、ボリス・ジョンソン前外相はトップを独走中だ。

保守党党首選でジョンソンは、10人の候補者を2人に絞り込む313人の党所属下院議員による投票で首位に立った。5回目の議員投票で160票と過半数の票を獲得し、次点のジェレミー・ハント外相の77票を大きく上回った。2候補の決選投票は約16万人の党員によって行われ、7月下旬に新党首が決まる。

これまでの世論調査でジョンソンは、将来の総選挙で誰よりも支持を得られそうな指導者になると評価されてきた。08年には労働党支持者の多いロンドンで市長選に勝ち、「他政党の支持者にもアピールできる保守党員」という評判を手にした。ジョンソンは「有権者を笑顔にできるイギリスで唯一の政治家」だと、彼の親友は言う。

その型破りな人柄や軽妙な話術から、ジョンソンはカリスマ的人気を得ている。名門イートン校からオックスフォード大学に進んだという学歴を持ちながら、憎めないお調子者を演じているところも人気の理由だ。

だがジョンソンが保守党党首に、つまり首相になるという見通しが高まったことは、イギリスのエリート層にとって悪夢に近い。イギリスの公人で「あれほど嫌われている人間」は見当たらないと、彼の友人も認める。

私生活はお世辞にも品行方正とは言えず、妻以外の女性との間に子供が少なくとも1人いる。誠実さに疑問符を付ける見方も多く、ウィンストン・チャーチルやマーガレット・サッチャーの党のトップに座るには道徳的に問題があるとも言われる。

ジョンソンのデイリー・テレグラフ紙記者時代に上司だったマックス・ヘイスティングズは12年、彼を散々にこき下ろした。

「ボリスのうぬぼれの強さは金メダル級だ」と、ヘイスティングズは書いた。「一般の人が思うより、はるかに冷酷で嫌な男だ。類を見ないほどの目立ちたがり屋で、分別、思慮、忠誠心といったものとは全く縁遠い」

伝統を重んじ、政治的な冒険をしない保守党で、ジョンソンのような人物が党首になる可能性は本来ならゼロに近い。しかしブレグジット(イギリスのEU離脱)をめぐる混乱は、保守党の品格だけでなく、政治的な慎重さも揺さぶったようだ。イギリスは当初期限の3月29日までにEU離脱を実行できず、屈辱的だが期限の半年延長をEUに要請した。これによってメイの首相としてのキャリアは終わり、政界に激変を招いた。



離脱を支持する大勢の怒れる有権者が保守党を見限り、争点をEU離脱だけに絞ったブレグジット党の支持に回るという事態も招いた。5月下旬の欧州議会選挙では、ブレグジット党が得票率30.7%で首位を獲得。保守党はわずか8.8%で、前例のない5位に甘んじた。

今回の党首選には、強硬離脱派の脅威に対処する姿勢が色濃く見て取れる。16年の国民投票では残留の立場を取った保守党だが、今回はほぼ全ての候補が過激な反EU姿勢を訴えた。ジョンソンもスイスでの経済会議で「(イギリスは)合意の有無にかかわらず、10月31日にEUを離脱する」と発言した。

懸念される党の大分裂

「合意なき離脱」と聞けば、多くの英企業は震え上がる。だがジョンソンが頼る草の根の保守党員には、ブレグジットへの強硬姿勢が大きくアピールする。

最近の調査によれば約16万人の保守党員の内訳は、97%が白人、71%が男性、そして大半が富裕層。今の多様なイギリスを代表する集団ではない。その中でジョンソンを支持するのは離脱最強硬派だ。「合意なき離脱」を支持する党員はジョンソン支持者では85%。党員全体では66%、有権者全体では25%だ。

先頃ジョンソンはBBCのインタビューで、ブレグジット後もイギリスとEU間の物やサービス、人の流れは続け、取り締まりは「販売時点」で行えばいいと述べた。この発言にEU側は当惑したに違いない。「合意なき離脱」ならイギリスは国境開放の恩恵を受けられないと、EUは明らかにしていた。

さらにEUは、先にメイに示した協定案について再交渉はあり得ないと繰り返し表明してきた。しかも新しい欧州委員会の顔触れが決まるのは10月で、離脱期限まで数週間しかない。メイは交渉に3年かけても、らちが明かなかったのだが。党内には、「合意なき離脱」も辞さないジョンソンの無謀な姿勢が議会との対決を招き、総選挙での大敗につながるという危惧もある。

最近の世論調査では、総選挙ならブレグジット党に投票するという人が24%いる。次いで保守党と労働党が支持率21%で並び、自由民主党が19%で続く。

「(ジョンソンは)ブレグジットには保守党の存亡が懸かっていると語ったが、最悪の事態は党が分裂することだ」と、元側近は言う。党内の離脱派はブレグジット党に駆け込み、残留支持派は自由民主党にくら替えするという事態だ。

総選挙の勝利が見えない

マット・ハンコック保健・社会福祉相は党首選から撤退した直後に、いま求められているのは「未来のための候補」ではなく「現在の特異な状況を収拾する候補」だと語った。確かにジョンソンなら、約束の3月を逃した屈辱を和らげられる。



対EUや英議会で新たに挫折を味わうことになっても、ジョンソンなら持ち前の人間的魅力で誰よりも有権者の心をつかめるかもしれない。ただし、有権者の間では離脱支持が弱まりつつある。いくら最強硬派にアピールできても、総選挙で勝てる戦略にはつながらないだろう。

いつもは冷静な論調のエコノミスト誌も、6月8日号の論説で「保守党党首選では茶番劇とばらまき合戦が混然としてきた」と言葉を荒らげた。「各候補は10月31日という非現実的な期限に固執し、魔法の交渉力を持っているかのように主張して『合意なき離脱』という玉砕覚悟の政策を掲げる。狂信的な仲間に囲まれ、きれいに離脱すると叫べばいい気分かもしれない。だが、それは墓場に至る道だ」

保守党議員は、ジョンソンへのさまざまな思いをのみ込んで彼に投票したのかもしれない。総選挙をにらんで、悪い選択肢のうち最もましな候補を選ぼうという窮余の策だ。だが、それは正しい判断なのか。ジョンソンの元側近は、彼が「保守党最後の首相になる可能性は十分ある」と語っている。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年7月2日号掲載>


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オーエン・マシューズ

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