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習主席は米国崇拝の投降派? 米中貿易戦争で中国の宣伝工作が混乱

ニューズウィーク日本版 2019年6月27日 17時20分

米中貿易戦争に関する中国の宣伝工作が混乱気味だ。米側の強硬姿勢で5月の貿易協議が物別れに終わったにもかかわらず、習近平国家主席はトランプ米大統領を「わが友」と呼んで、米中関係がいかに密接かを強調した。一方で中国の主要公式メディアは、超大国・米国を崇拝し恐れて「投降」を主張する人々がいると非難。対米外交をめぐり習政権内部で意見対立が生じているかのような印象を与えた。

「あなたの中に私がいる」

習氏は6月7日、ロシアのプーチン大統領らと共にサンクトペテルブルクで開催された国際経済フォーラムに出席し、座談会で以下のように発言した。

一、中米間には幾つかの貿易摩擦があるが、両国は既に「あなたの中に私がいて、私の中にあなたがいる」という関係であり、互いに最大の投資者、最大の貿易パートナーだ。一、中米が完全に引き裂かれるというのは、私も想像し難い。そのような状況を私は見たくないし、われわれの米国の友人も見たくないだろう。わが友トランプ大統領も見たくないと信じている。一、「一帯一路」(中国の陸海シルクロード経済圏構想)は相互尊重、互恵のウィン・ウィンだ。中国は(米国に代わって)ナンバーワンになろうとは思わないし、植民計画を進めることはあり得ない。われわれが「マーシャル・プラン」(第2次世界大戦後に米国が実施した大規模な欧州復興支援計画)を策定することも不可能だ。

米側の対中貿易制裁強化に対し、中国公式メディアが反米キャンペーンを展開する中での発言とは思えないほど親米的な言い方だったため、香港など中国本土以外の中国語メディアで大きく取り上げられた。

だが、この発言は中国本土ではほとんど報道されなかった。上記の発言内容は中国系の香港ニュースサイト鳳凰網による。

「崇米・媚米・恐米」非難

奇妙なことに、習氏の「わが友トランプ」発言と同時期に、中国公式メディアはこうした親米的考え方を特に厳しく批判し、警戒を呼び掛けた。

共産党中央指導下の有力紙・光明日報は6日、復旦大学(上海)国際関係・公共事務学院の副教授を務める沈逸氏(前回の本欄で紹介したタカ派識者)の論評を再び掲載。沈氏は次のように主張した。



一、中米貿易戦争などで大多数の国民はしっかりと理性的に自信を持ち、一致団結している。しかし、少数の人々はいまだに崇米・媚米・恐米思想を抱いて、騒ぎを引き起こし、人心を乱している。一、崇米の者は自らを「米国の利益擁護者」「米政策の代弁者」と位置付け、米側の中国に対する貿易いじめ政策や強権政治の「合理性」「合法性」「必要性」を無条件で鼓吹している。媚米の者は中国の「民族主義」を問題視し、「中国社会は戦争の思考で米国の華為(ファーウェイ)に対する合法的行為(制裁)を分析している」などと非難。恐米の者はいまだに第2次大戦終結時のように、米国を中国がかなわない強大な存在と見なし、「投降すれば生き残れる可能性があるが、抵抗すれば中国は滅亡するかもしれない」と考えている。一、崇米・媚米・恐米の誤った思想・認識を打ち破って、民族自尊・自信・自強を確固として樹立しよう。

翌7日には国営通信社の新華社がニュースサイトで対米「投降論」の排除を訴える論評を発表した。論評は「少数の人々が『軟弱病』にかかり、民族の気概を失って、投降論を言いふらしている」とした上で、「われわれは必ず旗幟(きし)鮮明に『ノー』と言わねばならない」と主張した。

7日以後も、党機関紙・人民日報を含む公式メディアの対米批判キャンペーンは続いた。

映画は直ちに親米転換

中国がメディアを通じて、いくら米国を罵倒しても、何もしなければ、米側は対中制裁を強化するばかりだ。国内総生産(GDP)イコール経済力ではないし、経済力イコール国力でもない。第2次大戦後の世界秩序を構築した最大最強の先進国である米国の国力は、新興市場国で中進国の中国とは比較にならないほど強く、中国側に有効な反撃手段がないのは客観的事実だ。

習氏は6月18日、トランプ氏と電話で話し合い、20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)を機に会談することで合意した。国営中央テレビは翌19日、一部の番組を急きょ変更し、米軍人の男性と中国人女性の恋愛映画を放送した。

中央テレビは5月16日、米中貿易協議(同9~10日)が物別れに終わったことを受け、番組の予定を変えて朝鮮戦争などの反米映画の放送を開始していた。いずれの変更も党中央宣伝部からの指示とみられるが、反米への転換より親米への転換がはるかに速かった。



米政府系放送局ボイス・オブ・アメリカ(VOA)の中国語ニュースサイトは6月19日、対米関係に絡む中央テレビの対応について「中国ネットユーザーから嘲笑されている」と指摘。ネット上で「外交関係に映画で対応するとは大した発明だ」「米帝には(中国側の配慮は)分からないだろう」などと皮肉る声が出ていると伝えた。

習氏は対米貿易戦争で一貫して中央指導部の「核心」らしいリーダーシップを発揮してこなかったが、最近の米国に関する宣伝の整合性のなさでその印象はより強まった。もう一つの難題である香港問題でも、習政権を後ろ盾とする林鄭月娥行政長官が民主派の反対で逃亡犯条例改正の棚上げに追い込まれるという政治的大敗を喫しており、習氏の「1強」としての威信が低下していることは否定できない。

[執筆者]
西村哲也(にしむら・てつや)
時事通信社外信部長
1962年京都府生まれ。85年時事通信社入社。大阪支社、外信部、北京特派員(94~97年)、外信部次長、中国総局長(2002~04年)、外信部次長兼編集委員、香港支局長(08~15年)、外信部専任部長、副部長を経て18年4月から現職。
著書に『中国政局を読む~胡錦濤から習近平へ』『中国政局を読むII~習近平の反腐敗闘争』(いずれも時事通信オンデマンドブックレット)。

※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。





西村哲也(時事通信社外信部長)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載

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