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「おっさん」など、中年への揶揄はなぜ許容されるのか

ニューズウィーク日本版 2019年7月4日 18時30分

<中年に対する認識も、高齢者に対する認識も、誤ったものが多い。中年期に幸福度は下降するが、人生は50代で好転する。そして高齢者は、本当は生産性が高い>

「中年の危機」とは、30代後半から40代にかけてのうつ状態、いわゆるスランプ状態を指す。この言葉は1965年、カナダの心理学者エリオット・ジャックによって生み出されたが、それが実際に存在するのか、それとも神話にすぎないのかは長年議論になっており、科学的には実証されていなかった。

しかし、そのいわゆる「中年の危機」の後、つまり50代になってから幸福度が上がることが、2000年以降、経済学者らによって相次いで実証されている。30代、40代から幸福度は下降し、50代で底をつくが、それ以降は緩やかに上昇していき、U字曲線を描くのである。このU字曲線は世界中どの地域のどの国の人であっても共通しており、類人猿にすら見られる普遍的な現象だという。

これらの研究結果をベースに、なぜ30代、40代の働き盛りの世代は幸福感を得ることが難しく、逆に50代からなぜ幸福度が増していくかについて書かれた『ハピネス・カーブ――人生は50代で必ず好転する』(CCCメディアハウス)がアメリカで話題になっている。著者のジョナサン・ラウシュはジャーナリストであり、ブルッキングス研究所の研究者。「ハピネス・カーブ」は上述のU字曲線を指す言葉で、ラウシュによる造語だ。

中年がいつまでも満足できない理由、社会で軽視されている理由

なぜU字曲線を描くのか。一般に30代半ばから40代は仕事が順調で、社会的に評価されるようになる時期だ。しかし、達成感を味わったのもつかの間、再び不満を感じてしまうのが、この中年期の特徴だといえる。

その理由は、「どれだけ野心をもっているか、どれほど競争に勝つことができるか、といった観点で自分に価値を見出す時期」(『ハピネス・カーブ』33ページ)であるからだとラウシュは述べる。つまり、目標や夢を達成しても、同僚や友人など周囲と自分を比較してしまうので、「自分はまだまだ」といつまでも満足感を満たすことができない。

しかし、そのような焦燥感も50代に入ると落ち着く。親や知人の死に向き合うなど、多くの人生経験を通じて人間としての深みを増し、「人とのかかわりや人への思いやりを重視する時期」(33ページ)へと移行していくからだ。

ただし、ラウシュの主張はここからだ。幸福度が下降するこの中年期が、あまりにも社会で軽視されているというのである。働き盛りで心身ともに元気であるとイメージされるがゆえに、中年期特有の落ち込みやうつ、自殺者が増加する傷つきやすい世代であることはあまり知られていない。また、「おじさん(おっさん)」「おばさん」など、痛々しい存在として揶揄する風潮もなぜか中年に対しては許容されがちだ。

U字曲線(ハピネス・カーブ)が底を打つこの時期の人々に対する社会的なサポートだけでなく、社会全体の中年に対する認識を改める必要性があるというのがラウシュの本書での主張である。



ブルッキングス研究所シニアフェローのジョナサン・ラウシュ(写真:サントリー文化財団提供)

実は、認識を改める必要があるのは老年期も同じだ。医学や公衆衛生の進歩のおかげで寿命が延び、むしろハピネス・カーブが上昇に転じてからの人生が長くなっており、その傾向は今後も続くだろうとラウシュは指摘する。5月17日に東京で開かれたシンポジウム「高齢化社会はチャンスになりうるか」(サントリー文化財団主催)のパネリストのひとりとして来日したラウシュは、次のように述べた。

「今の80歳は昔の65歳であり、1960年代の50歳よりも今の75歳が年寄りとは言えない。健康な高齢者が増えているが、それは高齢時代が長くなっているのではなく、若くいられる時代が延びていると認識すべきだ」

つまり、寿命が短かった時代に作られた認識やシステムの中で、いまだ私たちは生きているのだ、と。

中高年の能力を発揮するために必要なシステム

同シンポジウムでは、登壇した米シラキュース大学のマルガリータ・エステベス=アベ准教授がこんな指摘もしている。すなわち、少子高齢化のため高齢者雇用が叫ばれているが、実は日本の65歳以上の雇用率は男性約30%、女性約15%と、男女ともに先進国の中ではトップレベルである、と(ドイツは男性約10%で女性が約5%、イタリアは男性約8%で女性が約3%)。

しかし、日本の雇用システムは60歳定年を前提にしているため、40代後半から人材教育にほとんど投資しなくなる問題点があると、エステベス=アベは述べる。その結果、「パソコンが使えない」「USBが何かもわからない」と持ち前の知識や経験を活かす以前の問題が起こり、結果として高齢者が「スキルのない安い労働力」として、買い叩かれる事態が起きてしまうのだ。

シラキュース大学政治学部准教授のマルガリータ・エステベス=アベ(写真:サントリー文化財団提供)

そもそも高齢者は本当に仕事の能力がないのだろうか? ラウシュは『ハピネス・カーブ』で加齢に関する最新研究を紹介している。

中高年の人も若い人と同じように生産性が高いし、彼らがいることで周りの生産性も高まることがわかっているが、これは何か衝突や問題が起きたときに、経験豊富な彼らがうまくその場をなだめているからだろう。そうした理由から、年齢層が幅広いチームのほうが生産性は高く、全国の産業の平均よりも高い。中高年は若い人と同じように集中力もやる気もある。(編集部注:『仕事に生きる知恵(Wisdom@Work)』の著者チップ・)コンリーはこう書いている。「実際、中高年ほど集中力の高い年齢層はない」 また、中高年を訓練するのは難しくもないし、適応能力も問題ないばかりか、新しいトレーニング方法にもうまく対応できる。認知能力は年齢とともに衰えていくものの、中高年は脳のほかの領域を同時に使うことでその点を補っている(この現象は"全輪駆動"と呼ばれている)。中高年のチームは少しスピードは遅いかもしれないが、ミスは少ない。健康面では「毎日の健康状態は、中高年も若者もどちらも同じくらい(身体的にも精神的にも)健康的」だが、コンリーによると「平均すると、中高年は若者ほど休みをとらない」という。(『ハピネス・カーブ』363ページ)



過去50年で寿命は飛躍的に延び、先進国では人生100年時代を迎えようとしている。もちろんお年寄りを大切にするのは当然だ。しかし、高齢者は弱者だからといって過保護に活動を制限するという従来の認識では、彼らが活動的に生きることを制限しかねない。かつての「高齢者」や「お年寄り」は今の「高齢者」や「お年寄り」とは同じではないのはラウシュの指摘のとおりだ。

中高年期は価値観が新しくなり新たな目的を見出すためにある時期であって、退屈な毎日を送ったり死ぬための準備をする時期ではない。そう考えれば、50歳になったときの人生の見方はまるで違ってくる!(『ハピネス・カーブ』368~369ページ)

高齢者を社会の隅に追いやるのではなく、知恵と経験をもった大先輩として社会的に活躍できる時間を延ばすようなシステムの再構築には、まずは中年期のあり方や社会的サポート、そして社会認識の見直しが必要となる。少子高齢化問題のフロントランナーである日本が加齢と社会について考える上で、本書から学べることは多いだろう。


『ハピネス・カーブ――人生は50代で必ず好転する』
 ジョナサン・ラウシュ 著
 田所昌幸 解説
 多賀谷正子 訳
 CCCメディアハウス







ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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