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アマゾンが支配する自動化社会というディストピア

ニューズウィーク日本版 2019年7月5日 16時15分

<オートメーション化で人間はやりがいのある仕事に移行? 雇用と産業の現実を見る限りそんな展望は幻想だ>

米マサチューセッツ州道9号線はボストンをかすめて内陸部に向かう。そして、ピッツフィールドの東部でウースター道路という名称に変わる。ウースターはその昔、国内最大のワイヤ(有刺鉄線、電線、電話線など)の製造で知られた都市だ。

女性下着用の細いワイヤの納入先はロイヤル・ウースター・コルセット社。かつてアメリカで最多の女性従業員を雇っていた企業だ。年配のウースター住民は仕事の開始と終了を知らせる工場のベルの音を今も覚えている。

そのベルはもう聞こえない。ワイヤとコルセットのメーカーは巨大な3つの小売業者に取って代わられた。スーパーのウォルマート、ディスカウントストアのターゲット、ホームセンターのホーム・デポだ。

別に驚く話ではない。21世紀のアメリカでは小売業が製造業を押さえて最大の雇用創出源となっている。おおよそアメリカの労働者10人のうち1人は小売業で働いている。

ただし小売りの仕事は「よい仕事」とは限らない。管理職以外の就労者の平均時給は11.24ドル。その半数以上はボーナスにも年金にも縁がない。そしてみんな、やむなくこの現実を受け入れている。国内の製造業はひどく衰え、パソコンから家電、工具、玩具、衣類に至るまで、メイド・イン・アメリカはほとんど見当たらない。

一方で、アメリカ人はショッピングが大好きだ。買い物をしたり、サービスを受けたりするのに毎日ほぼ45分もかけている(年間では270時間以上になる)。それほどまでに身近な存在なのだから、私たちの多くが小売業で働くのも当然ということになる。

それなのに、伝統的な小売業は危機に瀕している。経済のあらゆる分野で伝統的な仕組みを破壊しつつある同じ力によってだ。一方、失業率は歴史的な低水準の4%以下になった。でも単純には喜べない。いくら統計上は「完全雇用」だと言われても、取り残されたと感じている人は多い。なぜだろう。

アメリカ人は昔に比べて学歴も生産性も上がっている。しかし私たちの80%以上は、自分の学力と能力にふさわしい報酬を受けていない。失業率は歴史的な低水準でも、「不完全雇用」が増えているからだ。

実際のところ、24〜55歳の男性の20%が正規雇用者ではない。大学新卒者の半数近くは、学歴に見合う職に就けていない(大学新卒者は即戦力にならないとも言われがちだが、今では約40%が経営や法律、行政などの実務的な学位を取得している)。

ウーバーの運転手やフリーの犬の散歩代行業者も「雇用」に含まれるが、生活できる賃金は保障されていない。テクノロジーは驚異的なスピードで進歩しているのに、社会の変化の波を受ける労働者を手助けする政策のほうが追い付いていないのだ。テクノロジーの進歩で利益を得るのは、少数の人間。大多数は、自分の能力を生かせない不安定な雇用にしがみついている。



スペインの首都マドリードで犬を散歩させる犬の散歩代行業者 PAUL HANNAーREUTERS

クリックごとに膨大な情報が

「私たちは人類の歴史における未知の領域にいる」と言うのは、ライス大学(テキサス州)のコンピューター科学者モシェ・バルディ。「大きな岐路に立たされている」

小売業の置かれた状況は深刻だ。利益率で言えば、リアルな小売店でのビジネスはいくら効率を改善しても、超高速で成長するネット通販に太刀打ちできない。もちろんネット通販の世界も競争が熾烈で、世界を見渡せばトップを行くのは中国のアリババ・グループだが、アメリカでの存在感は薄い。アマゾンが立ちはだかっているからだ。

5兆ドルともいわれるアメリカの小売市場の5分の1が20年までにはウェブに移行し、その利益の3分の2をアマゾンが独占するという試算もある。アマゾンは今でもアメリカ人がネット上に落とす金額の半分を懐に入れている。今や書籍、音楽、ビデオゲーム、携帯電話、電子機器、小型家電、玩具、雑誌購読などを幅広く扱う国内最大の小売業者で、「エブリシング・ストア(何でもそろう店)」だ。

さらには食品販売を含め(自然食品チェーンのホールフーズ・マーケットを買収)、ほぼ全てのカテゴリーでシェアを拡大している。テレビドラマや映画も作るし、電池やベビーフードの製造も手掛けている。

またザッポス(シューズ)、ショップボプ(ファッション)、IMDb(インターネット・ムービー・データベース)、オーディブル(オーディオブック)、ツイッチ(ゲームのストリーミング)といったブランドを傘下に収め、手作り品の販売代行やオフィス用品の販売も手掛ける。

しかも利用者がクリックするたびに、個人情報などの重要なデータを入手している。それらのデータはビジネスのさらなる拡大のために使われる。この最強のビジネスモデルのおかげで、アマゾンの従業員1人当たりの売上高は国内最強のライバルであるウォルマートの2倍近い。

アマゾンは世界中の倉庫に10万台以上のロボットを導入し、さらに増やす予定だ。ロボットによって1つの倉庫で年間2200万ドルを節約できるという。将来、ドローンや自動運転車での配達も視野に入れている。アマゾンでは多くの従業員が働くが、アマゾンの従業員が1人増えると、リアルな小売店の従業員が2人減ると考えられている。それには理由があるようだ。

ベテランITアナリストのティム・リンドナーは、ネット通販会社はどこも雇用の撲滅を明確な目標にしていると、業界向けの記事で指摘した。「人件費は倉庫業務の中で最もコストの高い要素だ。アマゾンが配送センターで自動化を進めているのは周知の事実だ」と、彼は書いている。

「アマゾンには注文処理の過程で労働者の数を減らすテクノロジーもある。昔のプログラマーがこう言うのを聞いたことがあるだろう。『ゴミを入れるからゴミが出る(間違ったデータを入力するから間違った結果が出てくる)』。アマゾンは倉庫の商品搬入口で『ゴミ』をなくすソリューションでも進んでいる」



ここでの「ゴミ」は人間の犯す過失のこと。しかし、ロボットは実に正確だ。特に反復的なルーティン業務が得意。リシンク・ロボティクス社の単腕型産業用ロボットのSawyerを見れば、どれほど多くの作業をこなせるか分かるだろう。

簡単にプログラムでき、どんどん仕事をこなす産業ロボットSawyer COURTESY OF RETHINK ROBOTICS

「競争優位」の幻想が崩れる

Sawyerは見た目も人間らしい。スクリーンにアニメーションの顔が出るし、足の位置にタイヤが付いている。サルのような感じの腕をつかんで動きを教えると、反復的な動きを学んで仕事を片付けてくれる。

人間とほとんど同じくらい素早くモノを感知し、滑らかに動く。従来の産業用ロボットは高給取りのプログラマーがコードを書く必要があったが、Sawyerなら誰でも5分以内でプログラムできる。開発者のロドニー・ブルックスの試算によると、Sawyerの稼働コストは時給4ドルに満たない。

雇用の将来にはロボットが大きな影を及ぼすが、議論は間違った予測に左右されているようだ。自動化で労働者が仕事を奪われることはないと、最近まで多くの経済学者が考えていた。

労働者は機械に適した作業からは離れるが、経済学が説く「比較優位」の原則によって、多くの分野で優位を保つと考えられていた。この論理によると、私たちはテクノロジーによってお払い箱にされるのではなく、より危険の少ない、よりやりがいのある仕事に就く──つまり人間らしく生きる自由を得るはずだ。

全米高速道路輸送安全局(NHTSA)は16年に、自動運転車のソフトウェアを「運転者」として扱い始めた。全国のタクシー、トラック、バス、ウーバーなどの職業運転者合計410万人は解雇予告を告げられたようなものだ。理論的には、彼らは運転の仕事から解放され、ほかの仕事に就ける。例えばアマゾンの倉庫の仕事だとか。しかし倉庫もどんどん自動化されていく。経済学者が「半熟練労働者」と呼ぶ人たちの大多数が働いていた職場はどこもそうだ。

彼らこそがアメリカの中流階級を支えてきた人たちだ。あなたが娘の結婚式で着るスーツを作ったときに寸法を測ってくれた気の利くデパート店員、結婚式前のディナーのために丁寧に肉を切ってくれた気前のいい肉屋、新婚旅行の計画を手伝ってくれた旅行代理店の人もそうだ。

もちろん、人間の労働者は疲れたり機嫌が悪くなったり、気を散らしたりする。とんでもないミスも犯す。機械は正確だし、偏見を持たない。しかも大量のデータを蓄積できる。

グーグルはアメリカだけでも毎分360万件の検索を実行している。スパム業者は毎分1億件のメールを送り、スナップチャットは毎分52万7000枚の写真を送信し、ウェザー・チャンネルは毎分1800万件もの天気予報を提供する。これらのデータを集め、体系化し、分析すれば、ほとんどあらゆる高次元のタスクに応用できる。



データは人間の経験や直感の代わりもできる。オンライン・ショッピングやソーシャルメディアのサイトは私たちの好みを「学習」し、その情報を使って評価を行い、私たちの決定や行動に影響を与える。かつては人間にしかできないと思われた仕事でも、どんどん機械のほうが上手になっている。

「コンピューターは見ることも聞くこともでき、人間以上に人の顔を識別できる」と、ライス大学のバルディは言う。「機械は人間の世界をほんの数年前よりずっとよく理解できるようになった。人間の脳で、機械が模倣できないものは何も見つかっていない」

一方で、コーネル大学のコンピューター科学者バート・セルマンは、現実の世界をコンピューターが理解できるように翻訳する「知識表現」の専門家で、まだコンピューターは人間と同等の能力に達していないと考える。コンピューターには「常識」がないし、言語の深い意味を把握できず、時に間違った方向に進んでしまう。ただし、そんな欠陥は時間が解決するはずで、「あと15年か20年で機械は人間の知性に追い付く」だろうとセルマンは言う。

それに、ロボットが完璧である必要はない。人間と同等か「ほんの少し有能」であればいい。その「ほんの少し有能」を目指して、研究者たちは日夜格闘している。

例えば、スーパーで私たちの多くはセルフレジの列を避ける。自分でやるより、店の人がレジに打ち込むのを待つほうが楽だからだ。だから今のところ、レジの仕事がなくなる恐れはなさそうだ。しかし小売業の経営に詳しいマサチューセッツ工科大学のゼイネップ・トンによれば、セルフレジはまだ発展途上。現状では「客に仕事を押し付けていると買い物客が反発しかねない」が、もっと進化すれば「小売業界の雇用に大きな衝撃を与えるのは確実」だと言う。

リアルな小売店はネット通販に駆逐されると、数年前から言われている。しかし、まだその事態は起きていないようだ。実際、1業者が撤退するごとに2つの業者が新たに参入している。

小売りは競争の激しい業界で、テクノロジーは消費者の買い物の方法だけでなく、ブランドとのつながりも変化させる。例えば、アマゾンが実店舗を出すと誰が想像しただろうか。またネット通販は小売市場の10%を占めるというが、残りの90%は実店舗が占めている。ただし実店舗の変化も激しく、アメリカの労働者に深刻な影響を与えている。

二極化が進む店舗の客層

デロイトコンサルティングで小売部門を率いるケーシー・ロバウーによれば「伝統的な小売業者が市場シェアを失っているのは、オンライン対リアルな小売店の戦いの結果だけではない」。むしろ「小規模で身軽なリアルの小売業者から戦いを挑まれている」。



技術の進歩のおかげで、小さくて身軽な業者は大規模な投資をしなくても消費者に商品を届けることができる。例として、ロバウーはファストフードを提供するフードトラックを挙げた。固定店舗と異なり、フードトラックは機敏だ。最適な時刻に、最適なエリアに移動して販売できる。フェイスブックや他のメディアを使用してメニューや場所の情報を発信し、特定の地域のニーズに合わせて商品を調整することも簡単だ。

「テクノロジーによって、新しい市場への参入コストが削減されたため、小売業界では巨大企業が減り、小規模企業の競合が増える」と彼は言う。「消費者の特定のニーズや欲求を満たすために、企業も多様化している。個々の業者の儲けは減るが、それでも業者の数は増え続ける」

おかげで、小売業界は2層に分かれた。高級なブティックタイプの店は主に富裕層を対象とし、安売り店は価格に敏感な消費者を狙う。「アメリカでは昨年に1000以上のディスカウント店がオープンした。そして高級志向のニッチな店も同様に増えている」と、ロバウーは言う。

一方で、減っているのはマーケティング業界で言う「バランスの取れた」店だ。つまり品質にも価格にも目配りする伝統的なデパートやショッピングモールなどの業態だ。

こうした「バランスの取れた」店舗の減少と、過去10年における中産階級の減少が並行していたのは当然だろう。「07〜17年の間に、世帯所得は単純平均で5万ドルも増加したが、増加分のほとんどは所得の上位20%の層のものだ」とロバウーは言う。

「実際、上位20%層が平均年収5万ドル以上を獲得し、逆に下位40%層では収入が減った。残り40%の中間層では世帯所得が1万ドル増えたが、支出も増加した。食料、住宅、交通費。さらに医療費は急上昇し、その上に携帯電話やネットなどデジタル関連の費用が必要だ。たいていの人はほかのものを買う余裕がなくなり、非常に価格に敏感になっている」

雇用を守るため団結を訴えるニューヨークのタクシー運転手 SPENCER PLATT/GETTY IMAGES

自動化への果てしない欲求

ディスカウント店は床面積当たりの従業員数が通常の店より少なく、賃金も低い傾向にある。従業員1人当たりの労働時間も減っている。シカゴに本拠を置く世界的な転職・再就職支援企業「チャレンジャー・グレイ&クリスマス」のジョン・チャレンジャーCEOによれば、こうした傾向は今後もっと顕著になりそうだ。

「80〜90年代に製造業に起きたことが小売業でも起きようとしている」と彼は言う。「店員がテクノロジーに勝てないこと、多くの従業員が既に職を失っていることは疑いようがない」

彼らはどこへ行ったのか。多くが流通部門、つまりトラックの運転や倉庫業務に流れた可能性が高い。



それでも、昨年12月の買い物シーズンを前にアマゾンが雇った臨時従業員の数は、前年より2万人も少ない10万人だった。アマゾンの広報担当者は、減少した原因は自動化ではないと主張しているが、誰も納得していない。

金融大手モルガン・スタンレーのアナリスト、ブライアン・ノワックは最近のレポートで、賃金上昇に対するアマゾン株主の不安を和らげるため、自動化で労働者の雇用数は減っているから全体的なコストは下がると指摘した。

コロンビア大学のホッド・リプソン教授(機械工学)はクリエーティブ・マシン研究所でマシンの訓練
をしている。目的は優れた反射神経を持ち、好奇心旺盛で、台所でも創造性を発揮できるようにマシンを育てることだ。

取材に行くと、彼は調理マシンを調整してペーストやジェル、パウダーその他を材料にした素敵な一品を作ろうとしていた。

ミシュランの3つ星シェフに負けない料理ができそうですね、と筆者が言うと、教授はうめいた。自分のような科学者やエンジニアには、あらゆる困難な作業を自動化したいという果てしない衝動があると彼は言う。エンジニアリングの本質は、煩わしさを軽減し、生産性を高めることだ。過去にはそれが正しかった。でも、今は確信を持てないという。

「オートメーションとAIは、人間の仕事の大半を奪うだろう」と、彼は言う。「私たちが生きているうちではないかもしれないが、孫の時代にはそうなる。これは人類の歴史における新たな状況であり、まだ覚悟ができていない。自分では準備ができていると思うかもしれないが、実際は違う」

<本誌2019年5月21日号掲載>


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エレン・ルペル・シェル(ジャーナリスト)

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