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米国とイランの対立は楽観禁物 トランプは福音派の支持固めを狙う

ニューズウィーク日本版 2019年7月5日 17時0分

最近、米国とイランの対立が一段と鮮明化している。その背景には、来年の米大統領選挙がある。トランプ大統領とすれば、キリスト教福音派からの支持を増やして選挙戦を有利に進めたいとの思惑がありそうだ。

今のところ、トランプ大統領再選の可能性は高いとの見方が多い。特に、共和党の支持層からトランプ氏は9割近い絶大な支持を得ている。現在の共和党は「トランプ党」と言ってもよいかもしれない。6月18日にトランプ氏は大統領選への出馬を正式に表明した。これから選挙に向かって本格的な取り組みが始まる。その一つがイランへの圧力強化と言えるだろう。

トランプ政権は対話を軽視し、対決姿勢によってイランを屈服させようとしている。イランとしても、米国の圧力に簡単に屈することはできないはずだ。トランプ大統領のパワー論理は大きなリスクを伴う。一つ間違うと、中東情勢は一段と複雑かつ不安定な方向に向かうことにもなりかねない。

中東情勢の不安定化は、原油価格に上昇圧力をかけやすい。それは、インフレ懸念につながる可能性もある。中国をはじめとする債務問題への懸念も高まるだろう。中東の地政学リスクが原油価格を経由して世界経済に与える影響は軽視できない。

対決姿勢を鮮明にするトランプ氏

トランプ大統領の対イラン政策には、かなり危うい部分がある。トランプ氏は国際社会が重視してきたイランとの対話ではなく、「対決姿勢」を鮮明にすることでキリスト教福音派からの支持を固めようとしている。この考えは、中東情勢の緊迫感をさらに高める可能性がある。

2015年7月、米英仏独中ロの6カ国とイランは、核開発の制限と引き換えに、経済制裁の緩和に合意した。これが「イラン核合意(JCPOA)」だ。

核合意の実現には、欧米の努力とイランの政治情勢の変化が大きく影響した。特に、イランの大統領が穏健派のロウハニ氏であったことは重要だ。ロウハニ氏はそれまでの政権と異なり、外交交渉によってイラン制裁を緩和・解除し、自国経済の成長を目指す考えを重視した。イラン国内の政治状況の変化が、欧米社会との対話の道を開いたことは中東情勢の安定にとって重要な変化だった。

しかし、トランプ政権発足後の米国は、国際社会とイラン双方の対話を、一方的に閉じてしまったように思う。2018年5月にトランプ大統領はJCPOAからの離脱を発表した。さらに今年6月に米国は、イランの最高指導者ハメネイ師らを対象に、追加経済制裁を発表した。トランプ政権は、イランへの圧力を着実に高めている。



その目的は、米国のキリスト教福音派の支持を固めることにある。2016年の大統領選挙では福音派の80%程度がトランプ氏を支持したといわれ、トランプ氏にとって重要な支持基盤である。

福音派の人々には、親イスラエル政策は宗教上の義務との考えが強い。トランプ氏にとって中東地域での覇権をめぐってイスラエルと敵対するイランへの圧力を強め、屈服させようとすることは福音派からの支持をさらに強め、自らの支持を盤石とするために欠かせない。トランプ大統領の対イスラエル支援策は、時間の経過とともに強化されていくだろう。

「敵の敵は味方」の中東諸国

トランプ政権の中東政策の影響を考える際、「敵の敵は味方」の論理を基にすると分かりやすい。米国にとってイランと敵対するサウジアラビアは味方だ。イスラエルにとっても同様である。一方、イランにとってロシアや中国、トルコは重要だ。

もともとトルコは米国の同盟国である。加えて、アラブ諸国も対イスラエル政策に関して一枚岩ではない。トランプ政権がイスラエルを支持し、イランをたたこうとすればするほど、中東情勢は混迷し、より状況は複雑になる恐れがある。

3月にトランプ大統領は、イスラエルが第3次中東戦争(1967年)で占領したシリアのゴラン高原の主権が、イスラエルにあることを認めた。従来、国際社会はこれを認めてこなかった。トランプ政権は、国際社会のルールを無視している。その上、米国はイランと敵対するサウジアラビアをはじめとするアラブ諸国と連携してパレスチナへの経済・政治支援を計画している。米国は政治支援を棚上げして、経済支援を先に提案した。

一方、「敵の敵は味方」の論理に基づき、イランはロシアや中国との関係を重視している。軍事面に関して、すでにイランはロシアとともにシリア内戦に介入している。ゴラン高原ではイスラエルとイラン勢力の間での緊張感が追加的に高まるだろう。

米国がイスラエルにゴラン高原の主権があると認めたことは、イランにとって重要な意味を持つ。トランプ氏の判断は、軍事介入によってクリミアを支配下に置いたロシアの主張を認めることになる可能性がある。中東地域におけるロシアの影響力拡大は、イランが米国に対抗する上で重要だ。

経済面においてイランは中国との関係を重視している。イランは中国に加えロシア、トルコなどとの通貨協定を結び、米国の制裁回避を目指している。加えて、水面下で中国はイランから原油を輸入し、支援を続けている。中国やロシアの思惑も絡み、中情情勢は一段と複雑になっている。



軽視できない原油価格上昇のリスク

中東の地政学リスクの影響を考える上で注視しなければならないことは、原油価格の動向だ。特に、イランが世界の石油輸送の大動脈といわれるホルムズ海峡での軍事演習の実施をほのめかすような場合には、世界経済への原油供給に関する懸念が高まる。

足元の世界経済は米国経済に支えられてそれなりに安定している。この中で、中国経済は債務問題の深刻化から厳しい状況を迎えている。石油需要が大きく増加する状況にあるとは言いづらい。国内外の市場参加者と話をしていると、「需要が高まりづらい中でイランと米国の緊張が高まったとしても大したことはないだろう」との見方が多い。

そうした時こそ、供給懸念の高まりとともに、原油価格が短期間のうちに大きく上昇してしまうリスクに注意が必要だ。市場参加者の見方が一方向に偏っている場合、想定とは異なる変化に直面すると資産の価格は想定とは逆の方向に大きく動くことがある。

それを契機に原油価格に上昇圧力がかかり、徐々に上昇基調となることも考えられる。このシナリオを市場参加者は過小評価しているように見える。石油輸出国機構(OPEC)とロシアが協調し、2020年3月末までの減産延長を決めたことの影響も軽視できない。

原油価格の上昇は、世界経済にとって無視できない成長の下押し要因だ。原油価格が上昇基調で推移すれば、どこかのタイミングでインフレ懸念が高まるだろう。それは、各国の名目金利を上昇させる。

中国では、企業と地方政府の債務問題が深刻化している。米国でも、企業の債務は過去最大にまで膨張している。金利が上昇し始めると、債務の返済に行き詰まる借り手が増えるだろう。特に、中国においては原油価格の上昇を受けた金利上昇が企業の連鎖倒産などに波及し、景況感が大きく下振れる可能性は軽視できない。その場合、世界経済の先行き不透明感が高まることは避けられないだろう。今すぐにこうした状況が現実になるとは言いづらいが、イランと米国の関係悪化が世界経済に与える潜在的なリスクは軽視できない。

[執筆者]
真壁昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院教授
1976年一橋大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年ロンドン大学経営学部大学院修士。みずほ総合研究所同主席研究員、信州大学経法学部教授などを経て2017年4月より現職。日本商工会議所政策委員会・学識委員、東京証券取引所主催東証アカデミーフェローも務める。主著に『行動経済学入門』など。

※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。




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真壁昭夫(法政大学大学院教授)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載

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