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場当たり的なトランプ流外交が墓穴を掘る日

ニューズウィーク日本版 2019年7月9日 15時40分

<中国と北朝鮮に気が付いたら譲歩──カジノ流の「ディール」外交はいずれツケ払いを迫られる>

この3日間はすごいことがたくさんあった。多くの成果があった! ドナルド・トランプ米大統領が、そんな上機嫌なツイートをしたのは6月末のこと。

その週末、トランプは大阪で開催された20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席と会談し、膠着状態にあった米中貿易交渉を再開することで合意。さらにその後、南北朝鮮の非武装地帯を訪問して、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と電撃会談し、世界中のメディアをにぎわせた。

だが、こうしたトランプの場当たり的な外交は、自らの手足を縛る結果をもたらしている。

確かに習との首脳会談は、金融市場とアメリカの農家を安堵させた。トランプと習は貿易交渉を再開すること、そしてその間、アメリカは中国製品に対する新たな追加関税を課さず、中国はアメリカの農産物を購入することを約束したというのだ。

だが、この合意で、中国側はなんら目に見える譲歩をしていない。そもそも中国は追加関税に関して、トランプが身動きを取れないことを知っていた。攻撃の手を緩めれば、来年の大統領選のカギを握る米中西部の労働者階級にそっぽを向かれる恐れがある。その一方で、追加関税の規模を拡大すれば、中国の報復関税を招き、既に大打撃を受けている農家(やはりトランプの重要な支持層だ)を苦しめることになる。つまりトランプは手詰まり状態にあったのだ。

一方、追加関税以外の部分では、トランプは明らかに譲歩した。米政府は国家安全保障上の懸念があるとして、中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)との取引をやめるよう国内外に働き掛けてきたのに、それを部分的とはいえ(しかもファーウェイ側の状況は何も変わっていないのに)撤回した。このことは、トランプ政権の信憑性を傷つけた。

大阪でのG20サミット後、トランプは朝鮮半島へと飛び、金とも核問題に関する米朝交渉を再開することで合意した。

2月にベトナムで行われた米朝首脳会談が物別れに終わったのは、北朝鮮が「核兵器とミサイル開発計画の相当部分は維持するが、寧辺の核施設に国際的な査察を受け入れるので、アメリカは経済制裁を緩和するべきだ」という立場を堅持したからだ。



北朝鮮の国営メディアは、これを「最終提案」だとしている。トランプは今回、「交渉を再開する合意」を大きな成果だとしているが、一体何を交渉するのかは不明だ。過去の米朝交渉は、北朝鮮が核開発を完全に放棄することを明示的な目標に据えてきた。トランプが金の「最終提案」を一部でも受け入れて交渉を再開するなら、それはアメリカにとって巨大な譲歩だ。

「ディールの極意」の結果

トランプは、取りあえず交渉を続けることで(そして米韓合同軍事演習を中止することで)、北朝鮮による長距離ミサイルや核兵器の発射実験を凍結させようとしているのかもしれない。かつてトランプが任命したニッキー・ヘイリー国連大使(当時)は、この案を「屈辱的」として拒絶したものだが、今やトランプは、北朝鮮が近年これらの実験を行っていないことを、自らの大きな功績だとしている。

トランプは、北朝鮮に最大の圧力をかける戦略に戻ることもできないし(そんなことをすれば北朝鮮も核実験を再開する)、北朝鮮が非核化を実行する前に制裁を撤廃することもできない(そんなことは米議会が許さない)。つまり対北朝鮮外交でも、トランプは身動きが取れなくなっている。

G20サミットで中国の習近平と会談し、貿易交渉の再開で合意 Kevin Lamarque-REUTERS

中身はないが(ともすれば破綻しているが)、派手な取引に派手に投資して、派手に注目を集めることで、都合の悪いことから世間の目をそらす――。このパターンが、トランプのカジノビジネスにおける「ディールの極意」だったことは、専門家でなくても分かるだろう。

その結果、ビジネス界でトランプを信用するまともなパートナーはいなくなってしまった。同じことが外交の世界で起きようとしている。特にアジアでは、伝統的な同盟国がアメリカから離れていく恐れがある。

筆者はG20サミットのとき、日本と台湾の政府高官がトランプの言動にこれまでにないレベルの不安を示すのを目の当たりにした。トランプが訪日直前に、日米安保条約を不公平だと攻撃する一方で、北朝鮮には柔軟な態度を示したことは、関係各国を大いに当惑させた(トランプは、アメリカが日本を防衛するために戦っているとき、日本は「ソニーのテレビで見ているだけ」と語った)。

試されるアジアの同盟国

日本、韓国、そして台湾の企業は今、トランプの対中追加関税が恒常化すると考えて、サプライチェーンから中国を除外しつつある。これは対中強硬派のロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表にとっては勝利といえるが、事はそう単純ではない。



アジア地域の企業リーダーたちは、こうした中国抜きのサプライチェーンとは別に、中国中心のサプライチェーンが併存し、今後も成長していくと考えている。つまり今後、アメリカの影響力の及ばない中国主導の経済圏が生まれるかもしれないということだ。

かねてからトランプはWTO(世界貿易機関)を形骸化し、TPP(環太平洋経済連携協定)から離脱することによって、アジアで最もアメリカに友好的な国々を不安に陥れ、結果的にこの地域におけるアメリカの影響力を自ら低下させてきた。

今のところまだ、これらの国はアメリカに追随する姿勢を示している。それは中国の攻撃的なやり方に対する不安のほうが大きいこと、そしてアメリカの国家安全保障会議(NSC)と国務省、そして国防総省の高官がトランプの暴走を抑えてくれると信じているからだ。

だが、これらアメリカに最も近い友好国は、トランプに対する忍耐力を試されている。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年7月16日号掲載>


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マイケル・グリーン(米戦略国際問題研究所〔CSIS〕上級副所長、ジョージタウン大学教授)

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