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EUトップ人事の舞台裏で欧州リーダーの実力を見せたマクロン

ニューズウィーク日本版 2019年7月9日 17時50分

<次期委員長らの人選に難航したEU、混沌とした議会で存在感を放ったマクロンの功績と課題とは>

欧州ではよく政治家が徹夜交渉をする。あるフランス人記者が、夜明けごろには疲れて面倒くさくなって妥協するからだ、と教えてくれた。その真偽はわからないが、6月30日夜、欧州連合(EU)ブリュッセルでの臨時欧州理事会に集まった28人の加盟国首脳は、何も決められなかった。フランスの新聞でさえ「ヨーロッパは指導者の選択で引き裂かれている」(フィガロ19/7/2付)と大きな見出しを出した。

それが7月3日の朝には一転して「危機から脱出するために2人の女性」と、欧州委員長に指名されたウルズラ・フォンデアライエン氏と欧州中央銀行総裁に指名されたクリスチーヌ・ラガルド氏の笑顔がならんだ。

この日、同時に欧州理事会議長(欧州大統領とも訳される)にベルギー首相のシャルル・ミシェル氏、外務・安全保障政策上級代表には元欧州議会議長でスペイン外相のジョセップ・ボレル氏が指名された。ミシェル氏は欧州議会第三党の欧州自由民主同盟(ALDE&R)、ボレル氏は第二党の社会民主進歩同盟(S&D)の欧州議員でもある。

EUの行政の長で首相にあたる欧州委員長指名が難航するのは、別に珍しいことではない。現ユンケル委員長が選ばれた2014年には英国のキャメロン首相が強硬に抵抗し、投票でも反対票をいれた。そのあと、キャメロン首相は記者会見で、「もし私が再選されたらEU離脱国民投票をする」と宣言したのだった。

<参考記事>マクロン主義は、それでも生き残る

「メルケルが委員長だったら...」

さて、フィガロ紙のタバール編集長は翌4日の評論で「エマニュエル・マクロンが若いとき無駄に演劇をしたのではなかった」という。

たしかに、今回はさながらマクロン劇場であった。

前回2014年から「筆頭候補制(Spitzenkandidat)」が導入された。欧州議会は各国の政党が参加する欧州政党で構成されるが、その政党のリーダーを欧州委員長とするというものだ。であるから、今回も第一党になった欧州人民党(EPP)のマンフレート・ウエーバー氏がなるものだと思われていた。この党にはドイツのキリスト教民主同盟(CDU)も入っており、選挙の2日後、5月28日のEU首脳会談夕食会に臨んだメルケル首相も当然のこととして、彼を支持すると表明した。

ところが、マクロン大統領は反対した。改革をなしとげ、欧州共同体の志を反映して使命を遂行できる経験と信頼性を持つ人物でなければならないが、ウエーバー氏はその器ではないというのだ。マクロン大統領は、フランスのテレビで「もし、メルケルさんが委員長になるなら全面的に支持するのだが」という。

<参考記事>次期欧州委員長フォンデアライエン、トランプとの不穏な関係



「筆頭候補制」はドイツの連邦政府で行われている各党の筆頭候補が首相候補になるという方法で、日本の首班指名でも通常はこの慣例である。ただし、ドイツや日本の国内では、総選挙のトップは党の最有力者がなるが、欧州選挙の場合、かならずしもそのような人物がなるとは限らない。第一、欧州選挙は国ごとにおこなわれていて、各国民は投票する政党が所属する欧州政党の代表が誰なのかもしらない。

7月3日におこなわれたのは指名だけで、欧州委員長ほかの主要ポストは、今月中に行われる欧州議会の信任を経て正式に決定される。

欧州議会ではずっと保守系のEPPと社民系のS&Dで過半数を取っており、その両者が賛成すれば通ったが、今度の選挙で議席を減らし、第三勢力の協力が必要となった。その第三勢力として台頭したのが、マクロン大統領の与党共和前進の入る欧州自由民主同盟(ALDE&R)であった。マクロン大統領が難癖つけたのにはこのような事情もある。

納得できない中東欧諸国

6月21日に欧州首脳会議が開かれたが、合意には至らなかった。

そのとき、メルケル首相は、ウエーバー氏を推していたのだが、G20で大阪に滞在中、急に、S&Dのフランス・ティマーマンス氏を委員長に、ウェーバー氏を欧州議会議長に推薦するといいだした。あくまでも筆頭候補制の原則を守ってEPPのトップでだめならば、第2党のトップを、という発想だ。またドイツ国内でCDUと社民党とは大連立を組んでいる。

ティマーマンス氏は今回の欧州選挙で大勝したオランダ労働党の代表で、欧州委員会筆頭副委員長。和の政治ができる人とされている。マクロン大統領も、大阪に来ていたトゥスク大統領(欧州理事会議長)、スペイン、オランダの首相も賛成した。

こうして、帰国後すぐ30日からの首脳会議に臨んだわけだが、こんどは、EPP内部から反対がでた。ハンガリーとポーランドは法の支配ができていないとか自由が抑圧されているとかEUから制裁警告をだされているが、ティマーマンス氏はその担当委員だ。ハンガリーのオルバン首相の与党はEU批判が激しすぎると党員資格停止中だが、ポーランドさらにヴィシェグラード協定でグループをなしているチェコとスロバキアが反対。アイルランド、クロアチア、ラトビア等の党員党も同調した。

こうして、トゥスク大統領(欧州理事会議長)の説得にもかかわらず、決裂のまま7月1日の朝を迎えたのであった。



2日の11時から再開された首脳会議で、CDU所属の現職国防大臣で一時はメルケル氏の後継者といわれたフォンデアライエン氏案が急上昇し、合意に至った。

タバール編集長は、この一連の動きでマクロン大統領は2つの目的を達したという。すなわち2人の女性を政治と経済の2つの柱のトップにすえて革新をアピールしたこと。ついで、独仏関係の修復を証明したことである。また、7月3日の「レゼコー」紙はフランスは欧州中央銀行の総裁職を獲得し、「柔軟なマネー操作を維持するために通貨機構をフランス人の手に握ることができた」という。

マクロン大統領は改革を前面にだし、左右の既成政党をぶち壊した。欧州議会でもそれを行おうとしたが、成功しなかった、とタバール編集長はいう.

ただ、ドイツ政界の混乱を生むことはできた。

ドイツで大連立を組んでいるにもかかわらず相談もなしにティマーマンス氏の案が葬られたことで、社民党は相当に怒っている。CDUもウエーバー氏を見捨てたことに不満を持っておりメルケル首相の求心力も衰えた。

厳しい指摘はブーメラン効果

マクロン大統領は、あえて表舞台に立つことで、独仏がEUを引っ張るという筋書きはかわらないとしつつ、限界の見えてきたメルケル首相にかわろうした。だが、まだまだ座長をつとめるには力不足である。ティマーマン氏はマクロン大統領の意中の人だったが、ポーランドなど中東欧諸国を納得させることはできなかった。

マクロン大統領がウエーバー氏に言った経験不足と言うことは、議員の経験もなく1回大臣になっただけで大統領になったマクロン氏自身にも言える。またフランス国内での不人気の原因になっている議会軽視、エリート主義、謙虚さの欠如もある。

欧州連合が動いていることはまちがいない。EUに加盟して15年、中東欧諸国はドイツの影響から脱却して力をつけてきている。崩壊はしないが、さまざまな変化が起きていくだろう。そこで、マクロン氏はめだちたがりのトリックスターに終わるのか、主役になれるのか。

[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。


広岡裕児(在仏ジャーナリスト)

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