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アメリカに見捨てられたISIS掃討戦の英雄たち

ニューズウィーク日本版 2019年7月12日 11時48分

<ISIS掃討作戦で活躍したクルド人勢力と住民がトランプの米軍撤退計画で将来を脅かされる>


今年2月半ばのことだ。シリア東部の小都市ハジンの大通りを車で走ると、道路の両側はコンクリートの瓦礫だらけ。街の廃墟の中で子供たちが遊んでいた。周りには不発弾がいくつも地面に突き刺さったままで、さながら迫撃砲弾の矢羽根の花畑だ。

ハジンには昔から少数民族のクルド人が暮らす。だが最近はテロ組織ISIS(自称イスラム国)掃討戦の最前線となっていた。

クルド人の民兵勢力を支援するアメリカやフランスは、市内に入り込んだISISの戦闘員に空爆や砲撃を浴びせた。そして彼らを狭い区域に追い詰め、蹴散らした。

しかし、ようやく避難民キャンプから帰還した市民たちの間には不安が漂う。ISISは壊滅したのではない。占領軍という形から領土なき武装勢力へと変身しただけだ。彼らは自爆攻撃を繰り返し、道路脇に爆弾を仕掛ける。わが物顔で至る所に検問所を設け、通り掛かりの住民に引き続き忠誠を誓わせたりもする。

そこへ、クルド人にとって最も心配な事態の進展が重なった。米軍のシリア撤退だ。昨年12月、ドナルド・トランプ米大統領は「ISISの敗北」を宣言し、米兵約2000人を撤収させる計画を表明した。過去4年にわたって、米軍は訓練や武器の供与を通じて、クルド人主体のシリア民主軍(SDF)に支援を続けてきた。この協力関係は軍事的な勝利を導いたばかりでなく、少数民族として歴史的に軽んじられてきたクルド人にいまだかつてない政治力をもたらした。

シリア内戦で獅子奮迅の戦いをしたSDFは国土の約4分の1(その多くはISISから奪還したもの)を手中に収めた。農業や石油の貴重な資源も管理下にある。今までになく強い立場に立ったクルド人指導層は、アメリカとの同盟関係を支えに、独立は無理でも相当な自治を獲得できるだろうと期待していた。ところが米軍が撤退するというので、そんな夢はしぼみかけている。気が付けば四面楚歌、一転して存続の危機が迫っている。

米軍撤退なら「絶望的」

隣国トルコは、クルド人およびSDF系民兵組織の人民防衛隊(YPG)をテロリストと見なす。クルド人勢力が国境に近いシリア北西部アフリンで拠点を確保しようとしたときには、トルコ軍が2カ月にわたって越境攻撃をかけてきた。

シリアのバシャル・アサド大統領も、クルド人支配地域への圧力を強めている。クルド人がISIS掃討作戦中に制圧した地区の多くを、米軍の存在という抑止力が消滅するのを待って奪い返そうとしている。

クルド人にとって、今や道は2つしかない。米軍が駐留を続けて地域を安定させる道と、撤退してクルド人が周辺諸国の集中砲火を浴びる状況を生み出す道だ。「3つ目の道はない」と筆者の運転手オサマ(身の安全のため姓は伏せることを希望)は言った。「絶望的だ」



ISISの敗北が宣言された式典で写真を撮るSDFの兵士 CHRIS MCGRATH/GETTY IMAGES

クルド人が大国の意向に振り回されるのは今に始まった話ではない。オスマン帝国時代には、今日のイラク北部(シリアのロジャバ地方のすぐ東)で石油資源が発見されるまで、クルド人の存在はほぼ無視されていた。

第一次大戦後にはイギリスによる軽率な線引きでクルド人は置き去りにされた。

最も厳しいのはトルコ国内の状況だ。自治権を求めるクルド労働者党(PKK)は一貫して武装闘争を展開しているが、アメリカもEUも同党をテロ組織と認定している。

だが「アラブの春」とシリア内戦を受けて敵味方の区別が曖昧になった。やがて誰もが敵視したのがISISだ。イラクとシリアの不安定な状況に付け込んで、彼らは一時イギリスの面積ほどの地域を支配した。

そこで戦いの先頭に立ったのがYPGだ。アメリカは14年にYPGへの武器供与と空爆による支援を決めた。顧問的な立場で米兵も送り込んだ。

しかし米兵の立場は明確さを欠いていた。そもそも制服に所属部隊の記章を着けていないし、国連のお墨付きもない。米議会が進駐を認めたわけでもないが、なぜかシリア北部のクルド人地域には米軍基地ができた。

ただしアメリカにとって、駐留継続の負担は大きい。米兵の命が危険にさらされるだけではない。終わりの見えない紛争に大金を注ぎ込むことになる。

アフガニスタンのように状況が悪化するリスクもある。あの国では、まともな和平協議に向けた動きが出るまでに20年近くも要した。それに、当該国政府の同意なしに米軍を駐留させるのは植民地支配に等しい。

トランプはこうした事情を聞いた上で、「出ていく」という言い方で撤収を表明した。その唐突な宣言は、クルド人のみならず、トランプ政権の幹部にも衝撃を与えた。ジェームズ・マティス国防長官(当時)や、対ISIS有志国連合で調整役を担っていた特使が辞任した。

やがてトランプは国際社会の反発を受けて翻意し、兵力約400の「平和維持」部隊を残すという妥協策を示した。シリア内戦でアサド政権を援護するイランに対抗し、トルコ・シリアの国境地帯でクルド人の「安全地帯」を守るためだ。

米軍に対する感情は複雑

SDF(アメリカの資金援助で現有勢力は推定6万人)にとってもアメリカの対テロ戦にとっても、米軍の駐留継続は必要だと考える専門家もいる。

18年にシリア北西部のクルド人支配地域にトルコ軍が侵攻したとき、SDFは応戦に追われ、間隙を突いてISISが戻ってきた。今のSDFに、2つの敵と同時に戦う力はない。

「米軍が明日消えたらSDFは崩壊するだろう」と言うのは、戦略国際研究センターで多国間脅威プロジェクトを担当するマックス・マークセンだ。



シリア北西部の5%までを支配するに至ったテロ組織アルカイダの系列組織、シリア解放機構も脅威だ。

点在する小さな武装勢力は、アフガニスタンやアフリカ、フィリピンのISIS関連組織同様に、 将来の紛争の種になるかもしれない。

「アルカイダにとって、シリア戦争の経験はアフガニスタンと同じくらい有益なものになる」と、シリア問題に詳しい米軍事研究所のジェニファー・カファレラは語っている。「シリアは第2のアフガニスタンになる」

現時点で、クルド人はあらゆる選択肢を検討しているようだ。クルド人の代表は12月に、アサドと同盟を結ぼうとする動きも見せた。停戦と引き換えに、何らかの自治権獲得を目指す彼らの戦いを諦める動きだ。一方で彼らはアメリカに期待しているが、あいにくトランプ政権の出方は予測不能だ。

ウォール・ストリート・ジャーナルは3月中旬、米軍指導者たちがシリアに1000人規模の部隊を駐留させる計画を立案したと報道した。

それはアメリカ、ヨーロッパ、トルコ、クルドの指導者の間で、シリアの「安全地帯」に関する協議が長引き、意見の不一致があったためだろう。だが発表から数時間後、ジョセフ・ダンフォード米統合参謀本部議長は、報道が「事実の点で不正確」だと論評した。

ダンフォードの声明には、「われわれは米軍の残留という大統領の指示を引き続き実行している」とあった。

シリア国民のアメリカに対する思いは複雑だ。ハジン出身の30歳の農民アブドゥラ・サリムのように、クルド人部隊だけでも勝てると考える人もいる。「ISISが戻ってきたり、トルコの侵略者がやって来たら、ここの部族が追い返す」。彼はそう言った。「アサド政権が攻めてきても同じことだ」

だが不安を漏らし、米軍を頼りにする人々もいる。シリアの北部マンビジに暮らす電化製品の営業マン、ワルシン・シェコ(27)は内戦の激化でシリアから脱出し、2月に帰国するまで4年間トルコに住んでいた。

彼の住む町の南側にはアサド政権の支配地域があり、西側と北側にはトルコの支配地域がある。この町はまた、クルド人の多くが住んでいるロジャバへの入り口にもなっている。

「私のいとこたちはトルコに電話をかけてきて、マンビジの生活状況はいいし、安定している、悪い人はいないと言っていた」。彼は自分の店のガスコンロで手を温めながらそう語った。

「帰国後の今になって、アメリカ人が去るという話を聞いて、率直なところ、私はとても悲しくなった。いとこには、私たちにこれから何が起こるか様子を見ようと言った。アメリカ人がいる今は、状況はいい。ここは安定しているし、人々はいい職を得て、真面目に働いている」

マンビジで店を営むカミス・モハメド(42)も、アメリカはクルド人を保護するために滞在しなければならないと主張する。「事実として、アメリカがここにいる限りトルコは私たちに手を出せない」からだ。



ISISはさらに過激化

だがISISは平気で手を出してくるだろう。米軍の幹部も、ISISはシリアで領土を失ったが形を変えて生き延びていると警告している。

「いま私たちが目にしているのは、組織としてのISISの降伏ではない。むしろ家族の安全を図り、戦闘能力を温存するという計算に基づく個別的な退却だ」とジョゼフ・ボテル中央軍司令官は語っている。「ISISは『カリフ国』の支配地域から撤退したが、その戦闘員の大部分は悔い改めることも、打ちひしがれることもなく、一段と過激化している」

筆者がシリアに入る前の1月16日にも、アメリカ人4人(米兵2人と国防総省職員を含む)がマンビジにある欧米人に人気のレストラン前で、自爆テロにより殺害。16人もの民間人も犠牲になった。マンビジには4年以上前からISISはいないとされてきたのだが、ISISのメンバーが犯行声明を出した。

爆破されたレストランは1週間足らずで営業を再開した。アブ・オマル(30)は、近くの店先でその様子を見ていた。「あれはテロリストの仕業だ。そして私たちを守り、私たちのために戦うはずのアメリカ人を傷つけた以上に、私たちとこの町を傷つけた」と彼は言う。「私たちは、人間が尊厳を持って生きることができるまともな生活をしたいだけだ。自爆テロで子供が殺されることのない静かな生活をしたいだけだ」

<本誌2019年4月16日号掲載>


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ケネス・ローゼン(ジャーナリスト)

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