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フランスの航空運賃課税は、暴動を防ぐマクロンの苦肉の策

ニューズウィーク日本版 2019年7月12日 16時10分

<ディーゼル燃料の値上げに怒った「黄色いベスト」、その前身でトラック課税に怒った「赤い帽子」、農民など、格差拡大に対する労働者の不満は一触即発>

7月9日、フランスのエリザベート・ボルヌ運輸大臣は、来年度から航空機に新たに環境税を導入すると発表した。コルシカおよび海外県・海外領土行き便を除くすべてのフランスの空港を出発する航空機に課税する(経由便と到着便は課税されない)というもので、国内及びEU域内便にはエコノミークラスで1.50ユーロ、ビジネスで9ユーロ、EU外行きの便についてはエコノミークラス3ユーロ、ビジネス18ユーロ。1億8000万ユーロ(約234億円)の税収が予定されている。税収は、鉄道などのCO2排出量の少ない環境に優しい公共交通の整備に使われる。

じつは、政府は昨年、逆に航空会社に1億1800万ユーロのコスト削減を提案していた。この6月に国会に提出された航空燃料課税案も、EUの問題だと逃げてとりあげなかった。ここへきて、態度を一転したのである。

<参考記事>EUトップ人事の舞台裏で欧州リーダーの実力を見せたマクロン

欧州議会選の真の勝者エコロジストと取り込む

この発表はマクロン大統領が議長を勤める「エコロジーを守る評議会」のあとでおこなわれた。大統領の意向によるものであることはまちがいない。

その理由として考えられるのは、欧州議会選挙の結果と「黄色いベスト」運動だ。さきの欧州議会選挙では極右・欧州懐疑派が勝利したといわれるが、真に勝利したのはエコロジストである。

フランス国内においても、極右の国民連合(旧国民戦線)はたしかにトップだったが得票率は23.33%で、大統領選挙の第1回投票からあまり伸びていない。エコロジストは13.48%の得票で大躍進し、伝統的右派の共和党や左翼の「不服従のフランス」を大きく上回って3位につけた。来年春には統一地方選挙がある。マクロン大統領の与党は22.42%でで2位を保ったが、これも頭打ちである。エコロジストの票はなんとしてもとりこまなければならない。

もうひとつの「黄色いベスト」。もともとこの運動は(ディーゼル燃料への)燃料税の値上げに対する反対がきっかけとなったが、航空燃料への課税は運動の要求の一つであった。ガソリンは60%が税金だが、航空燃料には燃料税がかかっていないのである。

<参考記事>「黄色ベスト運動」がマクロン仏大統領に残した遅すぎた教訓 1%の富裕層より庶民に寄り添わなければ真の改革は進まない

くわえて、運動の中で、高速道路の料金所が標的となった。高速道路はコンセッション方式で、受託事業者は国が株主の会社であった。黒字で高い配当が国に入っているにもかかわらず、短期的な財政再建のために2005年に国が全株式を売却し民営化された。そのために、料金の値上げが起きていた。



じつは、かつては高速道路の料金の一部が今回飛行機への課税の理由とされた鉄道などのインフラ整備のための負担金として徴収されており、管轄する交通インフラ資金調達庁の予算の半分をしめていた。民営化とともにこれもなくなった。148億ユーロの高速道路会社株の売却収入のうち40億ユーロが交通インフラ資金調達庁に割り当てられたが、その資金も枯渇してしまった。そこで、オランド大統領の時代に、一般国道を走る3.5トン以上のトラックに環境税をかけようとした。課税のために、対象となる車を感知する装置までフランス中に設置された。しかし、2013年の秋、黄色いベストならぬ「赤いニット帽」を被った運動でだめになった。民衆に装置は壊され、システム受注した民間会社からは違約だと訴訟を起こされた。しかも高速道路からの負担金の代わりに使われたのが燃料税であった。

おりから、大阪G20の最中に南米南部共同市場(メルコスール)とEUの自由貿易協定が締結された。批准手続きにまだ数年かかるが、7月3日のEU首脳会議でマクロン大統領は全面的な賛成を表明した。

これによって、アルゼンチンなどの牛肉の輸入価格が一気に下がる。だが農民団体からは「車と引き換えに農家を殺すのか」と早くも大きな抗議の声があがっている。

飛行機ボイコット運動よりずっと過激

たしかに、春になるとともに「黄色いベスト」の動員数は減り、静かになった。しかし、この運動のもとになった格差への庶民の不満はあいかわらずくすぶっている。激しさと組織力で知られる農民運動をきっかけにいつ覚醒するかしれない。

一方、牛肉は、フランス国内でも十分に生産できているのに、なぜ南米からわざわざCO2を撒き散らして飛行機で運ぶのか、遺伝子組み換え飼料や薬品の使用などについて十分な検査もおこなわれていないとエコロジストも反対している。

5月末に、エコロジストや左翼の「不服従のフランス」などから列車で5時間以内のところの飛行機路線は廃止するという議員立法がだされた。あのときには、スウェーデンでうまれた飛行機ボイコット運動(「飛び恥」運動)がメディアやSNSで話題になったので、それに乗っかっただけ、という感じで、別に国民運動にもならなかった。

だが、農民運動と「黄色いベスト」とエコロジーの組み合わせは危ない。しかも、猛暑異常気象で地球温暖化が肌で感じられている。

このリスクを察知して先手を打ったのだろう。果たして、マクロン大統領の思惑通りに行くのだろうか。

[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。



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広岡裕児(在仏ジャーナリスト)

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