Infoseek 楽天

イトカワ着陸から14年、はやぶさ2のサンプル採取装置の性能は実証された

ニューズウィーク日本版 2019年7月17日 17時30分

<小惑星探査機はやぶさ2は、小惑星リュウグウに2回目の着陸を実施し、サンプル採取に成功した。採取装置の設計には、初代はやぶさのサイエンティストによる理論が生きていた......>

2019年7月11日午前10時6分、小惑星探査機はやぶさ2は、小惑星リュウグウの表面に2回目のタッチダウン(着陸)を実施し、成功した。着陸地点は、4月に実施した人工クレーター生成によってリュウグウの地下の物質が掘り起こされ、積もっているとみられる場所だ。

前例のない、小惑星からのマルチサンプリング(複数回の試料採取)は、小惑星の歴史解明に大きな手がかりをもたらす。2月の第1回タッチダウンで得たリュウグウ表面の物質と第2回タッチダウンの地下物質を比較することが可能になった。表面の物質は宇宙線や太陽風の影響を受けて長い間に宇宙風化と呼ばれる変化が見られるが、地下の物質は変化が少なく、より始原的な小惑星が生まれた当時の物質、特に有機物をとどめている可能性がある。

一方で、小惑星の歴史の中では多数の小さな天体が衝突し、その表面をかき混ぜている。リュウグウ表面にも自然にできたクレーターがいくつもあり、過去に天体衝突を経験したことがわかっている。宇宙風化はこうした撹拌によって表面から地下まで及んでいる可能性もある。表面と地下、2か所のサンプルを手に入れたからこそ、両者を比較して小惑星の歴史を解き明かすことができる。

第2回タッチダウンの瞬間。Credit: JAXA

タッチダウンを終えて上昇するはやぶさ2。弾丸の衝撃とエンジンの噴射によって、リュウグウ表面の砂礫が舞い散っている。Credit: JAXA

はやぶさ2探査は岩との戦い

タッチダウンの瞬間を捉えた画像を持って会見会場に駆けつけた澤田弘崇さん。撮影:秋山文野

タッチダウン当日の記者会見で、はやぶさ2のサンプル採取装置「サンプラホーン」を担当した澤田弘崇さんは、探査機から降りてきたばかりのタッチダウンの瞬間の画像を示しつつ「解析はまだこれからですが、岩そのものに弾丸があたったような印象を受けています。ですので、破片の飛び散り方が1回目とは違うと予想しています」と述べた。

同様に、プロジェクトサイエンティストの名古屋大学 渡邊誠一郎教授も「おそらく大きな岩の上に、SCI(衝突装置)のクレーターから飛んできたものが積み重なっていて、岩が砕かれたものと積み重なったものがサンプルできている可能性が高い」としている。

サンプラホーンが接地した着陸地点がどのような条件の場所だったのか、詳しい解析はこれからになる。だが、はやぶさ2のチームが「岩の上に降りてサンプルを採取した」と考えていることがわかる。

リュウグウは、観測された岩塊がおよそ1万個以上、直径5メートルのものだけでも4400個もあるという岩だらけの環境だ。はやぶさ2本体を傷つけないよう、高さのある岩塊は避けて着陸計画が立てられている。とはいえ、サンプラホーンが接地するまさにその場所には、平たい岩塊が存在する可能性は避けられなかった。はやぶさ2探査は岩との戦いだ。



初代はやぶさで考えられた理論が生きている

それでも、サンプラホーンはゴツゴツのリュウグウの環境をものともせず、計画通りサンプル採取に成功した。それを可能にした装置の設計には、小惑星の「自然」を研究した初代はやぶさのサイエンティストによる理論が生きている。

サンプラホーンとは、はやぶさ2本体の下面に取り付けられた筒状の採取装置。ホーンの先端部分が小惑星の表面に接地するとタンタル製の弾丸が打ち出される。弾丸は砂礫に当たれば砂を巻き上げ、岩に当たれば岩を砕いて弾き飛ばす。2018年末、小惑星リュウグウと同じように炭素を含む礫を模して作られた「人工リュウグウ」に弾丸を打ち込む実験が行われた。「実験の結果、砕けて周囲に放出された礫の破片が、周りを囲む他の礫たちにビリヤードのように衝突して連鎖的に砕き、当初の想定以上のサンプル量を表面から放出させることが分かりました」(JAXA はやぶさ2プロジェクト トピックス「リュウグウに弾丸を打ち込め!」より)。

当たった対象が岩であっても、弾丸が砕くのでサンプルを採取できる。着地点の条件を選ばないことがはやぶさ2サンプル採取装置の優れた点だ。澤田さんは、「リュウグウの物質は炭素を含んでいて比較的もろいので」としながらも「自信はあった」とサンプル採取方式の強みを誇らしげに語った。

はやぶさ2のサンプリング装置。巻き上げられた砂を受け止めやすくするなどの改良がされているが、基本的な設計は初代はやぶさと同じだ。Credit: JAXA

サンプリング装置の弾丸発射部分(地上で保管されていたはやぶさ2搭載部品と同じもの)。Credit: JAXA

打ち出されるタンタル製の弾丸。Credit: JAXA

リュウグウを模した人工の岩石にサンプル採取装置の弾丸を撃ち込む実験が行われた。Credit: JAXA、東京大学



砂地でも、一枚岩でも活躍できるサンプル採取装置

7月11日当日、藤原顕教授ははやぶさ2第2回タッチダウンの広報中継番組に出演。JAXA 宇宙科学研究所の管制室のそばで、開発に携わったサンプラホーンの活躍を見守った。撮影:秋山文野

はやぶさ2のサンプル採取方式は、多少の改良はあったものの初代はやぶさと同じだ。元になるアイディアを発案したのは、初代はやぶさのサイエンスマネージャである藤原顕教授。はやぶさ開発時の宇宙科学研究所(現:JAXA 宇宙科学研究所)で「二段式軽ガス銃」という高速で弾丸を発射する実験装置を用いて、宇宙の微小な岩石衝突を再現する高速の弾丸衝突・破壊実験を行っていた。日本における惑星衝突実験分野の第一人者だ。

小惑星表面から砂を採取する、といえばシャベルのようなものですくい取るといった方法が考えられる。またNASAが現在運用している小惑星探査機OSIRI-RExは、窒素ガスを吹き付けて舞い上がった砂をキャッチするという方式を採用している。

だがはやぶさ開発当時の1990年代、小惑星表面の「地図」は存在しなかった。行ってみなくてはわからない小惑星の表面が、シャベル式装置に向いた砂地ばかりとは限らない。小惑星の表面は100度以上の温度になる可能性もあり、探査機が損傷しないように一瞬で着陸とサンプル採取を終えなくてはならない。電気で駆動する複雑な採取装置は、万が一装置が壊れたら何もできない。

そこで藤原教授が創案したのが、小惑星という環境でこれまで数え切れないほど起きてきた、衝突という現象を再現するサンプル採取装置だ。弾丸を打ち出して表面に衝突させ、巻き上げた細かい砂をキャッチする。着陸は一瞬で終わり、探査機はすぐ安全な高度まで上昇できる。はやぶさの目的地、小惑星イトカワで着陸場所が砂地でも、一枚岩でも活躍できるユーティリティープレーヤーだ。

イトカワから14年、採取装置の性能は実証された

考え抜かれたはやぶさのサンプル採取装置だが、2005年11月26日に行われたイトカワへの着陸の際、プログラムの問題により弾丸が発射されなかった。着陸の際に舞い上がった微粒子がサンプルコンテナの中に入っていたため、地球へサンプルを持ち帰ることはできた。だが、サンプル採取装置の真の性能を実証する機会は、14年後のはやぶさ2着陸ミッションまで持ち越されることになったのだ。

2019年2月のはやぶさ2第1回のタッチダウンでは、探査機はうまく砂礫の上に着陸して砂を巻き上げることに成功した。サンプル保存室には、計画通りたくさんのサンプルが入っていることが期待されている。そして2回目の着地では、ついに岩の上でも同じようにサンプル採取装置が機能することを実証してみせたのだ。

「惑星リュウグウも仲間です」

リュウグウへの想いを語る津田雄一プロジェクトマネージャ。撮影:秋山文野

記者会見で、はやぶさ2チームの津田雄一プロジェクトマネージャは、これまでチームに苦闘を強いてきた小惑星リュウグウに対し「これまで、牙を剥いたとか言って申し訳ないと思っています。リュウグウも仲間です」と述べた。

厳しい条件であることを予想して、そのために相手を知り尽くし、準備をしつくしてきたからこそ、リュウグウという天体が仲間だと思えるのかもしれない。リュウグウは祝福するかのように、2回目のタッチダウンでも舞い上がる砂礫の花吹雪を見せてくれた。











秋山文野

この記事の関連ニュース