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ぶっ飛びエリートから庶民の味方へ脱皮?──マクロン劇場は正念場の第2幕へ

ニューズウィーク日本版 2019年7月18日 15時30分

<黄色いベスト運動は失速したが、上から目線の「超然型大統領」から庶民の味方への脱皮は容易ではない>

アメリカ人の人生に第2幕はない――作家スコット・フィッツジェラルドはそう書き残した。この格言はフランス人には適用されないと、エマニュエル・マクロンは考えている。

フランスでは今年4月以来、大統領の5年の任期の第2幕が盛んに喧伝されている。第1幕終了後の幕間には、「黄色いベスト運動」という前例のない規模の抗議行動が猛威を振るい、政府を大きく揺さぶった。

これに対してマクロンは、やはり前代未聞の対策に打って出た。「国民大討論」と銘打った2カ月間のトークイベントの開催だ。その期間の長さとマクロンの驚くべき多弁は抗議行動の勢いをそぎ、6月後半の週末にはデモ参加者が1万2000人にまで減った。運動の初期には、25万人の参加者があったことを考えると、文字どおりの急減だ。

それでも、デモ隊は大統領辞任という不可能に近い目標は達成できなかったものの、マクロン政権第1幕の政策と統治スタイルの多くを放棄させることには成功した。

ニコラ・サルコジ、フランソワ・オランド両大統領の失敗を受けて就任したマクロンは、フランスは強く安定した大統領を求めていると判断した。そして権威型モデルのシャルル・ドゴールでもあり得ないような「ユピテル的」大統領を目指すことにした。ローマ神話の主神ユピテル(ジュピター)のような超然とした姿勢で統治する大統領という意味だ。

この垂直型アプローチによる統治の下、第1幕のマクロンは経済改革を次々に断行した。地球温暖化対策の一環として、燃料税引き上げを発表。労働法制を緩和し、富裕税を廃止した。

だが、最後の富裕税廃止は国民の受けがよくなかった。さらに貧困層は福祉制度から「パン生地をかき集めている」といった、いかにもエリート主義的な発言も相まって、マクロンは「富裕層のための大統領」と評されるようになった。

黄色いベスト運動によって、マクロンはいくつもの譲歩と妥協を余儀なくされた。富裕税の復活には最後まで抵抗したが、政府は燃料税の増税を撤回し、最低賃金を引き上げた。さらに国民大討論を開始することで、ユピテル的アプローチが人々を遠ざける結果を招いたことを認めた。昨年12月、支持率は23%まで落ち込んだ。

市民の痛みに寄り添う

だが、黄色いベスト運動の失速と国民大討論での攻勢とともに、支持率は徐々に回復。現在は30%台を維持している。復調の大きな要因は5月の欧州議会選挙で運動の先頭に立ち、選挙戦をマニ教的な善悪二元論対立の舞台にした巧みな戦術だ。光の軍団はマクロンの「前進する共和国(REM)」。闇の勢力役は、マリーヌ・ルペン率いる極右・国民連合に割り当てられた。



マクロンはREMを第1党にすることはできなかったが、僅差の2位に押し上げることには成功した。国民連合との得票率の差は1ポイント未満だったので、マクロンはある意味で「勝った」と言ってもいい。

それに劣らず重要なのは、環境保護派の欧州エコロジー・緑の党を除く他の政党が軒並み自滅した結果、第2幕のカーテンを上げる準備が整ったことだ。事前のリハーサルは、安心と心配が交互に現れる内容だった。

マクロンはある程度まで、幕間に導入したテーマを追求するようだ。6月のスイスのラジオとのインタビューでは、第1幕における官僚主義的傲慢と君主的形式主義を謝罪。政府はさまざまな問題の解決策を出したが、「普通の市民から懸け離れて」いたと告白した。

その全てが「根本的な誤り」であり、抗議行動に訴えた人々の「痛み」を実感した今は、国民との関係に「人間らしさと身近さを改めて導入」する決意だと、マクロンは主張した。

同じ日のILO(国際労働機関)での演説では、人々が「もはや民主主義は暴走した資本主義による不平等から自分たちを守ってくれない」と感じたとき、権威主義とポピュリズムが台頭すると警告。「少数による富の奪取」を許すシステムではなく、「誰もが自分の取り分を確保できる社会的市場経済」の創造をヨーロッパに呼び掛けた。

だが、そもそも取り分が分配されなければ、どうしようもない。国民大討論の参加者は、官僚機構の複雑さに直面するたびに絶望を感じると訴えていた。

そこでマクロンは現在、国民にサービスを「タイムリーかつ具体的な形で届ける」ことを閣僚に求めている。効率アップの手段は、管理指揮系統の分散化を図り、地方の公務員により大きな裁量を与えることだ。

この提案に目新しい部分はほとんどない。フランスでは50年以上前から行政改革の必要性が叫ばれてきたが、改革の「障害物」は今もほぼ無傷で残っている。そのせいもあって、左派はマクロンを信用していない。環境保護派もマクロンの本気度を疑っている。

移民制限に舵を切るか

移民問題への対応にも疑念がある。フランスの人権オンブズマン、ジャック・トゥボンは昨年の報告書で、マクロン政権は移民たちのスラムを取り壊し、ホームレスになった人々に代替の住居の提供も拒否することで、「移民を見えない存在」にしようとしていると非難した。

マクロンは最近の記者会見で移民問題を持ち出し、「開放的」で「包容力のある」フランスの愛国心を称賛する一方、開放的とは無制限の意味ではなく、包容は排他性を伴うと主張して多くの記者を驚かせた。



マクロンがシェンゲン協定の適用範囲を見直そうとしていることは周知の事実だ。現在はEU(欧州連合)加盟26カ国全てが、国境を越えた域内の自由な移動を市民に認めている。

マクロンが主張するように、シェンゲン協定が「もはや機能していない」のは確かだが、どうやってそれを修復するかは明らかにしていない。ギリシャやドイツのような過度に寛大な移民政策の国を除外して、協定の適用国を減らすのか。あるいは難民認定希望者に関する共通政策を拒むハンガリーやスロバキアなどを適用外にするのか。

マクロン政権第2幕を評価する際の基準は、フランス国民にサービスを提供する能力があるかどうかだけでない。開放的で包容力のあるフランスの愛国心を守れるのか――それも重要な判断基準だ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年7月23日号掲載>


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ロバート・ザレツキー(米ヒューストン大学教授)

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