Infoseek 楽天

トランプ「人種差別」論争の裏で進められた不法移民摘発 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年7月18日 17時30分

<民主党内の主流派と左派の分断を狙ったという見方もあるが、罵倒合戦の裏では不法移民に対する一斉摘発が粛々と実行されていた>

トランプ大統領は、何かにつけて過激なツイートをするので有名ですが、なかでも7月14日に流したツイートは大いに物議を醸しました。ここのところ、大統領への対決姿勢を示している「民主党の『進歩派』女性下院議員」に対して、「(アメリカがイヤなら)自分の国へ帰って、ひどい状態の国を立て直して来い」と挑発したのです。

名指しこそしていませんが、この女性議員が以下の4人を指すことは明らかです。いずれも新人女性議員で、有色人種(非白人)です。

▼アレクサンドリア・オカシオコルテス議員(通称AOC、NY14区、プエルトリコ系2世)
▼ラシダ・トレイブ議員(ミシガン13区、パレスチナ系2世)
▼アヤナ・プレスリー議員(マサチューセッツ7区、アフリカ系アメリカ人)
▼イルハン・オマル議員(ミネソタ5区、ソマリア系移民1世)

問題は、彼女らに対する「自分の国へ帰れ」という発言です。まずオマル以外の3人はいずれもアメリカ生まれの市民ですから、「移民」ではありません。プレスリーについては、カテゴリとしては「アメリカ黒人」ですし、AOCの両親の出身地であるプエルトリコもアメリカです。

ということは、この4人に対して「一括りに」まとめて「国へ帰れ」と言うのは、「有色人種はアメリカ人ではない」というニュアンス、さらには「アメリカは白人の国だから、有色人種は出て行け」という意味になるわけです。このツイートが「人種差別ツイート」だとして批判された背景にはそのようなロジックがあります。

その結果として、この4人はカンカンになって共同で記者会見を行ないました。つまり「トランプが人種差別主義者(レイシスト)」だというのです。これに対して、大統領が「自分の身体にはレイシストの骨なんかないよ」と反論すると、AOCは「その通りね。アンタの身体にはレイシストの骨はない。でも、アンタの頭の中はレイシストの心。そしてアンタの胸にはレイシストの心臓が脈打ってる」と切り返しています。

こうした罵倒合戦ですが、大統領としては「望むところ」のようです。トランプは、この4人に代表される民主党左派が、「パレスチナ人の権利を主張して、イスラエルを批判」したり、「国民皆保険や大学無償化」を主張しているのが気に入らないし、特にこの4人を叩くことで、コア支持層の関心を持続できると考えているようです。

では、このエピソードは、アメリカ政治全体から見るとどのように位置付けられるのでしょうか?

まず、今回の「トランプ対民主党左派」の対決については、トランプとしては民主党内の主流派(ペロシ下院議長など)と左派(今回の4人の新人議員など)の分断を狙ったものという説があります。

どういうことかというと、攻撃すれば当然4人をはじめ民主党左派は怒るだろうし、そうすればこの4人など左派は、以前から一貫して主張している「トランプ大統領の弾劾」を即時実施するように動くだろうという計算です。その場合、ペロシ下院議長など主流派は「弾劾は当面見送り」という立場ですから同調はせず、結果的に「主流派と左派を分断できる」という計算があったというのです。



確かにこの点に関しては、17日に左派が上程した下院における「大統領の弾劾手続きを即刻進める決議」は、アッサリと「共和党の全員と、民主党主流派」によって332対95で否決されてしまいましたから、大統領の思惑通りと言えるでしょう。

ですが、問題はそう単純ではないという見方もあります。実は、この17日に起きた「弾劾決議上程」の前に、ペロシは4人の新人議員に連帯表明する内容のツイートをしていたばかりか、下院として史上珍しい「現職大統領への非難決議」を行いました。

この「非難決議」では、下院の民主党は全員が一致団結して支持しており、オマケとして、共和党からも4人の造反賛成票が出るなど、結果的に成功した形となりました。民主党としては、主流派と左派による結束を見せつけることにもなっています。

全体的な評価としては、そんなわけで大統領として「民主党の主流派と左派の分断を図る」という作戦は、仮に本当にそのような意図があったとしても半分しか達成できなかったことになります。また、民主党内では、一層左派の影響力が高まったとも言えます。

では、今回の「仕掛け」については大統領サイドの失敗だったかというと、別の見方も可能です。この14日の日曜には、ICE(米移民・関税執行局)による不法移民家族に対する「一斉摘発」が行われたとされています。

政府としては、2000家族を目標とした摘発だとして、大統領も積極的でした。この「一斉摘発」ですが、コアの支持者に対しては「やっている」というアピールをしたい反面、人権無視という印象を与えて中間層の離反を招く危険がある中では「テレビニュースではあまり扱って欲しくない」性格のものとも言えます。

結果的に、今回の「トランプ対議員4人のバトル」のニュースで週明けのメディアの政治ヘッドラインが、埋まってしまったことで、「不法移民一斉摘発」のニュースを隠すことに成功したという見方もあります。

さらに言えば、今回話題となった4人の議員は、いずれもトランプの移民政策に強く反対しており、特にAOCなどは「ICE解体論」の急先鋒でもあります。そう考えると、メディアが「一斉摘発」を取り上げて、AOCがこれを鋭く批判する映像がテレビに流れるよりは、今回のような「罵倒合戦」に持ち込んだ方が、大統領としては世論対策として有利な展開になったとも言えます。

そう考えると、表面的には「アメリカの分断」をエスカレートさせるだけの罵倒合戦に見える今回の動きも、それぞれに様々な計算で動いているという見方もできるのです。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きをウイークデーの朝にお届けします。ご登録(無料)はこちらから=>>


この記事の関連ニュース