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対警察、対小売店に「愛国者」まで 香港デモに終わりは見えない

ニューズウィーク日本版 2019年7月22日 12時5分

<さまざまなグループが独自の運動を展開。ブルース・リーの言葉をスローガンに、「水のように」変化しつつ抗議活動は続く。統治能力を欠く政府への風当たりは強まるばかりだ>

香港の中心的な商業地区、金鐘(アドミラルティ)にある香港立法会(議会に相当)の建物は、7月に入ってから抜け殻のようになっている。周囲には巨大なバリケードが設置され、隣接する政府庁舎への立ち入りも規制されている。

香港政府と市民の間の深い亀裂をこれほどくっきり描き出している光景はない。なぜ、このような事態に至ったのか。

1997年7月1日、香港は、それまで1世紀半にわたり統治してきたイギリスから中国に返還された。それ以来、毎年7月1日の記念日には2つの行事が並行して行われてきた。公式の祝賀行事は、香港政府の高官と招待客が参加して執り行われる。一方、市街では、民主派の市民たちが民主化を要求して、灼熱の中でデモ行進する。

しかし近年、デモは意気が上がらなくなっていた。香港の中国返還後も高度な自治を認める一国二制度の建前に反して、市民の政治的自由の制約が強まっているからだ。2014年に大規模な民主化デモ「雨傘革命」が起きて以降は、とりわけ締め付けが強まっていた。

7月1日の民主化要求デモは例年、平和的に行われていた。しかし、今年は様相が違った。香港政府が逃亡犯条例の改正を目指したことで、市民の不信感の火に油が注がれた。この改正案が成立すれば、中国での犯罪の疑いをかけられた容疑者の身柄を中国本土に引き渡すことが可能になる。

香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が条例改正を急げば急ぐほど、人々の怒りは強まった。6月9日には、逃亡犯条例改正に反対する100万人規模のデモが行われた。改正案の審議が予定されていた12日には、デモ隊が立法会を包囲した。このとき、警察が催涙ガスやゴム弾などでデモ隊を激しく攻撃したことで、市民の反発が強まった。

【参考記事】香港デモ弾圧はイギリス人幹部が主導していた!

団結と支援のメッセージが記されたメモで埋め尽くされた壁 TYRONE SIU-REUTERS

香港がのみ込まれる不安

6月15日、林鄭は市民に向けて演説を行い、逃亡犯条例改正案の審議を「延期」する意向を明らかにしたが、警察の暴力は非難しなかった。この中途半端な声明の翌日には、200万人もの市民がデモに参加した。

香港政府とデモ隊の対立が頂点に達したのは、返還記念日の7月1日。この日を境に、香港の状況は一変した。

最初は例年どおり平和的なデモが行われていたが、一部の過激なデモ隊が立法会の建物を襲った。そのとき、警察がなぜか現場を離れたため、デモ隊はガラスを割り、金属の柵を取り除いて建物の中になだれ込んだ。デモ隊は条例改正に反対する落書きをしたほか、中国の権威を象徴するものを壊したりスプレーで汚したりした。



2014年の雨傘革命の後、一部の若者は正規のルートで政治に参加しようと考え、選挙に立候補して立法会議員になった。しかし、香港政府と中国政府は彼らの行動を容認できないと考えた。特に有力な民主派議員6人は、議員資格を剥奪されていた。

7月1日以降、立法会は閉鎖されたままになっている。近くの橋の上から、通行人(その中には中国本土からの観光客もいる)が建物の中をのぞき込み、落書きの写真を手早く撮影していく。人々はほとんど言葉を交わさないが、表情には非難よりも驚きが見て取れる。その感情は、少しの興奮と言ってもいいかもしれない。

警察がデモ隊に暴力を振るい、林鄭がかたくなに対話を拒んだことにより、普段は保守的な香港市民も、半数以上が若者の暴力的な運動を支持している。高齢者や母親たちもデモ隊を支持して行進に加わった。珍しくジャーナリストたちも、警察の暴力に抗議してデモに参加した。宗教団体、法律家、ソーシャルワーカーなども行進した。

ただし、時間がたつと、抗議運動への反対勢力も登場し始めた。「愛国者」を自称する人たちが街頭でデモ隊を挑発し、直ちにそこから逃げ去ることを繰り返している。

多くの香港市民が抗議活動に同調する根底にあるのは、自分たちの意向が政治に全く反映されないことへの不満だ。

人々の「反本土感情」は極めて強い。その感情の一部は、アイデンティティーの不安に根差している。中国本土からの大量の移住がこのまま続けば、香港の独自性が薄まるのではないかと恐れているのだ(学生と就労者とは別に、毎年5万人の移住が認められている)。香港で話されている広東語は北京語とは大きく異なる言葉だが、北京語に押されて広東語が廃れてしまうことへの不安もある。

抗議運動に特定のリーダーはいないので、さまざまなグループが逃亡犯条例改正案の全面撤回という主張を共有しつつ、各地で独自の運動を展開している。

ブルース・リーの言葉

抗議運動は、香港が生んだ伝説の武道家・アクションスター、ブルース・リーの「友よ、水になれ」という言葉をスローガンにしている。水のように絶えず柔軟に変化し、状況に応じて前進したり、後退したりせよというわけだ。

警察を標的にしているグループもあれば、各地にいわゆる「レノンウォール」をつくる活動に力を注ぐグループもある。市内あちこちの壁を、団結と支援のメッセージが記されたメモで埋め尽くそうという活動だ。



賛否が分かれているのは、中国本土系の小売店を標的にした活動だ。中国本土の小売業者が本土と香港の境界付近の地区に出店し、本土の買い物客が好む商品を売るショッピング地区に変えてしまったため、地元住民は生活が不便になった。それに不満を持つ人も少なくない。

社会が熱を帯び続けるなか、香港政府は昔ながらの戦略を今回も実践している。公の場での対話を拒みつつ、デモ隊の暴力性を際立たせ、逆に警察側の行動を小さく見せようという戦略だ。この戦略は、中国政府寄りの企業が香港のメディアに大きな影響力を持っているため実行しやすい。

7月14日に沙田(シャティン)のショッピングモールでデモ隊と警察が衝突した後、香港政府は、治安の悪化に嫌気が差した世論がデモ隊に冷ややかになることを期待していたようだ。だが、今のところその思惑どおりにはいっていない。統治能力を発揮できない政府への風当たりは強いままだ。

この夏、香港は抵抗の季節を迎えることになりそうだ。それがいつどのように終わるかは、誰にも分からない。

<2019年7月30日号掲載>


※7月30日号(7月23日発売)は、「ファクトチェック文在寅」特集。日本が大嫌い? 学生運動上がりの頭でっかち? 日本に強硬な韓国世論が頼り? 日本と対峙して韓国経済を窮地に追い込むリベラル派大統領の知られざる経歴と思考回路に迫ります。



イラリア・マリア・サラ(香港在住ジャーナリスト)

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