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参院選、比例「特定枠」の曖昧さと地域間格差 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年7月23日 18時20分

<一票の格差を是正するために「定数是正」を行ったのに、「特定枠」で人口減少県の代表数を事実上確保するのは問題があるのでは>

選挙というのはルールがハッキリしていることが重要です。ルールが整備されていないと、当落をめぐって争いが続くということもありますが、最大の問題は選挙結果の権威が揺らいでしまうからです。選挙結果の権威が怪しいということになれば、政権の権威にも疑問がついてしまい、最終的には国家の秩序が保てません。

その意味で、歴史的な偶然はありますが、アメリカの連邦議会については、ルールが非常に安定しています。小選挙区制の下院(任期2年で全員一斉改選)、各州の代表2人で構成される上院(任期6年、2年ごとに3分の1ずつ改選)という規定について、疑問や改定案というのはほとんどありません。

例えばですが、カリフォルニア州は大きすぎるので3分割しようという案があります。もちろん、そのウラにはリベラルが強いこの地域から上院議員が6人出るようになれば有利だという民主党支持者の計算があるのは事実でしょう。ですが、カリフォルニアは大きいから「上院議員を2人ではなく6人にしよう」という案はあまり聞こえてきません。あくまで1州に上院議員は2人という規定は「国の骨格」として定着しているからです。

もちろん、アメリカの民主主義は完成形ではありません。最大の問題は、大統領選における選挙人制度です。過去30年において、票数の単純集計では勝っている候補が、州別のポイント制である選挙人制度では負けたという事例が2回(2000年、2016年)発生しており、論争が続いています。

そうではあるのですが、少なくとも連邦議会の定員、任期、選挙制度が安定しているというのは強みです。議会について、悪口を言う人は多いですが、制度を変えろという議論は出ないので、結局は議会の中で討議されている政策に関する議論に集中できるからです。

その点で、日本の衆院、参院の選挙制度は十分に安定しているとは言えません。それどころか、非常に不安定になっていると言えます。

例えば、今回の参院選では特定枠というのが登場しました。特定枠というのは、言ってみれば比例代表の中での「優先枠」で衆院の「名簿1位」のようなものですが、問題はこの特定枠の候補には「選挙事務所の設置、自動車などの使用、文書図画の頒布や掲示、個人演説会は認めない」とされているという点です。つまり特定枠の候補者は選挙運動を禁止されているのです。

どうして禁止なのかというと、そもそも特定枠というのは「合区」によって県の選挙区から外れた候補を救済するためで、多数の得票が見込めないからです。例えば、今回特定枠で当選した三浦靖候補(自民)は、得票数3295票で当選しています。この人は島根県の衆議院議員でした。島根県が鳥取県と合区になって、今回その選挙区選挙は鳥取出身の政治家(今回は舞立昇司氏)が候補になったので、島根の三浦氏は「特定枠」に回った格好です。



この「鳥取・島根」選挙区ですが、次回の参院選は島根出身者が選挙区に出て、鳥取の候補は「特定枠」に回る、そんな運用を前提とした制度なのです。では、どうして「選挙運動が禁止」なのかというと、「運動したのに得票数が少ない」と不信任を受けた印象になるので、そもそも運動を禁止しておくという発想のようです。その結果、有権者から見れば信任を得たかどうか不明な政治家が、任期6年の参議院議員として当選することになりました。

またせっかく一票の格差を是正するために「定数是正」を行なったのに、人口減少県の代表数は事実上確保されてしまっているという問題もあります。この点も批判されてしかるべきでしょう。

一方で、この「特定枠」を別の意味で活用したのが「れいわ新選組」です。特定枠に重度の障がい者の候補を立てて、党首の山本太郎氏の集票力を使って2人を当選させたのです。つまり「選挙運動ができない」制度を逆手に取って、「障がいのために選挙運動が難しい」候補を当選させるのに使ったというわけです。発想としては興味深いですが、れいわの「作戦」も参院の選挙制度安定化への真摯な姿勢とは少し違うように感じられます。

この「特定枠」を生み出した「定数是正」ですが、昨年2018年7月に成立した「6増案」が今回から適用されるものです。自民党が「鳥取・島根」と「徳島・高知」の2つの合区で使うために、比例代表を4議席増(一回の選挙では2増)としたのに加えて、埼玉選挙区を2議席増(一回の改選では1増)としたものです。

問題は、この埼玉(定数8議席、改選4議席)とか東京(定数12議席、改選6議席)あるいは大阪(定数8議席、改選4議席)といった大選挙区があるという点です。

例えばですが、「1人区」と「6人区」では、同じ一票であっても選択の機会が全く違うわけです。1人区の場合は、自民系か旧民主・民進系の選択になることが多いわけです。特に今回の場合は、「野党共闘」候補も多かったので、そうなると一部の有権者としてはまさに消去法の選択を強いられるわけです。

一方で大都市の場合は「選択の幅」がそれこそ「自民、公明、旧民主・民進系、維新系、共産」というバラエティに富んでいて、有権者は投票行動に際して、より自分の観点に近い選択をすることが可能になります。この地域格差というのは、それ自体が不安定なものを抱えているように思います。

いずれにしても、参院については現在の選挙制度が最終的な確定形であるとは、とても考えられません。それにもかかわらず、解散のない参院では当選した議員には6年の任期が与えられるわけです。あらためて選挙制度に関する真剣な議論が必要と思います。

一つの考え方としては、衆院を小選挙区制にした一方で、参院は全国を30くらいの中選挙区にして、いずれも定数は4にする中で選択の幅を確保するということが考えられます。あるいはその延長上に人口減少に直面した都道府県の「合県」ではなく「道州制」を考えていくとか、いずれにしても抜本的な議論が必要ではないでしょうか。

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