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ソーダストリームが、ユダヤ・パレスチナ共存の未来を切り開く

ニューズウィーク日本版 2019年7月24日 17時48分

<ソーダストリームの名物CEOはユダヤ人とパレスチナ人が共に働く理想的な職場で「世界の修復」を目指す>

ダニエル・バーンバウムはニューヨーク出身の56歳。イスラエルの炭酸水製造器メーカー、ソーダストリームのCEOだ。

自分には使命があると、バーンバウムは言う。それは自社製品を売って巨額の富を得ることか、自分流のシオニズム(ユダヤ人の故郷パレスチナにユダヤ国家の建設を目指す民族主義運動)を売り込むことか。答えは尋ねる相手によって違う。

ユダヤ・パレスチナ紛争の震源地であるパレスチナ自治区のガザ地区から約20キロ。アラブ系遊牧民ベドウィンの世界最大の居住地区のすぐ隣にあるネゲブ砂漠の真ん中に、バーンバウムはユダヤ人、パレスチナ人、ベドウィンの男女が並んで働く工場を開設した。

ベドウィンはイスラエルで最も貧困率と失業率が高い人々であり、ベドウィンの女性が家の外で働くのは珍しい。だが、ソーダストリームの工場では、ベドウィンの若い女性がパレスチナ人とユダヤ人の男たちの作業班を管理する。男性の同僚から敬意を持って扱われていると、彼女たちは本誌に語る。

工場にはイスラム教徒とユダヤ教徒両方のための祈りの部屋があり、従業員は断食期間中の休息が許されている。工場で働く120人のパレスチナ人は、パレスチナ自治区のヨルダン川西岸からイスラエルの検問所を通って工場にやって来る。バーンバウムは彼らの労働許可を取得するために奮闘した。

ソーダストリームが西岸のユダヤ人入植地ミショル・アドミムからネゲブ砂漠北部のラハトに工場を移転したのは15年。一部には、この決定はイスラエルに対する制裁や不買を呼び掛ける「BDS(ボイコット・投資引き揚げ・制裁)」運動の成果だったという声もある。

BDS運動の創始者であるパレスチナ人活動家オマル・バルグーティは、ソーダストリームの工場移転を成功と見なしている。「イスラエルによるパレスチナ人への人権侵害をやめさせるという運動目標に合致するものだった」

ソーダストリーム側は、工場移転は生産拡大のために広いスペースが必要だったためで、BDS運動が意思決定に影響を与えた事実はないと主張する。それでも、この運動がスウェーデンなどの欧州市場で一定の成果を上げたのは確かだ。

欧州諸国では、イスラエルによる占領から利益を得ていると見なした製品を買い控える人がたくさん出た。ソーダストリームが工場移転後、ユダヤ人とパレスチナ人の共存を目指す方針をアピールすると、収入は増加に転じた。16年には西ヨーロッパ諸国での売り上げが15%増加。18年4〜6月期には1億7150万ドルを記録した。





ORINOCO-ART/ISTOCKPHOTO

株主より従業員の幸福を

従業員は、不健康なソーダから炭酸水へとブランドイメージを切り替えた結果だと言う。しかし、政治的メッセージを抜きにして最近の成功を語ることは不可能だ。

同社が西岸からの工場移転を最初に発表した時点で、パレスチナ人従業員は一時失職することになった。バーンバウムは政治的事情のため、雇い止めにせざるを得ないと彼らに謝罪する感傷的なビデオを公表。それを受けて労働許可の取得が可能になったと、観測筋は指摘する。

「政府に対する直接的なメッセージだった」と、イスラエルが専門の政治経済学者シール・ヘバーは本誌に語った。「イスラエル政府を動かす上で極めて効果的だったと思う」

バーンバウムによれば、ソーダストリームの経営ビジョンはイスラエルという国の運命と複雑に絡み合っている。ネゲブ砂漠への工場移転は、イスラエルの初代首相ダビド・ベングリオンが唱えた砂漠開発の夢の延長だという。

ソーダストリームとイスラエルは運命共同体だと、バーンバウムは本誌に語った。「ティクン・オラム(世界の修復)というユダヤ教の概念がある。世界をより良いものにするという意味だ。それが私たちの目的だ。ここでの仕事を通じてより良い社会をつくり、イスラエルをより良く、より強くしたい」

工場では、従業員を男女同数にすることを目指している。現在、工場で働くベドウィンの従業員700人前後のうち、およそ半数は女性だ。1カ月前には、最初のパレスチナ人女性が働き始めたという。

「パレスチナ人とユダヤ人は憎み合うように仕向けられている。(だが)それは誤りだと、私たちはここで証明できる。素晴らしいことだろう? これも一種のティクン・オラムだ」

バーンバウムは工場を歩き回りながら炭酸水製造器の製造工程を説明する。従業員に名前で呼び掛け、「ラマダン、おめでとう」とイスラム教の断食月を祝福する。

中には話をしながら涙目になる従業員もいる。「彼は私たちの仲間みたいだ」と、アルゼンチン出身のミルタというユダヤ人組立工は言った。

ソーダストリームは大半の工場労働者に最低賃金より20%ほど高い給与を支払い、交通費は会社負担。食事補助も出しているという。工場内に保育施設の開設準備も進めている。

従業員の幸福は株主価値よりも重要だと、バーンバウムは言う。「それが使命だ。株主価値は後から付いてくる」

昨年12月、総額30億ドル以上で同社を米飲料大手ペプシコに売却した人物にしては、驚くべき発言だが、国際的な顧客基盤の拡大を目指すソーダストリームにとって、社会的責任の実践も重要な経営戦略の1つだ。



バーンバウムの話を聞いていると、イスラエルにおける民間部門の役割について考えさせられる。1つの企業が国全体の願望を代表することは可能なのか。資本主義とナショナリズムやシオニズムをどうやって一致させるのか。国家はどの程度までその国の経済に影響を与えるのか。あるいは、その逆はどうか。

「バーンバウムはリベラルなシオニストのように話す。イスラエルでは同様の動きはほかにもあるが、CEOの立場で語るのは彼だけだ」と、ヘバーは本誌に話した。「BDS運動やさまざまなボイコットの圧力に対するソーダストリームの対応は際立っている」

イスラエルの社会政策を研究するタウブ・センターの所長で経済学者のアビ・ワイスは、ソーダストリームの政治的メッセージはユニークだが、医薬品など他の業界では、ユダヤ人とアラブ人が同じ職場で働いている例はあると指摘する。

「こうした業界では差別は全く問題にならず、あらゆる人が共生し、共に働いている」と、ワイスは本誌に語った。「ただ、ソーダストリームは普通ならなかなか職に就けない人たちを雇った点が他とは異なっている。西岸でもそうだったし、南に移転してベドウィンを雇ったときもそうだ」

「平和をつくっている」

西岸から移転したため、ソーダストリームはイスラエル政府が提供する優遇措置の一部を受けられなくなった。それでも同社を批判する声は収まらない。

イスラエルでは以前、ベドウィンを安い労働力として活用するため強制的に定住させる計画があった。この計画は国内外の激しい批判を浴びて葬り去られたが、ソーダストリームがやっていることはその焼き直しにすぎないと、一部の人々は言う。

ソーダストリームは貧しいベドウィンを救済すると見せ掛けて、「アメリカ先住民を強制的に『文明化』した白人入植者」と同じことをしていると、BDS運動のバルグーティは指摘する。ベドウィンの伝統文化を破壊している、というのだ。

ソーダストリームの投資はいまネゲブ砂漠で起きている開発ブームの一部にすぎない。「イスラエル陸軍の指揮本部がテルアビブからネゲブ砂漠に移転されることになり、それに伴って商業施設、住宅、学校、医療機関など、あらゆる施設の建設が進んでいる」と、エルサレムのシャレム・カレッジ副学長で著述家のダニエル・ゴーディスは本誌に語った。

「ネゲブ砂漠はイスラエル最大の最も居住に不向きな地域であり、そこで生活できることを示せれば建国の志を貫けると、ベングリオンは考えた」と、ゴーディスは説明する。「ユダヤ人であれば当然、この考えを実践しようとする」



だが批判派に言わせれば、ソーダストリームのネゲブ進出はユダヤ人による入植を常態化させる動きであり、経済的な新植民地主義にほかならない。

「イスラエルには(ソーダストリームと)よく似た発想で、経済協力を通じて和平が実現できると主張した政治家がたくさんいる」と、ヘバーは言う。「最も有名なのは(前大統領の)シモン・ペレスだ。彼はそれを『新しい中東』と呼んだが、この構想は新植民地主義の一形態として批判を浴びた。バーンバウムの主張もそれと大して変わらない」

ただの偶然かもしれないが、ソーダストリームのグローバル広報を担当するヤエル・リブネは以前、ペレスの副報道官を務めていた人物だ。



ハト派として知られたペレス HEINZ-PETER BADERーREUTERS


批判はあるものの、ソーダストリームがパレスチナ人とベドウィンの労働者を積極的に管理職に起用しているのもまた事実だ。例えばラハトの工場では、24歳のベドウィン女性が男性たちのチームを率いている。

5月末のある暑い日、世界中から集まった記者や招待客がバーンバウムの案内でこの工場を見学した。その後に工場では「平和祭り」が行われ、招待客や労働者にイフタールのディナーが振る舞われた。イフタールとは、日の出から日没まで飲食を断つラマダンの間、日没後に初めて取る食事のことだ。

ソーダストリームがこの食事を用意したのには訳がある。同社は14年、イフタールに関連した争議で40人ほどの労働者を解雇し、批判の嵐にさらされた。

ラマダンで朝から絶食していた夜勤の労働者らが工場に十分な食べ物が用意されていないことに怒り、「暴力的なストを決行した」(当時の管理職の弁)。工場内への食べ物の持ち込みは禁止されていたからだ。ラインの責任者は家に帰って食事をするよう指示したが、その指示に従った労働者は翌日解雇された。

騒動から5年後、ソーダストリームが2000人分も用意したイフタールは招待客が驚くほど盛大な祝宴だった。食事の前後には、凝った演出で感動を盛り上げる政治集会のようなイベントが催された。

家族同様に大切な会社への感謝の思いを、従業員が涙ながらに語る。子供たちが歌を披露し、従業員に親しみを込めてダニエルと呼ばれるバーンバウムを褒めたたえる。「私のお父さんはソーダを作っているけど、本当は毎日、平和をつくっているんだって」小さな女の子が壇上で誇らしげに叫んだ。

巨大スクリーンに飛び立つハトが映し出され、さらには本物のハトの群れが食卓を囲んだ人々の頭上に放たれた。「ソーダストリームは荒地に花を咲かせます」。壇上に立った従業員の1人が大真面目にそう宣言した。

デービッド・フリードマン駐イスラエル米大使もこのイベントに出席。「これは真の平和であり、実効性ある手本だ」と、手放しの称賛を贈った。



親近感を勝ち取る努力

こうした雰囲気に違和感を持ち、皮肉な感想を漏らす招待客もいた。これはRPのためのショーなのか。この会社はカルト集団で、従業員は洗脳されて愛社精神に燃えているのでは?

「これからは(「無批判に信じ込む」という意味の慣用句は)『クールエイドを飲む』ではなく、『ソーダストリームを飲む』にしよう」と痛烈に皮肉った外国人ジャーナリストもいた。

それでもユダヤ人の招待客はこのイベントは本物だと言っていた。従業員も自社の取り組みは社会を変える力となり、この国の模範となると確信しているようだった。

壇上に上がったバーンバウムは選挙演説を行う候補者さながら、聴衆を燃え立たせるスピーチを始めた。とはいえ従業員に言わせると、彼は政界入りなど目指していない。経営者としてはちょっと変わっているが、雇用を通じて和平と多民族共生を目指す気持ちに嘘偽りはないという。

カリブ海でプラスチックごみ回収に取り組むなど社会貢献事業に力を入れるバーンバウム。その一方で映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』でジョニー・デップが演じた海賊の扮装をして、ごみ回収船に乗り込むといったおちゃめな一面もある。

招待客がディナーを終えて会場を後にするとき、彼はパレスチナ人の従業員の肩に担がれて踊り始めた。その姿が巨大スクリーンに映し出される。まるでスポーツの試合でひいきのチームの得点に喜ぶファンのようだ。

「ご感想は?」バスに乗り込むとき、見送りの女性に聞かれた。「企業活動ではなく、政治的イデオロギー(のPR)」のようだと答えると、彼女はにっこり笑った。「そのとおりです」

<2019年7月30日号掲載>


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クリスティナ・マザ

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