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今年の大卒は安定第一? それでもジェネレーションZが秘める大きな可能性

ニューズウィーク日本版 2019年7月25日 12時2分

<大学を卒業して社会に出始めたZ世代。安定志向で悲観的とされる新卒者たちは、どんな価値観と潜在力をもっているのか>

心配するな、君は自分のなりたい人になれる。全てはうまくいくさ──そう言われて育ったベビーブーム世代やミレニアル世代に属していれば、ザック・バウダーズ(21)も迷わず写真家の道に進んだことだろう。

父親譲りの才能はある。アメリカンフットボールの選手が肘を深く曲げ、まさにパスを投げようとする瞬間を切り取った1枚。あるいは山河に降りそそぐ流星群の輝き。バウダーズの撮った写真は、故郷フィラデルフィアの地元誌にたびたび掲載された。

しかし5月にテキサス大学を卒業した彼が専攻したのは、写真ではなく保険数理学。リスク分析を行う保険数理士になれば、高収入で安定した保険会社に就職できると考えたからだ。「写真家として確実に成功できるなら、迷わずそっちを選んだ。でも、そんな保証はない。だから、得意な数学を生かして安定を手に入れることにした」と、バウダーズは言う。

1990年代半ば以降に生まれ、物心ついた頃に2008年の悲惨な金融危機を目撃した「Z世代」が、そろそろ大学を卒業して社会に出る。幸いにして就職戦線は売り手市場で、全米大学就職協議会によれば、新卒採用の予定は昨年より17%ほど多いという。

新入社員のZ世代は先輩たちの世代とどう違うのだろう。先行するミレニアル世代が善くも悪くも「恵まれた」世代だったとすれば、Z世代は実に現実的かつ慎重派。大学のキャリアカウンセラーに言わせれば、彼らは「明敏な現実主義者」だ。

今のアメリカは50年ぶりの好景気とされるが、Z世代の心には不況の悲惨さが焼き付いている。たいていは小学生時代に、親がリーマン・ショックで仕事や財産を失うのを目にしている。

だからリスクを嫌う。いくら会社が儲かっても自分が学生ローンを返済できる保証はないと心配している。なにしろ学生ローンの残高は全米で未曽有の総額1兆5000億ドルに上る。

コンサルティング大手アクセンチュアの調査によると、17年度新卒者の88%は就職に有利な専攻科目を選んでいた。ジョージア大学キャリア支援センターの調べでは、学生が就職先に最も期待するのは「安定」で、2位が能力開発、3位はやりがいだった。今後の生活で最も重視するものの第2位も「安定」(1位は「仕事と私生活のバランス」)で、「夢中になれる仕事」や「社会貢献」を上回った。





今は好景気だが、学生は巨額のローンを背負って社会人に BRENDAN MCDERMIDーREUTERS


9割がストレスで心身に不調

この安定志向が前の世代との決定的な違いだ。「ミレニアル世代は柔軟な人生を求めた」と言うのは、イギリスの調査会社ユースサイトのタニヤ・マイケルセン。「対してZ世代は確実さと安定を求める。短期・単発の仕事が増えた今の時代は、将来を見通せない。だからリスクを避けたがる」

今年の新卒者にはどんな未来が待ち受けているのか。政治の混乱と格差の拡大に振り回されて心を病んでしまうのか。親世代の大きな夢と経済の縮小や環境破壊といった現実の板挟みで身もだえすることになるのか。それとも逆境をはね返して、とびきり勤勉で優秀な世代に化けるのか。

アリソン・ピサーシック(22)はペンシルベニア州立大学を卒業したばかり。専攻はセキュリティーリスクの分析で、情報工学も学んだ。最初は政治学を専攻して国連で働くつもりだったが、国連の給料では学生ローンを返済できないと気付き、諦めた。

秋からはアクセンチュアへの就職が決まっているが、ローン返済の負担は重い。「寝ても覚めてもローンのことが頭を離れない」と、ピサーシックは言う。「毎月ちゃんと返済しなければいけないのに、今度は都会へ引っ越す費用もかかる。本当に大丈夫? ずっと借金漬けで生きていくのかと思うと、心が折れそうになる」

Z世代は既に心を病んでいる。全米心理学会の昨年の調査によれば、彼らは前例のないノイローゼ世代だ。大学4年生の91%が、鬱や不安などのストレス関連の症状を訴えていた。23歳未満の労働者の約54%は、過去1カ月にストレスのせいで不安を感じたと回答している。全国平均の34%よりもかなり高い数字だ。

実際にストレスのせいで心の問題を抱える人が増えたのか、それとも心の病を語ることがタブーでなくなったせいなのか。恐らくはその両方だ。

ピサーシックのルームメイトの1人も鬱だった。「別のルームメイトも経験していて、二度とあんな状態に戻りたくないと話していた。メンタルヘルスの話をオープンにできるようになったのは確か。みんながやられている。鬱になっても、自分が変だなんて思わない」

大学では、助けを求める学生への対応で医師やカウンセラーが大わらわ。キャリアカウンセラーも忙しい。入学してすぐ相談に来る学生もいると、ジョージア大学キャリア支援センターのスコット・ウィリアムズは言う。

ペンシルベニア州立大学キャリア支援センターのボブ・オーンドーフも、そうした変化に気付いている。彼の大学でも過去2年、相談の予約受け入れがほぼ限界に達しているという。しかも、1年生からの予約が早々とある。不安に駆られた学生たちは、せっせとインターンにも参加する。



不安をあおっているのが、高額の授業料に見合う給料を稼げるのかと心配する親であるのは間違いない。オーンドーフによると、今やセンターのスタッフは保護者向けの入学相談や新入生への説明会で大忙し。入学希望者と保護者のキャンパス見学では、「投資収益率」といった昔ではあり得ない言葉も飛び交うそうだ。

大卒者の割合が増え、安定した雇用をめぐる競争が熾烈になった今、学位だけでは就職の武器にならない。「大学に入れば安心という時代ではない」と、30年のキャリアを持つオーンドーフは言う。「学生は年上の世代が多額のローンを背負って卒業し、厳しい就職戦線に向かったのを見ている。インターンの実績を積まなければ自分を差別化できないと思っている」

Z世代の不安には複数の要因が考えられる。Z世代の本の執筆のために2年間調査したスタンフォード大学のロバータ・カッツは、彼らの不安は社会の変化が速く厳しいからだと考える。非正規雇用が増えたため、どんな仕事に就いても、いつまで働けるかは見えにくくなっている。ネット環境の発達で、どこでも働ける代わりに、雇用は不安定になった。

Z世代はこうした問題に苦しんでいる。「これまでにない問題と取り組んでいる彼らは大したものだ」と、カッツは言う。「彼らは全く違う環境で育っている。気候変動をよく理解しているし、銃がもたらす現実の脅威と向き合っている。しかも変化は、私たちが経験したものより速い」

メリーランド大学キャリア支援センターのケリー・ビショップは、親の姿勢が影響していると考える。ミレニアル世代の親は、たいてい第二次大戦後に生まれたベビーブーム世代だった。特権とパワーに恵まれたミー・ジェネレーション(自己中心世代)だ。

その姿は67年の映画『卒業』がよく捉えている。ダスティン・ホフマン演じる若者は、両親の友人である年上の女性と関係を持つが、彼女の娘に恋をしてしまう。事態はややこしくなるが、最後は娘の結婚式場に乱入して2人で逃げ出し、ハッピーエンドとなる。そんなベビーブーム世代は、わが子にも「失敗を恐れず、欲しいものを手に入れろ」と勧めたはずだ。

一方、Z世代を育てたのは、60年代初めから80年代初めに生まれたX世代。彼らを描いた代表的な映画は94年のベン・スティラー監督の『リアリティ・バイツ』で、大学を出た若者たちは退屈で無意味な仕事に悩み、エイズ感染を恐れていた。

「X世代には、幼い頃『鍵っ子』だった人が多い」とビショップ。「だから、失望したくなければ我慢強くなり、物事のコツを学び、用心深く気を配らなければならないという感覚を自然と身に付けた」



そういう親に育てられたZ世代は、ミレニアル世代と違って大人を信用せず、未来は万事OKだとも思っていない。ビショップによれば、Z世代に彼らの不安や用心深さの理由を問うと、こんな答えが返ってくるそうだ。だって親から夢や希望を吹き込まれたミレニアル世代の人たちが経済の現実に振り回されるのを見てきたから、と。

冒頭で紹介したバウダーズも、進学や就職の際にはネットで読むミレニアル世代の厳しい生活の話を参考にしたと言う。「何の計画もなく大学に入り、何のスキルもなしに就職活動をしていたら、今も親元に住んで、スーパーで働いていただろう」

ミレニアル世代への大打撃

今は経済が好調だから大げさに聞こえるかもしれない。しかしわずか2年前には、決して的外れな心配ではなかった。ミレニアル世代の多くは、不況の真っただ中で働き口を探していた。「ミレニアル世代の自立が遅れたことは、長期的にアメリカ社会の変動要因になるだろう」。今年1月、ピュー・リサーチセンターのマイケル・ディモック所長はそう書いている。



Z世代は2007年のサブプライムローン危機も目撃した MARK AVERYーREUTERS


ディモックは12年の報告で、サブプライムローンのバブルがはじけた後にミレニアル世代が受けた影響の深刻さを示している。当時、18〜24歳の若者で仕事に就いているのは54%にすぎなかった(統計の残る限りで最低レベル)。仕事があっても、過去4年間でどの年齢集団に比べても週給の減額幅が大きかった。調査対象のミレニアル世代の約半数は望まない職に就き、3分の1以上はスキルを身に付けるために学校に戻り、4分の1は親の家で暮らしていると答えていた。

「経済状況のせいで彼らは人生の選択肢や将来の収入、社会人としての成長を阻害された。次の世代は別な道を選ぶだろう」。彼はそう書いていた。

08年の金融危機と不景気のおかげで「世の中、万事うまくいくとは限らない」という「健全かつ悲観的な見方」が身に付いた。そう言ったのはオハイオ州立大学を卒業したばかりのカイル・レスコーゼク。当時10歳くらいだった彼は、ファイナンシャルアドバイザーの父が眠れぬ夜を過ごし、常にイライラしていたのを覚えている。

だから、大学に入る前から進路は決めていた。オハイオ州立大学を選んだのは、総合履修プログラムでビジネスと工学の両方を学べたから。1年半前からIT系新興企業でインターンをしており、そのまま就職する予定だ。



リスクの高そうな道を選んだ学生たちも、いざというときの安全策は用意している。コネティカット州のブリッジポート大学で音楽を専攻したカトレル・トンプソン・ニッキー(22)の夢は、音楽技師や作詞・作曲の仕事をすること。しかし用心のために大学院へ進み、音楽教育の修士号も取得しておくつもりだ。

「そりゃ誰だって、自分がハッピーになれる仕事をしたい。でも安定が必要だ」と、彼は言う。「自分のやりたいことにチャレンジするのはいつでもできる。でも、今から備えが必要なんだ。20年後、家族ができて責任が重くなってから焦っても遅い」

この世代の慎重さと現実主義には、いい面もある。なにしろZ世代は、近年まれに見る有能かつ生産的な世代になり得るからだ。実際、彼らはアメリカ史上最高に多様な世代であり、最も高学歴な世代でもある。

彼らは慎重かもしれないが、無気力ではない。社会的な問題意識が高く、自分たちは何か社会に貢献できると前向きに考えている。雇用者側も、この世代はミレニアル世代より使命感が強いとみている。だから、採用に当たっては会社の使命を強調する。製薬大手のメルクなら癌治療薬の開発、防衛産業のロッキード・マーティンなら国家の安全を守る、といった具合だ。

コンサルティング会社マッキンゼーは数年前、Z世代を採用する日に備えて大掛かりな調査を実施した。「彼らは希望に満ちていて、不公平や間違いがあれば自分たちで変えていけるとも信じていた」と、同社の採用担当ディレクターであるケイトリン・ストーホーグは言う。ひとたび安定した職を確保すればZ世代の探究心や冒険心に火が付くはずだと、雇用者側は期待している。またZ世代は就職後の技能研修にも前向きだという。



ベビーブーム世代 H. ARMSTRONG ROBERTSーCLASSICSTOCK/GETTY IMAGES


大企業は「安全策」にあらず

Z世代は先端テクノロジーを使いこなす真の「デジタル・ネイティブ」でもある。彼らはネット上での過度な情報共有の危険を、先行するミレニアル世代から学んでいる。ネット上に個人情報をさらすことにも慎重だ。

テキサス大学のバウダーズによれば、今はインスタグラムのアカウントを2つ持つのが常識。会社の同僚に見られてもいい公のものと、偽名で少数の友人とのみ共有する私的なものだ。後者は、「フェイク」と「インスタ」を組み合わせた造語で「フィンスタ」と呼ばれる。

ただし、Z世代の誰もが就職を選ぶとは限らない。大企業でも平気でリストラをする今の時代、「就職=安定」ではない。ならば自分で起業しようと考える若者もいる。



映画とイタリア語のダブル専攻でフェアフィールド大学(コネティカット州)を卒業したエリザベス・デーナ(22)は在学中に起業した。彼女の会社「エラ・クリエーティブ」は中小企業向けにソーシャルメディアの管理や写真・動画コンテンツの制作、ブランド構築を支援する。入念な計画の下、この2年で着実に顧客を増やしてきた。

友人の多くは学生ローンを返済するために在来型のフルタイムの仕事を探している。デーナに借金はないが、彼女が起業の道を選んだ理由の1つは、就職よりも長期的な安定が得られると感じたからだ。彼女に言わせれば、就職=安定は「神話」にすぎない。

彼女のおじはかつてコネティカット州のゼネラル・エレクトリック(GE)で働いていたが、同社がニューヨークに移転したため、今では片道1時間以上かけて通勤している。おじの妻は同社をリストラされた後、1年間も仕事が見つからなかった。

「他人のために働く人は、たいてい安心を買ったつもりでいる。9時から5時まで働いて、それがずっと続くと信じている」と、デーナは言う。「でも実際は、いつ解雇されるか分からない。自分の会社で働いていれば、決めるのはいつでも私。仕事がなければ自分で探しに行く。仕事をするもしないも、ある程度は自分で決められる。もちろん仕事は取らなきゃいけない。でも会社にいたって、いつ仕事がなくなってしまうか分からない」

彼女の言うとおりだ。よく先を読んでいるし、現実も見据えている。しかも、前へ進むための計画を持っている。彼女、Z世代のお手本かも。

<2019年7月30日号掲載>


※7月30日号(7月23日発売)は、「ファクトチェック文在寅」特集。日本が大嫌い? 学生運動上がりの頭でっかち? 日本に強硬な韓国世論が頼り? 日本と対峙して韓国経済を窮地に追い込むリベラル派大統領の知られざる経歴と思考回路に迫ります。



アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

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