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「韓国の反論は誤解だらけ」

ニューズウィーク日本版 2019年7月25日 18時50分

<経産省の輸出管理に反発する韓国政府の論理は事実誤認と誇張による不適切な指摘にあふれている>

経産省別館の倉庫のような部屋で挨拶も水もなかった──。19年7月12日、経済産業省で開かれた日韓輸出管理当局の実務レベルの「輸出管理に関する事務的説明会」について、翌13日に韓国の朝鮮日報が配信した記事の表題である。

かつて、日韓の輸出管理実務当局者の間では、このような会合は定期的に開かれていた。外交的儀礼の場ではなく、メディアが入ることなどもなかった。殺風景な会議室は普通であり、それが騒がれるほうが異常だ。日韓両政府の課長同士が会っただけで、日韓のメディアのトップニュースである。輸出管理をめぐる両国間の協力関係がいかに冷え切っているかを物語っている。

この数年間、韓国との輸出管理の対話は途絶えていた。この日本側の指摘に対して、韓国の産業通商資源省(以下、「産業省」)の関係者は朝鮮日報に「18年6月に韓国が経産省に会議開催を要請したが、日本側担当局長空席のため開かれず」と説明した。これに対して世耕弘成経済産業相は、「当時経産省では石川貿易経済協力局長(在任17年7月~19年7月)、飯田貿易管理部長(在任16年6月~)がともに在任中。明白な事実誤認」と指摘した。文在寅(ムンジェイン)政権下の産業省は、輸出管理政策における日本側の責任者と連絡すら取れていなかったようだ。

また産業省は、日本国内で摘発された輸出管理違反事件について、「日本はわが国とは違って総摘発件数も公開しないで、一部摘発事例だけを選別して公開している」と非難したが、その根拠として誤って引用していたのは一般財団法人の出版物である。韓国産業省は、経産省の公式発表情報を何ら把握しておらず、基本的な事実すら認識できていないのではないか。

韓国大統領府にも日本の輸出管理措置について正確な情報は伝達されていないようだ。かねて東京の韓国大使館の関係者は、「ソウルに報告しても、青瓦台には伝わらない」と嘆いていた。

経産省が7月1日に発表した韓国に対する「輸出管理の運用の見直し」について、文は声明の中で「制裁の枠組みの中で南北関係の発展と朝鮮半島の平和のために全力を挙げているわが政府への重大な挑戦」であり「相互依存と相互共生で半世紀間にわたって蓄積してきた韓日経済協力の枠組みを壊すもの」と強く非難した。

文大統領は日本政府の措置を事実上の輸出制限と捉えているようだ。しかし、これは大きな誤解である。措置の詳細については、「週刊正論」に寄稿した慶応義塾大学・森本正崇非常勤講師との共著論文「韓国への『対抗措置」を巡る大いなる誤解」を参照願いたい。その概要は以下のとおりである。問題となっている韓国の「ホワイト国」からの削除は、「キャッチオール規制」という輸出管理の枠組みに関わる措置だ。

【参考記事】韓国「反日大統領」文在寅、成功体験を重ねた自信家の経歴



幅広く流通している汎用品でも、兵器目的に転用されることがしばしばある。例えば、北朝鮮は先進国から汎用品の電子部品や金属などを不正調達して、弾道ミサイルや無人機等に使用した。このため、海外の取引相手や貨物の用途次第では、経産省の輸出許可が必要になる場合がある。つまり通常、輸出許可が不要な物品でも、兵器転用の懸念が払拭できない取引については、輸出許可が必要になる。これを「キャッチオール規制」という。

世耕大臣は7月3日付のツイートで、韓国にはキャッチオール規制の実効性の面で問題があり、「不適切事案も複数発生していた」と指摘している。事実、韓国国内では、キャッチオール規制の違法輸出が何件摘発されたのか、情報すら開示されていない。

輸出の手間が増えるのは日本

韓国がホワイト国から外れると、日本企業は韓国側との個別の契約ごとに、「キャッチオール規制に関する輸出許可が必要となるか」自分で確認しなければならない(事務手間が増えるのはあくまでも日本企業と経産省であって、韓国企業ではない)。ただし、キャッチオール規制で許可が必要になる輸出は実際には極めてまれで、許可申請件数はほとんど増えないと思われる。



なお、日本にとって韓国以外の「ホワイト国」は現時点(7月17日)で26カ国ある。貿易相手国の大半は「非ホワイト国」だ。韓国がホワイト国から除外されても、対韓輸出に係る手続きがノーチェックではなくなるだけで、ASEAN諸国や台湾向けの輸出に比べれば事務手続き面での負担は軽い。

もう1つ経産省が発表したのは、輸出管理のもう1つの枠組みである「リスト規制」に関する措置だ。軍事転用可能な物品や技術の中でも、特定の品目やスペックを有する物品を輸出する場合には、原則輸出許可の取得が必要とされる。対象となる物品や技術は政令や省令等で定められており、これらの輸出規制は「リスト規制」と呼ばれる。もともと、韓国も参加する国際的な輸出管理レジームで規制対象と定められた物品・技術が大半である。

輸出許可には「個別許可」と「包括許可」の2種類がある。原則は個別許可であり、日本企業は、海外の顧客との輸出契約ごとに経産省から輸出許可を取得する(出荷ごとではない)。これに対して、契約にかかわらず一定期間(3年間)ずっと利用可能な許可を「包括許可」という。

契約に基づく貨物の場合、通常は一度許可を得れば原則その有効期間中に何回でも輸出が認められる。例えば、韓国企業への年間輸出契約に対して個別許可が下りれば日本企業は契約に基づく貨物を毎月、輸出することができる。貨物を輸出する都度、経産省の許可が必要となるわけではない。



今回の措置では、「リスト規制」対象の物品のうち、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の3品目について、これまで韓国向け輸出に対して包括許可を認めていたのを個別許可へと切り替えた。もとより、これら3品目については、ホワイト国向けも含めて、輸出時には経産省の許可が必要とされる。ホワイト国を含む特定の信頼できる国々に輸出される場合のみ、包括許可(3年間有効)が認められている。

このたび、韓国向けについては、3品目についてのみ、包括許可は認められなくなったが、そもそも輸出の際、事前に輸出許可が必要な状況は以前と変わりない。ただ個別許可が必要になるので、許可申請件数が増えることになる。こちらでも、日本企業と経産省の手間が増える、ということだ。

現時点(7月17日)では、3品目以外の物品の韓国向け輸出についてはまだ変更はない。全体として見れば、韓国は依然として台湾やASEANよりも優遇された状態にある。なお、ホワイト国や包括許可対象国の選定に関する国際的な決まりはない。各国が自国の裁量に基づき国内法の下、輸出管理を運用している。今回の措置が国際法違反でないことは明白であろう。

新しい輸出管理措置の運用が始まると、経産省と日本企業の業務量が増えるので、当初、事務が滞る可能性はあろう。だが、だから韓国経済に大打撃を与えるというのは、問題の誇張である。事実、より厳しい扱いを受けている台湾やASEAN諸国では、そのような被害など起きたことがない。

ただし、輸出管理面での懸念を払拭できない韓国企業との取引に対しては、日本の経産省は輸出許可を与えないだろう。輸出管理体制がおろそかな韓国企業は実害を被る可能性はある。そして、そうでなければならない。これこそが輸出管理の目的であるからだ。日本企業は、輸出管理体制に問題がある韓国企業とは、そもそも取引などするべきではない。他のまっとうな企業と取引すればよい。

韓国企業の緩い内部管理体制

7月10日、フジテレビのスクープが韓国の大統領府を震撼させた。



「FNNが入手した韓国政府作成のリストによると、15年から19年3月にかけ、戦略物資が韓国から流出した不正輸出案件は、156件に上ることが分かった」

フジテレビが入手したのは、韓国産業省作成の、韓国国内で摘発された違法輸出事案のリストである。156件のうち、102件が大量破壊兵器関連の規制物資に関する不正輸出だった。摘発された事件の中には、懸念され得る不正輸出事案が多数見受けられる。

例えば、核弾頭やウラン濃縮のための遠心分離機等の製造にも使用され得るような高性能の精密工作機械等を含む工作機械類は、原子力供給国グループ(NSG)の規制リストで、輸出規制対象となる物品とそれらのスペックが指定されている。



韓国国内ではこれまで、NSG規制対象の工作機械類の不正輸出事案が多数、摘発されていた。その中には、17年6月から19年3月までの間の取引金額8000万円以上の事案が少なくとも4件含まれている。

本来、核関連物資として厳密な輸出管理が義務付けられている物品や、生物・化学兵器やミサイル、通常兵器に転用可能な機微な物品が不正輸出されていた。韓国企業の中には依然、輸出管理面での内部管理体制が緩い企業が少なからず存在するようだ。

この数年来、韓国政府内でも「反復的な戦略物資不法輸出事案」の摘発事案が急増していることが問題として自覚されていた。例えば、韓国産業省の18年度「例年報告書」では、「戦略物資不法輸出事案の摘発件数が急増した原因」として、「関係行政機関による処罰が生ぬるい」点に言及している。

アメリカや日本と異なり、韓国の場合、個別の事案の詳細や、違反した韓国企業の名前を公表しない。不注意による違反か、悪質な違反かも説明がない。韓国の貿易相手国からすれば、自らの取引相手である韓国企業が過去に何らかの不正輸出に関与したのか判断が難しい。不正輸出された156件の貨物の中に、果たして海外から韓国に輸入されていた製品がどれほど含まれているのか不明である。

「わが国の輸出統制体制を蔑視する試みを中断することを、日本にもう一度厳重にうながす」と、フジテレビの報道後、韓国産業省はコメントした。現在の産業省には、昨年の「例年報告書」で見せた輸出管理面での問題を自省する姿勢は見受けられない。

慶応大の森本氏が指摘するとおり、輸出管理上の重要な点は、自国から輸出される物品や技術が意図せずに兵器転用される懸念を払拭することである。

日本政府によると、先の3品目について、「懸念される事案」が複数発生していたが、韓国政府も韓国企業も日本の協力要請に応じなかったという。文政権はこれを否定していない。

軍事転用可能な物品や技術を輸出する際には、事前にしっかりと最終需要者と用途を確認することが不可欠である。貨物が韓国に輸出された後、韓国政府が協力しないのであれば、日本から貨物が輸出される前の時点で取引相手の韓国企業や物品の最終用途などについてしっかり確認を取るしかない。

従来のように韓国を「ホワイト国」扱いし、輸出の際に何もチェックしないという状態を続けるわけにはいかない。

現在、韓国政府は、アメリカ政府や国連、WTOに「日本の不当な措置」を訴えている。しかし、文政権が真摯に向き合うべきは、ほかならぬ日本のはずだ。輸出管理をめぐり、2国間で協力すべき課題は山のようにある。

もとより韓国も、世界の安全保障のために輸出管理を行っているはずだ。韓国の輸出管理体制の問題を是正することは、韓国国民のためでもある。

<2019年7月30日号掲載>


※7月30日号(7月23日発売)は、「ファクトチェック文在寅」特集。日本が大嫌い? 学生運動上がりの頭でっかち? 日本に強硬な韓国世論が頼り? 日本と対峙して韓国経済を窮地に追い込むリベラル派大統領の知られざる経歴と思考回路に迫ります。



古川勝久(安全保障問題専門家、元国連安保理北朝鮮制裁専門家パネル委員)

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