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グーグル対オラクル ソフト開発の未来を決める巨大テック企業同士の最終決戦

ニューズウィーク日本版 2019年8月1日 15時3分

<スマホ用OSアンドロイドに使われたプログラミング言語のコードをめぐるIT大手同士の90億ドル訴訟が、ついに最高裁の舞台に?>

文字どおり2010年代を象徴する著作権訴訟が、いよいよ最終局面を迎えそうだ。

ソフトウエア大手のオラクルがネット検索の王者グーグルを著作権侵害などで訴え、総額90億ドルの損害賠償を求めてから、もうすぐ10年になる。

グーグルはスマートフォン用の独自OS(基本ソフト)アンドロイドの開発に当たり、オラクルが権利を所有するプログラミング言語JAVA(ジャバ)のコード1万1500行を承諾なしに組み込んだ。オラクルはこれを知的所有権の侵害と見なし、10年に提訴した。

グーグルは地裁レベルで2度勝利した。しかしいずれも控訴審で覆され、オラクルに有利な決定が下った。そこでグーグルは上訴を決め、最高裁の判断を仰ごうとしている。175の企業、非営利団体、個人が署名したグーグル支持の意見書15通も提出されている。

裁判の最大の争点は、「アプリケーション・プログラム・インターフェイス(API)」がどこまで著作権法で保護されるかだ。APIは今日、どんなアプリケーション(アプリ)にも使われている。誰が開発したものであれ、あらゆるアプリが相互に、シームレスにつながるようにする結節点がAPIだ。

パンドラやウーバーなどの人気アプリも、APIを通じてスマートフォンのOSと通信している。もし特定のAPIの権利者が著作権を盾に第三者による使用を制限できるとしたら、技術革新と競争が著しく阻害される。グーグルはそう主張している。権利者は誰が当該APIを用いてソフトウエアを書いていいかを決めることができ、結果としてライバル会社による独自プラットフォームの開発を阻止できるかもしれない。

「控訴審判決が確定すれば、大手のソフトウエア会社が今以上に手厚く守られてしまう」と、米反トラスト協会の弁護士ランディ・スタッズは指摘する。

対するオラクルの主張はこうだ。グーグルは当初、JAVAコードの使用ライセンスを取得しようとオラクルと交渉したが、条件面で折り合わなかった。それでも同社は、無断でコードの一部を使用している(これは事実だ)。だから、そのツケは払ってもらわなくてはならない。





グーグルに損害賠償を請求したオラクル JUSTIN SULLIVAN/GETTY IMAGES


1879年の判例が頼り

「アンドロイド以前は、JAVAコードを使いたい業者は例外なく使用ライセンスを取得していた。ブラックベリーもノキアもだ」。オラクル側は法廷に提出した文書でそう述べている。

もしアンドロイドがなければ、オラクルの持つJAVAがスマートフォンの標準OSになる可能性があった、とも主張している(JAVAを開発したのはサン・マイクロシステムズだが、同社は10年初頭にオラクルの傘下に入っている)。

また、オラクルが勝てばソフトウエア業界が壊滅するというグーグル側の主張も一蹴。14年5月と18年3月の控訴審判決でオラクルが勝っても異変は起きなかったと反論している。

意外なことだが、APIに関する訴訟の先例となる最高裁判決が下されたのは実に1879年だ。その判決で著作権の限界が定義され、著作権と特許権の違いが明らかにされた。

争われたのは、独自の簿記方式を開発したチャールズ・セルデンが、自身の著作に挿入した専用記入用紙の権利だ。これに酷似した記入用紙をW・C・M・ベーカーという人物が売り出したので、故セルデンの妻が著作権侵害でベーカーを訴えた。しかし、負けた。

最高裁の判決によれば、そもそも特許はアイデアを保護することができるが、著作権は特定の表現のみを保護する。この事案で言えば、保護されるのはセルデンが簿記の方法を説明するために使った文言だけということになる。つまり「著作権は著者に対し、著者が記した特定作業について、その実行方法に対する独占権を認めるものではない」ということだ。セルデン式簿記の実行方法に対する独占権がない以上、実行に必要な記入用紙の独占権もあり得ない。

後に、この判例は議会によって著作権法に書き加えられている。そこには、著作権は「いかなるアイデアや手順、プロセス、システム、実行方法にも及ばない」とある。

今どきの例で言えば、近藤麻理恵が書いた片付けに関する本の著作権は彼女に属するが、それを読んだ人が彼女流の片付けを実行しても著作権の侵害には当たらないということだ。

この解釈が、140年後のオラクル対グーグル訴訟でも主要な争点の1つとなる。ちなみにオラクルは当初、グーグルを特許権侵害でも訴えていたが、12年の一審で否定され、オラクルが控訴しなかったため、既に判決が確定している。

最高裁の審理では、APIとは何かを厳密に検討することになるだろう。基本的に、APIのコードには2つの要素がある。特定のタスクを実行するプログラム(実装コード)と、それを呼び出すためのデクラレーション(宣言)コードだ。



「宣言コード自体はプログラムではない」と、グーグル支持の科学者78人の連名で提出された文書は主張する。「(宣言コードは)プログラムがいかなるタスクを実行するかを記述するだけで、どのように行うかを具体的に指示するものではない」

アップルと競うために

重要なのは、グーグルが流用したのはJAVAコードのごく一部、それも宣言コードだけだという点だ。アンドロイドは168個のソフトウエア・パッケージで構成されているが、そのうち37個でJAVAの宣言コードをコピーしている。

だがそれらの宣言コードが呼び出すタスクの実装コードは、アンドロイドの開発者が新たに書き換えている。グーグルが提出した書面によると、コピーされたコードは「アンドロイド全体で1500万行あるコードの0.1%未満」にすぎない。

グーグルの主張によれば、JAVAの宣言コードを流用したことには正当な理由がある。アンドロイドの最初の商用デバイスが登場した08年後半の時点で、アップルのiPhoneは1年以上前から市場に出回っていた。そしてグーグルは、先行するアップルのiOSに対抗するものとしてアンドロイドを位置付けていた。

JAVAの宣言コードをそのまま使えば、既に主流のプログラミング言語だったJAVAの習得に時間を費やしてきた無数のデベロッパーがアンドロイド用アプリを開発しやすくなる。言い換えれば、アンドロイドが競争力を持つにはJAVAの宣言コードが必要だった。

「新しいプラットフォームで勝負するためには」と、反トラスト協会のスタッズは言う。「消費者に既存のプラットフォ―ムから乗り換えさせるだけでなく、デベロッパーに全く新しい言語を学ばせなくてはならない」

前出の科学者らの意見書によると、グーグルがやったような流用は「長年にわたって、どこでも行われてきた」ことであり、「コンピューター技術の重要な革新にとって不可欠であって、何十年にもわたりソフトウエアにおける歴史的な革新を推進してきたもの」だという。

グーグルは、流用したJAVAの宣言コードは何かを表現するツールではないため、著作権侵害には当たらないと主張。プログラムを起動させるだけで、キーボードのようなものだという。Aのキーを押せば文書作成ソフト(マイクロソフトなら「ワード」)が自動的に起動し、画面にAの文字が現れる。だが「ワード」は著作権の対象になるが、キーボードはならない。そういう理屈だ。





連邦控訴審で2回敗訴したグーグル BROOKS KRAFT LLCーCORBIS/GETTY IMAGES


ついに最高裁の出番?

グーグルは別の主張も用意した。仮に著作権が認められるとしても、宣言コードの流用は創造的な表現や社会貢献につながる「フェアユース(公正使用)」に当たるという主張だ。例えば書籍や映画の批評家が対象作品の一部を無償・無断で引用できるのは、フェアユースに当たると判断されるからだ。

オラクルがグーグルに損害賠償を求めたことから始まった法廷闘争で、グーグルは連邦地裁で2回勝訴したが、2回とも連邦巡回控訴裁判所によって決定を覆されている。

12年の地裁は当該のJAVAコードに著作権はないと判断したが、14年の控訴審は逆に著作権を認定。ただし、JAVAのAPIの使用がフェアユースに当たるかどうかの判断について検討が済んでいないとして、地裁に差し戻した。

16年には地裁でフェアユースに当たるとの評決が出たが、18年の控訴審はまたも逆の判断を示し、地裁の陪審員に損害賠償額の算定を命じた。そこでグーグルは最後の手段として、最高裁への上訴に踏み切った。

しかし最高裁がこれを受理するかどうかは、連邦政府の法的立場を代弁するノエル・フランシスコ訟務長官の判断に懸かっている。最高裁は4月末に長官の意見を求めており、答えは年内にも出される見込みだ。

グーグルは15年にも最高裁への上訴を試みているが、受理されなかった。最初の控訴審がJAVAの宣言コードに著作権を認める判断を下した後のことで、当時の訟務長官はまだ最高裁の出番ではないと判断した。

宣言コードに著作権を認める控訴審判決を支持していたからだが、一方で宣言コードの位置付けや競争戦略上の重要性などの「有意義な関心事」はフェアユースの観点から判断すべきだと表明してもいた。

そして、2度目の控訴審はフェアユースの主張を退けた。そうなれば、いよいよ最高裁の出番かもしれない。その裁定が持つ意味はとてつもなく大きい。

「最終的には競争の有無をめぐる問題。この業界には最大限の競争が必要だ」と、弁護士のジョナサン・バンドは言う。彼は、グーグル側の法廷助言者であるコンピューター&コミュニケーションズ企業連合の求めで最高裁への準備書面をまとめた。

フェイスブックやアマゾンと並ぶ巨大企業で、その独占的な地位を利用して競争を阻害していると非難されがちなグーグルが、今回は競争の擁護者として立ち現れている。そのことに違和感を覚える人もいるだろうが、とバンドは言う。「もし控訴審の決定が最終的なものになったら、そうした企業の力はもっと強大になる」。グーグルにとっては実に複雑な結果だが。

<本誌2019年8月6日号掲載>


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ロジャー・パーロフ(ジャーナリスト)

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