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シニア犬をテーマにした体験型ドッグカフェ:犬と人が幸せになれる高齢化社会とは 

ニューズウィーク日本版 2019年8月2日 14時30分

<少子高齢化が大きな社会問題になっている日本。それと歩調を合わせるように、ペットの高齢化も進んでいる。そうした中、シニア犬の一時預かりもする新しいスタイルの"体験型ドッグカフェ"が、東京・世田谷にオープンする。オーナーで、シニア犬専門のフリーマガジン編集長の中村真弓さんに、オープンに至った経緯やシニア犬に寄せる思いを聞いた>

"犬の団塊の世代"の高齢化が進行中

2004年生まれの我が家の15歳のフレンチ・ブルドッグも、今年の梅雨入り頃から要介護状態になった。全国で同じ"団塊の世代"の犬の高齢化が進んでいる

近年、ペットの飼育頭数の増加、平均寿命の伸びと共に、高齢の犬猫と共に暮らす世帯が増えている。犬の平均寿命は、かつては10歳前後と言われていたが、全般的な飼育環境の向上から上昇の一途をたどり、2012年以降は14歳を超えている。これは、人間の年齢に当てはめると、小型犬なら72歳、大型犬なら88歳とされる。2018年の日本人の平均寿命が男性81歳、女性87歳だから、家庭犬も人間並の長寿になっているのだ。

翻って、石器時代まで遡れば、人類の歴史は犬と共にあったと言っても過言ではない。野生のオオカミが家畜化して犬になると、狩猟のパートナーに始まり、牧羊犬、軍用犬などに活躍の場を広げていった。近代の日本では、軒先の犬小屋につながれた「番犬」が主となった。今のように家の中で家族の一員として生活を共にする「家庭犬(コンパニオンドッグ)」が大勢を占めるようになったのは、ちょうどペットブームと言われ始めた2000年ごろからではないかと筆者は考えている。

僕が初めて迎えた犬は2003年生まれのフレンチ・ブルドッグのオスで、2014年に11歳で亡くなった。生きていれば16歳である。そして、その犬と一緒に飼ってきたメスのフレンチ・ブルドッグ『マメ』は、現在15歳3カ月の超高齢犬で、心臓と腎臓に持病を抱えて要介護状態にある。僕自身が2000年代のペットブームに乗った形で、今まさに"犬の団塊の世代"に当たる高齢犬と暮らしているわけだ。そして、同じように犬の介護に悩んだり、情報を求めている飼い主は、今、かつてないほど増えている。

「少しでも目を放したくない」というシニア犬の飼い主のために

『meetぐらんわん!』の店内。一見こぢんまりとしたドッグカフェだが、シニア犬を中心に一時預かりもする

そうした中、「体験型ケアドッグカフェ」と銘打った『meetぐらんわん!』が8月3日に、東京・世田谷区用賀にオープンする。これまでに類のないシニア犬ウェルカムなドッグカフェであるばかりでなく、1時間からの日帰り限定で一時預かりもする。ペットホテルや一時預かりをする施設は数多くあるが、シニア犬を積極的に預かる所はこれまでほとんどなかった。オーナーは、シニア犬専門のフリーマガジン『ぐらんわん!』編集長の中村真弓さん。自身も老犬介護を経験し、11年間の雑誌編集を通じて、長年シニア犬ライフに関わってきた。

「カフェの一角のスペースで一時預かりをします。ペットホテルや老犬ホームではありません。介護中の犬はちょっとでも目を離せないですよね。たとえば『一時間だけ家を空けて美容院に行きたい』と思っても、『でも、その間に何かあったらどうしよう』と、外出もままならない人が多いのです。そうした人たちのためのシニア犬の預かりを考えています」

我が家も今、まさにその状態だ。この取材にあたっても、妻と要介護状態の老犬を残して長野県の自宅から上京したのだが、前日の深夜に日用品の買い出しや月末の支払いを一通り済ませてから、妻が外出しなくて済むようにしてきた。実際のところ、1時間程度の外出の間に不測の事態が起こる可能性は極めて低いかもしれない。それでも、ほとんどの要介護犬の飼い主は、少しでも目を放したくないと思うのではないだろうか。



シニア犬を「オープンな存在」に

中村真弓さん

『meetぐらんわん!』では、営業時間の午前10時から午後7時までの間で、1時間からの日帰りでカフェの一角に並べられたケージ内で預かる。ケージが苦手だったり、気晴らしが必要な場合には外に出してカフェのお客さんや他の来店犬と交流させたり、個々のニーズに応じて営業時間外の預かりにも対応する。一度に預かる上限は5頭まで。テーブル席4席のカフェという狭いスペースだが、それもスタッフの目が行き届く範囲で運営するためだ。

利用をシニア犬に限定するわけではない。ただ、カフェでは、若い犬や必要のない犬も含め、おむつの装着を推奨する。それには、いつかおむつをしなければいけない時が来た時のための「練習」の意味もあるという。また、「百聞は一見にしかず」で、まだ老化現象が出ていない犬の飼い主が実際に認知症の犬や足腰が立たなくなった犬を見て、将来の参考にしてほしいという思いもある。「雑誌の文字情報だけでは分からないことがたくさんあります」と中村さん。「体験型カフェ」とした狙いはそこにある。

中村さんはほぼ店に常駐する予定で、男性店長はドッグトレーナーの資格を持つ。また、ペットケアマネージャーらシニア犬の専門家にも定期的に来店してもらう予定だ。「カフェのお客さんが、スタッフをつかまえて『うちの子はこうなんだけど、どうしたらいい?』と相談できる場になれば。犬の介護を始めると、どうしても家にこもりがちになってしまいます。悩みや思いをみんなと分かち合うと介護疲れも癒やされるし、情報交換もできます。『オープンな介護』を実践することで、シニア犬そのものをオープンな存在にしたいと思っています」

シニアだという理由で診察やサービスを断るケースも

シニア犬への思いが詰まったシニア犬専門フリーマガジン『ぐらんわん!』

「シニア犬をオープンにしたい」という中村さんの言葉の背景には、"臭いものに蓋"ではないが、日本社会ではまだまだシニア犬が十分に社会に受け入れられていない実情がある。飼育放棄された保護犬の場合も、子犬や若い犬は比較的すぐに引き取り手が見つかるが、老犬はそうはいかない。筆者も、以前、自宅近くで年老いた迷い犬を保護したが、どこの保護団体に連絡しても「老犬は引き取り手がないから」と断わられ、結局うちで保護して最後まで看取った経験がある。長年取材している盲導犬育成団体の「(公財)アイメイト協会」でも、アイメイト(盲導犬)を引退した犬を引き取るリタイア犬奉仕者は、訓練前の子犬の飼育奉仕やアイメイトになれなかった犬を引き取る不適格犬奉仕に比べて希望者がかなり少ない。

中村さんも、専門誌を立ち上げてシニア犬の情報を発信するようになった経緯をこう話す。「2005年に独立して犬を飼える環境が整ったのを機に、実家から14歳のシー・ズーを呼び寄せたんです。ところが、実際にその子と暮らし始めるとシニアだということが理由で、色々な不便がありました。動物病院に連れていくと、『こんな年齢で新しい病院に来られても困る。元の病院に通い直してください』と診察を断られたことも。トリミングとペットホテルも断られ続けました」。当時はシニア犬の情報が少なく、まとまった情報の必要性を痛感した中村さんは、シニア犬専門のフリーマガジンを自ら発行することにした。

このように老犬が避けられる理由の一つは、責任回避であろう。平たく言えば、「うちで死んでもらっては困る」といった話だ。これまでにシニア犬向けの預かり施設やドッグカフェがほとんどなかったのも、この責任問題の壁があるからではないだろうか。リスクを負ってでもやるべきことだという覚悟を持ってオープンを迎える中村さんも、一定のリスクヘッジは考えている。「初めて預かる際には、しっかり飼い主さんにカウンセリングします。個々の状況に応じたケアをさせていただくと共に、双方の考え方が合わない場合にはお断りさせていただく場合も出てくると思います」と言う。

万が一の時には最高の見送り方を

店内にはシニア犬向けのグッズや介護用品も

『meetぐらんわん!』を各都道府県に1店ずつ出すくらいにまで普及させるのが中村さんの夢だ。そのように長く広く続けることになれば、当然、預かり中に危険な状態に陥ったり、最悪の場合は亡くなってしまう犬も少なからず出てくるだろう。中村さんは、「経験豊富なスタッフが、犬の状態を見て危険だと判断すれば飼い主にすぐに連絡をする」「最寄りの動物病院に連れて行く」という段階の先に、「スタッフ皆で誠心誠意看取る」というステージを今から想定している。

「万が一そうなった時には、そのワンちゃんが寂しくないように最高の見送り方をしてあげるのが務めだと思っています。そして、飼い主さんにどれだけ納得してもらえるか。どういうふうに亡くなったのかと代わりに見て伝えてあげることで、飼い主さんの気持ちを落ち着けるのが大事だと思います」

何百万年も人類と共に生きてきた犬にとって、「主人」と共に生き、その腕の中で最期を迎えるのが最高の幸せだ。一方、近年は高齢化などで最後まで看取れない家族も増え、全国に「老犬ホーム」が急増している。これもまた、最終的なセーフティネットとして必要な施設ではある。ただ、人間ならば自分の意思を伝え、家族の事情などとすり合わせて自らホームに入る選択肢も取れるが、ものを言えぬ犬にはそれができない。犬の場合はあくまで、家族・友人やボランティアといった一般家庭での引き取りを優先するべきで、ホームはやむを得ない場合の最終手段と考えるべきであろう。

1,000頭を超えるこれまでのアイメイト(アイメイト協会出身の盲導犬)のリタイア犬は、全てボランティアらのもと、一般的な家庭犬として余生を送った。アイメイト協会の塩屋隆男代表理事は、「主人となる人がいて、人間と共に暮らしていくのが犬の幸せです。そうした施設に入れてしまうのは当協会としては非常にかわいそうなことだと思っています」と語る。中村さんも同様に考えているため、『meetぐらんわん!』では、あくまで「一時預かり施設」という線を守ることにした。



「シニアだからこそおいで」という場所に

『meetぐらんわん!』のスタッフの皆さん

これまでに2頭の愛犬を見送っている中村さんは、「犬は亡くなる直前に必ず感謝の気持ちを伝えてくる」と言う。「1頭は保護犬でした。その子はしっぽを振ったことがなかったのですが、最期にすごく振ってくれて、号泣してしまいました。もう1頭は最後の2日間は意識がなかったのですが、旅立つ瞬間に意識が戻って、私の顔をじっと見てから亡くなりました。犬にも感謝を伝えるタイミングが必要なんだと思います。飼い主としても、それがあって初めてお別れできるし、気持ちの整理ができるのでしょう」

容態が悪化した愛犬を一縷の望みを託して入院させ、出張とも重なって最期を看取ることができなかった筆者にとっては、重い言葉だ。同じような後悔を抱える飼い主を増やさないためにも、シニア犬に関する情報交換や、経験者との交流の場は必要だと思う。

「19歳、20歳まで生きた犬の中には『毎日行きつけのカフェに行って人と触れ合っていました』という子も多いんです。年老いても、近所に出かけるなどして毎日刺激を与えてあげるのが大切だと思います。だから、シニア犬と飼い主さんが安心して来られるような、『シニアだからこそおいで』という場所にしたいとい思います」(中村さん)

最愛の『マメ』に捧げる

既に介護状態に入っていた7月17日、マメは久しぶりに帰宅した僕を追って突然駆け出した。これが最後に見せてくれた元気な姿

この原稿、ここまで書いた段階でいったん入稿したのだが、付け加えなければいけないことが起きてしまった。

先に我が家でも要介護犬を抱えていると書いたが、そのフレンチ・ブルドッグのマメ(15歳メス)が、僕がこの原稿を書き終えて自宅に帰った直前に亡くなってしまった。マメが一番なついていた妻がつきっきりだったので、一人寂しく逝かせることにはならなかったが、僕はまた、前の犬を病院で一人逝かせてしまったことをあれだけ後悔したのに、マメを見送ることができなかった。

でも、不思議と前の時ほどは胸が張り裂けるような思いはない。フェードアウトするような緩やかな弱り方から最期を迎えたこともあるが、僕はすぐに、犬は最期に何らかの形で飼い主に感謝の気持ちを伝えるという、中村さんの持論に思いを馳せた。

マメが、僕がまさにシニア犬との暮らしとお別れをテーマにしたこの記事を世に出そうとしているその瞬間に旅立ったのは、あまりにもできすぎた偶然だ。僕が犬の記事を書いたり写真を撮る仕事をライフワークにしているのを、知っていたわけではないだろう。でも、マメは、こうして皆さんに、このタイミングで、この内容の記事の中で報告するという、最も僕らしい形でお別れを言う機会を与えてくれた。

そうに違いないから、この記事をマメに捧げます。ありがとう、マメ!





内村コースケ(フォトジャーナリスト)

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