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映画『ライオン・キング』は超リアルだが「不気味の谷」を思わせる

ニューズウィーク日本版 2019年8月9日 18時5分

<豪華キャストでよみがえったディズニーの名作アニメ。映像は自然番組のような本物感だが、あまりの違和感に人はたじろぐ>

どうやら「不気味の谷」では地球よりも変化が速いらしい。ただし気候変動で大変な地球と違って、あちらでは環境に優しい変化が進み、動物たちも一段と元気になった様子だ。

「不気味の谷」とは、かつてロボット工学者の森政弘が提唱した言葉。人型ロボットがリアルさを増していくと、ある地点で突然、嫌悪感や不気味さが感じられるようになることを指す。

3DのフルCGアニメ『ポーラー・エクスプレス』が公開されたのは15年前。当時はろう人形みたいなキャラクターにのけ反る観客もいたものだが、あれから技術は劇的に進化した。生身の役者の動きや表情を再現するパフォーマンス・キャプチャーやCGフル活用のストップモーションなど、アニメのデジタル技術は急速に「不気味の谷」を侵食し、気が付けば超リアルなサバンナが出現していた──。

ミュージカルにもなったディズニーアニメの傑作『ライオン・キング』(94年)の「超実写版」が完成した。確かにリアル。でも別な不気味さがある。

主人公のライオン王子シンバをはじめとする超リアルなキャラクター(ハイエナやイボイノシシ、ミーアキャットなど)を生み出した技術は、パフォーマンス・キャプチャーでもストップモーションでもないらしい。

ジョン・ファブロー監督は手の内を明かさないが、これは人間の動作を再現するでも生身の動物を撮影するでもなく、全てがデジタル空間でつくり上げられた映像だという。実際、音声なしで見たらアフリカの自然を撮ったドキュメンタリー映像かと思ってしまうだろう。

歌って踊るリアルな動物

ディズニーの定番だった擬人化された動物、つぶらな瞳に大きな頭のアニメキャラはもういない。演出のジュリー・テイモアはアニメらしさを完全に排除し、パペットを使ったミュージカル版とも一線を画した。

ファブロー監督がビジュアル面で目指したのは、遊び心を駆使して「ライオンらしさ」を表現することではない。本物のライオンが走り、狩りをし、眠る姿を近くで観察する疑似体験を観客に提供することだ。

しかし本物そっくりのライオンが「人間の声」で歌って踊って語りもするとなれば、それはけっこう「不気味」だろう。



叔父の策略で故郷を追われた王子シンバ ©2019 DISNEY ENTERPRISES, INC. ALL RIGHTS RESERVED

野生動物を観察する醍醐味は人と異なる種の神秘に触れ、彼らの(少なくとも人間の言葉は話さない)沈黙の中に気高さを感じるところにある。その動物たちが急に歌い出し、気の利いたセリフを口にしたりすると、あまりの違和感に人はたじろいでしまう。

こうした超リアリズムが従来のディズニー・ファンに敬遠されるのを危惧したのか、アニメ版の雰囲気を徹底して忠実に再現した部分もある。

代表曲「サークル・オブ・ライフ」をバックにサバンナを駆け抜け、結集した動物たちに、ラフィキ(王の側近のヒヒ)が生まれたばかりの王子シンバを高々と掲げて見せるオープニングは、構図から編集までアニメ版にそっくりだ。

しかし動物たちの姿がリアル過ぎるせいで、人間(声優)の影が薄くなった感じがする。有名俳優や歌手、コメディアンと多彩で豪華なキャストを起用しているのに、そうした人のキャラが生かされていない。

声優陣はアフリカ系中心

シンバ役のドナルド・グローバーは今を時めくラッパーで俳優、恋人ナラを演じたビヨンセは泣く子も黙るポップ界の大スター。ビヨンセはカリスマ性あふれるステージで観客の目をクギ付けにするし、グローバーがチャイルディッシュ・ガンビーノ名義のミュージックビデオ「ディス・イズ・アメリカ」で見せたパフォーマンスも圧巻だった。しかし声だけだと、その肉体性が欠け落ちてしまう。

例えばピクサーの『トイ・ストーリー』は、玩具のリアルさを追求しなかったから、声の出演者の表情や特徴的な動きを反映できた。しかし今回のグローバーやビヨンセには、そうしたチャンスが与えられなかった。それなら誰も顔を知らない声優を起用してもよかったのに。

94年当時既に大人だった筆者は子供向けのアニメに興味がなく、アニメ版は見ていない。ずいぶんたってから舞台版を見て、その独創性には圧倒されたが、長子相続や親への屈折した感情を盛り込んだ男系社会の英雄譚(たん)には少なからぬ反発を覚えた。そして今の時代、青少年向けの冒険映画でも「運命に導かれて世界を救う少年ヒーロー」みたいな世界観にはさらに懐疑的だろう。



シンバはイボイノシシとミーアキャットのコンビに助けられて成長する ©2019 DISNEY ENTERPRISES, INC. ALL RIGHTS RESERVED

さて、『ライオン・キング』の世界はプライドランドと呼ばれる王国。かつては平和だったが、王様ムファサが弟のスカーに殺され、王位を奪われてからは荒廃してしまう。

主要なライオンの「声」を黒人キャストが担当した今回のプライドランドは、いわば映画『ブラックパンサー』の舞台となったワカンダ国のミニチュア版。父殺しの汚名を着せられ、追放された息子が王座を奪い返す物語は、白人のマシュー・ブロデリックがシンバを演じたアニメ版よりも胸を打つ。それでも流浪の王子が故郷に戻って王座に復帰するという設定の古めかしさは否定できない。

ビヨンセのコンサートでは女性たちが世界を回す。ナラやシンバの母にも、悪いハイエナをやっつける見せ場はある。だが『ライオン・キング』の女性キャラは基本的に男に寄り添い、助けを求める役回りだ。

ファブロー監督はあえて強調しないが、この映画には意外な政治性もある。腐り切った暴君が国を乗っ取ると聞いて、昨今のニュースを思い浮かべないアメリカ人は少ないだろう。

ハイエナの群れを用心棒に雇って権力基盤を固めるスカーを見れば、強欲な側近に汚れ仕事を任せて独裁者を気取る某大統領を連想する。思えば、あの髪形もスカーのたてがみにそっくりだ。

アニメ版で、悪党スカーはディズニー映画には珍しいほど暴力的な死を遂げた。今回の超リアル版でも、あそこだけはしっかり描いてほしかった。シンバとナラが結ばれて世継ぎが生まれるのは、もちろんめでたい。けれど真のクライマックスは、手下に裏切られたスカーの惨めな最期だと、筆者は思う。

THE LION KING
『ライオン・キング』
監督/ジョン・ファブロー
声の出演/ドナルド・グローバー、ビヨンセ
日本公開は8月9日

<2019年8月13&20日号掲載>

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デーナ・スティーブンズ

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