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「恐竜博2019」は準備に3年! ググっても出てこない舞台裏をお見せします

ニューズウィーク日本版 2019年8月9日 12時15分

<イラストを描く人から復元骨格を手がける人、展示デザインを作る人まで、恐竜展には数多くの人が関わっている。国立科学博物館の真鍋真さんに聞いた、普段スポットライトが当たらない「展覧会を作る人々」のこと>

「カハクのマナベ先生」こと国立科学博物館(東京・上野)の真鍋真(まなべ・まこと)さんと言えば、恐竜ファンなら知らない人はいないだろう。国内外を問わず恐竜関連のニュースがあると解説者としてメディアにも多数出演しているから、ファンならずとも名前を知っている人は多いはずだ。

国立科学博物館標本資料センター・コレクションディレクター兼分子生物多様性研究資料センター・センター長の真鍋真氏 Newsweek Japan

そんな真鍋さんがこのたび、新刊『恐竜の魅せ方――展示の舞台裏を知ればもっと楽しい』(CCCメディアハウス刊)を上梓した。国立科学博物館で現在開催中の「恐竜博2019」(10月14日まで)はもちろん、数々の恐竜展を監修してきた真鍋さんが「展覧会を作る人々」を紹介した意欲作だ。真鍋さんは語る。

「恐竜博は国立科学博物館で3~4年に1度開催するビッグイベント。その準備には2~3年かかります。今回の『恐竜博2019』も2016年から準備を始めてようやく実現しました。恐竜本は近年特にたくさん出版されていますが、こういう本は今までなかったと思います」


当然のことながら、現代人が生きている(鳥類以外の)恐竜を目にしたことは(現在のところ)ない。見ることができるのは「化石」という彼らが生きた痕跡だけである。しかし我々は恐竜たちが大地を闊歩し、咆哮して獲物を捕える姿を具体的に脳裏に描くことができる。それは恐竜を「魅せる」人々の見えない努力の賜物なのだと言える。

恐竜ファンなら恐竜学者の名前を何人も思いつくだろうが、本書で紹介されるような「黒子」の存在にはこれまでスポットが当てられてこなかった。

例えばサイエンス・イラストレーターの菊谷詩子さんは、米国で学び日本で活動するこの分野の第一人者。世間には恐竜のイラストが溢れているが、実際の化石に忠実で、科学的に正しいイラストというのはそれほど多くはない。ほかにも恐竜のフィギュアを製作する田中寛晃さんや、広報を担当する朝日新聞社の佐藤洋子さんなど、「ググっても出てこない」恐竜展示のプロフェッショナルたちが紹介されている。

「恐竜展には本当にたくさんの人が関わっています。例えば定期的に開催される関係者会議にはそれぞれのセクションの代表者だけで30人も集ります。彼らは部署ごとの責任者なので、それぞれが取りしきるメンバーがさらに何人もいます。私は監修ということで全体を統括する立場なのですが、具体的に展示を作ってくださるのは私以外の皆さんです」

恐竜の展示は動物のいない動物園のようなもの。骨の化石だけを見て理解できる人は、言い方は悪いが「放っておいても大丈夫」と真鍋さんは言う。



「問題は化石だけを見ても満足できない人に、いかにして恐竜の姿を見せるかということ。ガイドが骨の化石から推定できること、仮説に至ったプロセスを解説すると、多くの人たちが『そうだったのか、面白いな』と思い、さらに『もっと知りたい』と思ってくれるようになります。

実際には一人ひとりをガイドすることはできないけれど、そんな展示を目指しています。こういう努力の積み重ねが、博物館や学問を継続的に広げることになると思うんです。だからこそ、今回紹介したような皆さんのことをもっと知っていただきたいですね」

「むかわ竜」 全身実物化石 北海道むかわ町穂別産 むかわ町穂別博物館所蔵

恐竜展の全ての過程に携わる「ゴビサポートジャパン」

『恐竜の魅せ方』で紹介される仕事は「恐竜博2019」の目玉展示にも大いに生かされている。発見から50年を経て全貌が明らかになった謎の恐竜・デイノケイルスと、日本初の全身化石として話題になった「むかわ竜」の復元骨格(デイノケイルスは世界初公開、むかわ竜は北海道むかわ町外では初公開となる)を手がけたのは、高橋功さん率いる「ゴビサポートジャパン」。

化石の発掘、岩石からの削り出し(クリーニング)や、レプリカ製作、さらには欠損部分を補いながらの全身骨格の復元、そして展示と、恐竜展の全ての過程に携わる人は恐竜学者のほかに高橋さんくらいしかいないという。

デイノケイルス 全身骨格図 © Genya Masukawa

そして、デイノケイルスが捕食者である大型肉食恐竜・タルボサウルスと対峙する展示デザインを手がけたのは「東京スタデオ」の小南雄一さんだ。

「(小南さんは)会議の際にはCCDカメラと模型を使い、来場者の視点から展示がどう見えるかをプレゼンしてくださったり、さまざまなことを提案し、実現してくださいました。写真撮影スポットに恐竜の影が写るようにライティングを調整したり、隕石が落下して恐竜が絶滅した様子を象徴的に展示するため、大きな恐竜はくぐれないけれど、人間のような小さな生き物なら通り抜けられるトンネルのような通路を用意してくださったのも面白い表現です」

デイノケイルスとタルボサウルスを対峙。照明の当て方も大事なポイント(『恐竜の魅せ方』118ページより)

来場者から見える2体の姿をイメージ(『恐竜の魅せ方』118ページより)

むかわ竜、デイノケイルスに並び、真鍋さんが「絶対に見逃してほしくない」という小型肉食恐竜・デイノニクスのホロタイプ標本の展示も小南さんの仕事だ(ホロタイプ標本とは一個体の部分もしくは全体で、その種を命名する際の物的証拠のようなもの)。鋭い鉤爪を360度あらゆる角度から見られるよう円筒形のケースに入れ、スポットライトで象徴的なライティングが施されている。会場に足を踏み入れると、まず出迎えてくれるのがこの標本だ。

「恐竜博2019」で円筒形のケースに入れられ展示されているデイノニクスの後ろあし(ホロタイプ標本) イェール大学ピーボディ自然史博物館所蔵



1969年、イェール大学の恐竜学者であるジョン・H・オストロムが同大ピーボディ自然史博物館の学術誌『Postilla』にデイノニクスの新種記載論文を投稿した。オストロムは60~70年代の恐竜研究を牽引した偉大なる恐竜学者。真鍋さんの恩師でもあり、個人的にも非常に愛着のある展示のようにお見受けした。

「今年はオストロム先生がデイノニクスを命名して50年目に当たります。デイノニクスを研究することで、先生は恐竜が高い代謝率を持つ温血動物であったこと、敵に対してとび蹴りを繰り返すような俊敏さと持久力を持っていたことなどを推定しました。

さらにデイノニクスの手首の骨を見ると左右に動く形をしており、ちょうど鳥類が翼を広げる形とそっくり。デイノニクスのような恐竜から始祖鳥のような存在へ進化し、さらに鳥になる。この化石を起点として恐竜は現在も絶滅していないという構図が明らかになりました。『恐竜ルネッサンス』の始まりとなった記念すべき標本なのです。しかも所蔵先のピーボディ自然史博物館ですら展示室に出されていなかった非常に貴重な標本で、おそらく日本には二度とやってこないでしょう」

Newsweek Japan

恐竜に関わる仕事は研究員や学芸員だけではない

標本の貸し出しは研究者同士の人間関係によるところが多い。その点、温厚でユーモアに富み、誠実な真鍋さんは世界中の研究者と強固なネットワークを構築し、標本の貸し借りを円滑に進めることで定評がある。

「化石の貸し借りに関する問題を解決するのは展示監修者である私の仕事。貴重な化石を運ぶのにはいくつものハードルがあります。まず移動の途中に壊れたりなくなったりするリスクがある。さらに標本が不在の間、研究者たちが参照することができなくなる。

これは博物館の研究セクションにとって大きなマイナスで、本展のように3カ月の貸し出しとなると一筋縄ではいきません。今回は綺麗でかっこいい展示台を作り、これを返却の際に進呈するという条件が効いたようです」

真鍋さんは恐竜に関わる人々の中でも「花形」である恐竜学者だが、目には見えないタフな交渉を一手に引き受けたり、自身でも黒子的役割を積極的に担い、その活躍ぶりは多方面にわたる。東日本大震災の直後から続けている陸前高田などにおける標本のレスキュー活動もその1つ。この活動で真鍋さんは「博物館」という場が持つ力に改めて気づかされたと言う。

「地元の博物館に通っていた小学生が大学院生になり、スタッフとなる。地元の恐竜ファンを取り込み、彼らが博物館を支える人材として育つような仕組みが重要になってくるのでしょう。国立科学博物館にもかつては『技官』というポジションがあったのですが、この部分の人材がどこの博物館でも不足しています。



例えば海外の場合、化石立体を成型する人、イラストを描く人など、プロフェッショナルを養成し、継承するシステムができており、実際の展示もプロによる分業です。しかし日本ではそのようなシステムが構築できておらず、今後改善しなければいけないことの1つです」

むかわ竜で有名になった北海道のむかわ町や、丹波竜で有名な兵庫県丹波篠山市など「恐竜で町おこし」を後押しする動きも見受けられる。しかし行政の仕事は一過性で終わってしまう可能性がある。発掘現場でフルタイムで頑張るボランティアのような存在が、恒常的に恐竜の現場に携われるような環境作りが待望されている。

「恐竜に関わる仕事をしたいという学生に進路を聞くと、研究者になって博士号を取り、学芸員や研究員になるという答えは出てきても、それ以外の選択肢は出てきません。それって違うと思うのです。自分の『恐竜愛』を出せる場所がいろいろなところにあることを若者たちに知ってもらえるといいですね」

それにしても、もはや地上に存在しない恐竜という存在は、なぜこのように人々を惹きつけるのだろうか。

「魅力を感じるところは人によって違うようです。大きいところ、強いところ、かわいいところ、そして太古の世界にロマンを感じるところでしょうか。ティラノサウルスもトリケラトプスも現在残る化石は全体重に占める重さで言うと10%くらい。その分からない部分の体つきを謎解きのように推測していく、私としてはそういう部分が面白い。

恐竜が登場するCGに魅了され、あんな世界を作ってみたいと思う人もいます。学者になるだけが恐竜に携わる道ではありません。どんなところに自分の気持ちがフィットするか、新たな自分の近未来を発見することに繋がればと思っています」

全国で本書が最初に並んだのは国立科学博物館のミュージアムショップだ。これを手に取ったスタッフたちは自分たちのことが書いてあると知って喜んだ。

「清掃のスタッフが『お掃除のことも書いてくれてありがとう。私たちも恐竜展の一員だと思ってくれて嬉しい』と言ってくださいました。展覧会を作っている側だって見た人の『いいね!』がもらいたい。面白い時間と空間を作り、その気持ちを皆で共有できたらいいなと思っています。博物館を訪れる皆さんも、恐竜展を作る仲間の1人。本書を読んでいただければ『恐竜博2019』は100倍面白くなりますよ」


『恐竜の魅せ方――展示の舞台裏を知ればもっと楽しい』
 真鍋 真 著
 CCCメディアハウス


「恐竜博2019」
国立科学博物館(東京・上野)にて、10月14日まで開催中
開館時間:午前9時~午後5時(金曜・土曜は午後8時まで)
※8月11日(日・祝)~15日(木)、18日(日)は午後6時まで
※入場は各閉館時刻の30分前まで
休館日:9月2日(月)、9日(月)、17日(火)、24日(火)、30日(月)
入場料:一般・大学生1600円、小・中・高校生600円
https://dino2019.jp/


石﨑貴比古

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