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「米国では、2日ごとに500人が医療事故で死亡している」は本当か?

ニューズウィーク日本版 2019年8月9日 19時15分

<銃乱射事件によって全米に衝撃が走るなか、著名な天文物理学者ニール・ドグラース・タイソン博士が4日にツイッターで投稿した内容が物議を醸している......>

米テキサス州エルパソで2019年8月3日、銃乱射事件が発生し、22人の尊い命が奪われたのに続き、4日未明には、オハイオ州デイトンでも銃乱射事件によって9人が死亡した。相次ぐ銃乱射事件によって全米に衝撃が走るなか、著名な天文物理学者ニール・ドグラース・タイソン博士が4日にツイッターで投稿した内容が物議を醸している。

銃乱射事件に心を痛める多くの人々から激しい非難を浴びた

タイソン博士は、ツイッターへの投稿で、「米国では、この48時間で、銃乱射事件により34人が命を落とした」とこれら2件の銃乱射事件の犠牲者について言及したうえで、「平均すると、48時間ごとに、医療事故で500人、インフルエンザで300人、自殺で250名、交通事故で200人、拳銃による殺人で40人が亡くなっている」とデータを示し、「我々の感情は、データよりも光景に反応しやすい」との私見を示した。

In the past 48hrs, the USA horrifically lost 34 people to mass shootings.On average, across any 48hrs, we also lose...500 to Medical errors300 to the Flu250 to Suicide200 to Car Accidents40 to Homicide via HandgunOften our emotions respond more to spectacle than to data.— Neil deGrasse Tyson (@neiltyson) August 4, 2019


この投稿は、銃乱射事件に心を痛める多くの人々から激しい非難を浴び、タイソン博士は、5日、一連の騒動についてフェイスブックで釈明した。「客観的で正確な情報を提供することで、予防可能な死因についての建設的な議論に役立てたかった」とこの投稿の意図を改めて説明するとともに、「多くの人々がショックを受け、そのショックから立ち直ろうとしている最中において、私がツイッターで投稿した情報は、事実であれども、役に立たないものであった」と反省の意を述べている。

「医療事故が第三位の死因」、2016年の調査結果だが......

では、タイソン博士が引用したデータは、本当に客観的で正確な情報だったのだろうか。米国では、米国医学研究所(IOM)が1999年11月に「予防可能な医療事故によって年間9万8000人が病院で死亡している」との報告書を公表して以来、およそ20年にわたり、その真偽について議論されてきた。2000年7月には、米インディアナ大学の研究チームが「米国医学研究所の報告書は、医療事故による死亡を誇張している」との研究論文を発表。米国医学研究所のデータは、医療事故がなかった場合の死亡を考慮していないなどの問題が指摘されている。



2016年には、米ジョンズ・ホプキンズ大学医学部が「年間25万1454名の入院患者が医療事故で死亡している」との調査結果を発表し、「米国で、医療事故が、心臓病、がん(悪性新生物)に次ぐ第三位の死因となった」というニュースは米国内外でセンセーショナルに報じられた。

50分の1から80分の1である......

しかしながら、米ウェイン州立大学のデイヴィッド・ゴルスキ博士は「ジョンズ・ホプキンズ大学医学部の検証結果は正式な方法論で導きだされたものではなく、ばらつきが大きい医療事故の定義に依存している」と指摘。「有害事象(因果関係の有無を問わず医薬品の投与によって生じる好ましくない有害な反応)は、医療事故がなくても起こりうる」と述べている。

また、米ワシントン大学の研究チームが2019年1月に発表した研究論文では、1990年から2016年までの「世界の疾病負担研究(GBD)」のデータを用い、すべての有害事象を対象に死亡との因果関係、過誤の有無を分析した結果、医療事故による死亡者数は、ジョンズ・ホプキンズ大学医学部の検証結果の50分の1から80分の1であることが示された。

古いデータを引用したことも批判の的に

このように長年、議論されてきた経緯があるにもかかわらず、タイソン博士が古いデータを引用したことも批判の的となっている。タイソン博士がツイッターへの投稿で「平均48時間ごとに医療事故で500人が死亡している」と述べたのに対し、ブロガーのハンク・グリーン氏は、自身のツイッターで「損害をもたらすおそれのあるデータであり、科学者や技術者と一般の人々をつなぐ『サイエンスコミュニケーター』ならば、脈絡なく共有するはずのないものだ」と非難している。


松岡由希子

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