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マネーの主役は貨幣から人間へ──「マネー3.0」の時代

ニューズウィーク日本版 2019年8月14日 16時0分

<米ドルが基軸通貨になったブレトンウッズ会議から75年、人類最大の発明であるマネーの仕組みが変わり始めている>

貨幣は世界で最も広く使われていながら、最も理解されていない技術の1つだ。

言語がなかったら、人間社会はどんなふうに進化していただろうか――そもそも存在し得たのだろうかと、想像せずにいられない。一方で、貨幣がなかったら、私たち人間は協力することができただろうか。

私たちは言語を使って情報や心の内を共有する。そして、協力と交易を通じて、商品やサービスという形で価値を共有する。貨幣はその協力と交易の仕組みを改良してきた。

カネは、それを使う人がいなければ何もできない。それなのに、私たちはカネのとてつもない支配力に気おされながら暮らしている。

ブレトンウッズ協定の締結から75年。世界は金融の新時代を迎えつつある。資本家ではない人々が原動力となり得る時代だ。現代の通貨制度がどのように進化してきたのか、これからどこに向かうのか、改めて評価する格好の節目でもある。

貨幣はその誕生から一貫して、共同体の会計システムとして機能してきた。誰が誰に何を与え、誰からどのくらいのカネをもらうべきかという経緯をたどれることが、あらゆる貨幣の役割とされる。

貨幣が目的どおりに機能するためには、自分の時間やモノ、知識と引き換えに貨幣を受け取るという仕組みを社会が受け入れる必要がある。多くの人が特定の貨幣を信頼することは、私たちが貨幣として使うものに価値を与える唯一の条件となる。

例えば、金(ゴールド)は多くの人が認識できて、(溶かして)分割でき、偽造しにくく、希少なので、内在する価値を持つともいわれる。しかし、金の価値は、実際は宗教に近いところがある。多くの人が金をモノやサービスと交換できると「信じている」という事実が、金に価値を与えるのだ。

国が発行する通貨も同じだ。私たちが通貨を受け取るのは、それを後で誰かが受け取ると信じているからだ。その信用を失えば、通貨は価値を失う。世界中で繰り返される通貨危機を見れば分かるとおりだ。

カネに対するこの信念を、社会の隅々まで形成して維持する手法は、時代とともに劇的に変化している。それに伴い、カネも大きく変化してきた。

統治者は通貨を統治する

最初は石や貝殻などが貨幣の役割を果たし、やがて複数の金属が使われるようになった。勘定の単位を決めることによって、時代とともにそのシステムが進化しても、個人の出納を管理できるようになった。

貨幣には、手で触れることができ、保有して持ち運べる素材が使われた。例えば特定の種類の貝殻は、それを使っている部族の間では認識できた。一方で、金は広く共通して認識でき、複製しようにも錬金術はついに実現できなかった。



貨幣の誕生によって、売る行為と買う行為を切り離しやすくなった。物々交換ではなく、あらゆるものを同じもの(つまり貨幣)と交換できるようになると、欲しいものが対になる買い手と売り手――経済学で言う「欲求の二重の一致」――を見つける必要がなくなった。

さらに、近くの人とも遠くの人とも交易できるようになり、協力と知識と創造性と生産性の輪が大きく広がった。

これがマネー1.0だ。考古学者によれば、世界中で何世紀も続いたとみられる。

次に、貨幣を統治者が発行する時代が訪れた。以来、現在もなお、皇帝や国王、大統領、議会が、カネとして使うものを定義する責任を持つとされている。

型抜きした硬貨や印刷した紙幣、デジタルの台帳など、何を通貨として、どのくらいの量を流通させ、誰が最初に手にするかを決めるのは各国の政府だ。

税金は定められた通貨で払わなければならず、全ての市民が政府の決めた通貨を使うことになる。それ以外の通貨の使用は(現在のベネズエラのように)違法とされることも少なくない。一方で、各国の政府間で互いの通貨を有効と見なす協定が結ばれるようになった。

統治者が通貨の発行と認可の権限を持つと、社会の資産と生産手段を支配する権限も強くなる。貨幣となるものが大地から生まれていた時代には──誰でも見つけて採掘でき、増やすことができた社会では、このようなことは起きなかった。

これがマネー2.0だ。私たちの大半がこの時代しか知らず、それ以外の時代には想像も及ばない。

マネー2.0で最も重要な出来事は、ブレトンウッズで開催された連合国通貨金融会議だ。第二次大戦が終結する1年ほど前の1944年7月、米ニューハンプシャー州の絵はがきのような町ブレトンウッズに連合国45カ国の代表約700人が集まった。

米政界の混乱も、ナチス占領下のワルシャワで起きた武装蜂起と大虐殺もまるで別世界の出来事であるかのように、アメリカは連合国を集め、戦後に結ばれる国家間の経済協定の枠組みを決めて、将来の世界大戦を封じようとした。

会議の冒頭で、フランクリン・ルーズベルト米大統領(当時)は楽観的な希望を語った。「あらゆる国の経済の健全性を、その全ての隣国が憂慮するのは当然のことだ。世界経済の躍動的かつ着実な拡大を通してこそ、未来に対する私たちの希望を完全に実現できるレベルまで、それぞれの国の生活水準を引き上げることができる」



1971年のニクソン・ショックで金本位制は一応崩れたが ANTHONY BRADSHAW/GETTY IMAGES

この会議のキープレーヤーは、イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズと、米政府代表団の1人として出席したハリー・ホワイトだった。2人は第二次大戦で疲弊した世界経済を再生させ、安定化する仕組みとして、全く異なる通貨体制を提案した。

米国が英国に勝利した

ケインズが提案したのは、バンコールという超国家通貨の導入だ。バンコールは、全ての国の通貨および金と固定レートで結び付けられる。また各国のバンコール保有量は、国際貿易におけるシェアに基づき割り当てられるという。

その狙いには、世界経済を安定化させるだけでなく、世界経済の米ドルへの依存を低下させ、イギリスが引き続き世界のリーダーの地位を維持することも含まれていた。しかしバンコール案を嫌ったホワイトは、米ドルを世界の基軸通貨に据えることを決意したと、『ブレトンウッズの闘い──ケインズ、ホワイトと新世界秩序の創造』(日本経済新聞出版社)の著者で経済学者のベン・ステイルは語る。

21日間に及んだ会議の末、ホワイトはどうにか、のちにブレトンウッズ協定と呼ばれることになる合意条項を満場一致で可決させることに成功した。これにより米ドルは、直ちに世界の国の準備通貨となり、それが現在も続いている。

このように米ドルが基軸通貨となり、国際通貨基金(IMF)とWTOの前身である関税貿易一般協定(GATT)、そして世界銀行という戦後の国際金融システムの要となる組織が設立されるなかで、ブレトンウッズ会議は世界的な協力体制の在り方を決定付けた。

あらゆる時代の通貨に共通することだが、ここでも明白なのは、世界経済はいくつもの合意の束によって統治される必要があることだ。世界経済を構成する国々の通貨も、国内の合意の束から成り立っている。

ルーズベルトが述べたように、各国経済の健全性は、よその国の経済の健全性と密接に結び付いている。私たちは皆、全ての要素を兼ね備えた大きなシステムに依存しており、それに同意しなければならないのだ。



しかしブレトンウッズ会議から75年がたった今、私たちは新しい通貨の時代に突入しつつある。インターネットやブロックチェーンといった新しい技術により、デジタル資産つまり仮想通貨を「印刷」して流通させる新しいグローバルなスケールの方法が登場したのだ。

これらの仮想通貨は、ブロックチェーンという書き換え不可能な記録をベースにすることで、その正当性を幅広く証明することができる。つまり、あらゆる通貨が必要とする信用のネットワークを構築するパワーを持っている。

これがマネー3.0だ。それは人々がお金を生み出す時代だ。

人々って誰かって? それはビットコインやイーサリアムを作った人々。フェイスブックを作り、来年にはリブラという独自の仮想通貨を作ろうとしている人々。現在取引されている無数の仮想通貨を作った人々だ。

こうした仮想通貨の多くは、商品やサービスと引き換えに、他人に譲り渡すことができるという意味で、カネのように機能する。そしてこれらの通貨は今、オープンソースで作られ、グローバルに流通している。これまではあり得なかったことだ。

カネが人間に奉仕する時

確かに、こうした通貨の多くは信用のネットワーク効果を生み出すことができず、いずれ消えていくだろう。だが、いくつかは生き残る。それはフェイスブックと競合する通貨かもしれないし、都市が発行する通貨かもしれない。あなたが知っている人や、ソーシャルメディアでフォローする人が作る通貨かもしれない。結局のところ、カネは人と人との信用システムだ。

デジタルネットワークの進歩によって、私たちはこれまで以上に、お互いを結び付けるコミュニケーションを作り、監視し、アップグレードできるようになった。それは知らない人や、国家による価値の裏付けのない通貨を信用することを可能にする。

新しい通貨は、ソフトウエアのようにプログラム可能であり、さまざまな目的に合わせて設計することができる。例えば、取引のたびに税金を支払ったり、買い物をするたびに代金の一部を環境保護活動に募金したりする仕組みを作ることができる。



こうした実験が「仮想通貨化」という新しい領域でどんどん進んでいる。それは分散型の性質を持つから(つまり誰かが一元的に管理しているわけではないから)、仮想通貨化の流れを止めるのは非常に難しい。

そのうち芸術家や非営利団体、スタートアップ、学校、近隣住民などのための仮想通貨がいくつも誕生して、互いに運用可能な新しいネットワークを構築し、それまで局所的だった社会的な構造が、グローバルなオンライン(とオフライン)コミュニティーに組み込まれるだろう。

これがマネー3.0だ。それは人間のコラボレーションの在り方を永遠に変える。

経済学は「カネの科学」と考えられることが多いが、実は「インセンティブの科学」だ。カネは、私たちのさまざまな利益の価値を表現するツールにすぎない。だがそれは、その目的をあまり上手に果たせていない。カネで幸せや人と人のつながりを説明するのは難しいし、心や気持ちの問題を語るとき、カネが絡んでくることを不快に感じる人は少なくない。

つまるところ、カネは人間の発明物だ。私たちは今、人間のためにカネを作り直すことができる。カネのために、私たちを作り直すのではなく。

<本誌2019年8月13&20日号掲載>


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ガリア・ベナッツィ(分散型仮想通貨取引所バンコール共同創設者)

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