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注目ホラー『ミッドソマー』の監督が自作を語らない理由

ニューズウィーク日本版 2019年8月16日 16時45分

<新作ホラー『ミッドソマー』が注目を集めるアリ・アスター監督が自作の種明かしをしない理由を明かした>

長編デビュー作『ヘレディタリー/継承』で脚光を浴びたアリ・アスター監督の新作『ミッドソマー』(7月初めに全米公開)は、いま最も注目のホラー映画。いささか複雑な作品で、脚本も担当したアスターによれば「男女の別れを描いた映画」だが、超ブラックなコメディーの一面もある。

ストーリーの中心は、破局寸前のアメリカ人カップル、ダニ(フローレンス・ピュー)とクリスチャン(ジャック・レイナー)。スウェーデンの田舎で夏祭りに参加することになった2人が、恐怖の底に突き落とされる。北欧の民間伝承、田舎のサイケデリックな文化、たちの悪い男友達といった要素が血なまぐさく絡み合う世界に、打ちのめされる観客も多いだろう。

この作品で起こる実に多くのことについて、またアスターがそれらを語りたがらない理由について、ジェフリー・ブルーマーが聞いた。

◇ ◇ ◇


──私は『ヘレディタリー』公開時にもあなたにインタビューし、先日も別のインタビュー記事を読んだ。そこで確信したのだが、あなたは自作について話すのが本当に嫌いなようだ。

そう、嫌いだね。地雷原を歩いているような気分になる。後で自分の言ったことを後悔しないだろうか、私の発言がどう解釈されるのだろうかと不安になる。ほかの人の作品について話すほうが、はるかに楽だ。

──あなたの映画には細かな情報が詰まっているが、曖昧な要素も多いから、それらにどんな意味があるのか尋ねたくなる。でも、あなたは質問に答えることで「これはこういう作品」と、はっきり言いたくないんじゃないかとも思ったのだが。

そのとおり。作品中の情報をどう扱うか、どれくらい強調するかを慎重に考えている。インタビューに答えたら、それを台無しにしてしまうのではという思いがある。

映画を作るときは、作品ができるだけ観客それぞれの個人的体験になってくれればと思っている。作品に込めたメッセージが何であれ、それを受け止める人もいれば、気付かない人がいてもいいと思う。

でも私自身、好きな映画監督のインタビューは読むし、そういうインタビューに価値があるとも思う。だから取材されるのは光栄だと感じるけど、質問に答えるのは気が進まないんだ。



──作品に隠れたヒントを探したがる人についてはどう思う?

観客が目を凝らして見たくなるような映画、そうした積極的な見方に応えられるような映画を作りたい。ヒントを隠しておくというより、作品のテーマをより奥深いものにする情報を、しっかり見れば分かる所に埋め込んでいると言うべきかな。

民間伝承をテーマにしたホラー映画は、行き着く先が分かっている。この映画の楽しい部分は――そんなものが本当にあればだけど――物語としての驚きではなく、既に分かっている結末に向かうプロセスだ。

──あなたは自分の作品について、民間伝承や神話の「ごった煮」のようなものだと言っている。さまざまな要素を混ぜ合わせることで、その出どころを追うことにあまり意味がなくなるような形に変えるスタイルだ。神話自体を綿密に調べるより、こうした手法を好むのはなぜ?

大きな理由は、調査と創作のバランスを保ちたいということ。例えば『ヘレディタリー』に悪魔を登場させたくなかったのは、ほかの作品でやり尽くされているからだ。それに私はユダヤ人であってキリスト教徒ではないから、悪魔を恐れる理由もなかった。

物語をさらに力強いものにして、確固たる根拠を持たせるために何ができるか。私にとっては、それが重要なんだ。

──あなたが作品に取り入れた事柄が民間伝承に基づいていることを確認しようと、スウェーデンの文献を調べている人たちがいる。そんなふうに詮索されるのは嫌いなのでは?

面白いんじゃない? そうしたい人には、ちょうどいい材料を提供できていると思う。

たぶん私は、何も見逃すまいとスクリーンを見つめる人々に、それなりの材料を提供したいんだろう。受け身ではなく積極的に映画を見るように、ある意味、観客を「訓練」したい。

──あなたは『ミッドソマー』を、ゆがんだ男女の別れの映画にしたと言っていたが。

前に恋人と別れた後、その体験をテーマに映画を撮りたいと思ったができなかった。本当に落ち込んでいるときは、点を結んで線にして作品化するなんてできない。

それで次の別れが訪れたとき、この経験について1日くらい考えて何もアイデアが浮かばなければ映画にするのはやめようと決めた。そこで考えた結果、フォーク・ホラーというサブジャンルと個人的に経験した別れを組み合わせる方法にたどり着いた。4年前のことだ。



──この作品には、時に男性の振る舞いに対する強い怒りが感じられる気がするが。

『ミッドソマー』の脚本を書いていたとき、私は特に(主人公の女性)ダニに自分を重ねていた。だからダニの中には、たくさんの私がいる。

全ての登場人物の中に、私の一部がいるだろう。けれども、見る人が特にダニの視点を持つように仕向けていると思う。観客は完全にダニの味方になり、彼女の視点から物事を見る。そして物語が終わる頃には、全てがそんなに簡単に割り切れるものじゃないと感じてもらえればいいと思う。

──あなたはいつも自分の作品を、とても個人的なものだと言う。あなたの作品は今のところ『ヘレディタリー』と『ミッドソマー』の2作だから、それらが「個人的」だと聞くと、あなたのことが少し心配になる。まだ30代前半なのに、どれほどつらい経験をしたのだろう、と。

実にひどい経験をしたし、家族にもさまざまなつらいことが起きた。でも、人生とは苦しみだという格言もある。私もそう思うし、人生を描くことには癒やしの効果があるだろう。たとえ大きな痛みを伴う物語でも、それを語ることで精神の浄化を見いだせる部分があると思う。

私には今も、ひねくれた子供みたいな部分があって、周りをあきれさせるのがとても楽しい。それをできるだけ優雅にやりたいという思いもある。そこから作品が生まれるんだ。

<本誌2019年07月30日号掲載>




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ジェフリー・ブルーマー

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