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インドネシアでパプア人がデモ、一部で暴徒化 警察による差別発言に一斉反発

ニューズウィーク日本版 2019年8月20日 19時23分

<大小1万以上の島々に複数の人種と民族が暮らし「多様性の中の統一」を掲げる国だが、その実現はいまだ道半ばだ>

インドネシア最東端にあるニューギニア島西半分を占める西パプア州、パプア州のマノクワリ、ソロン、ジャヤプラなど各地で8月19日、パプア人が街頭でデモ行進し、一部が暴徒化して公共施設に放火。警察部隊が鎮圧に乗り出し衝突するなど緊張が走っている。

パプア人によるデモの理由は、17日にジャワ島・東ジャワ州の州都スラバヤにあるパプア人大学生の学生寮に警察が侵入し、学生の身柄を拘束したことに端を発した。警察はネット上でインドネシア国旗を侮辱する行為があり、それが同学生寮で起きた事件との情報に基づいて強制捜査に乗り出した。しかしその後ネット上の情報はデマだったと判明したばかりか、身柄拘束の際に警察官や周辺の住民がパプア人に対し「サル」「ゴリラ」「コテカ(ペニスサック)をまだつけているのか」などと、人格を傷つける暴言を吐いたことがニュースで伝えられ、パプア人全体の怒りを招いたことが原因といわれている。

17日はインドネシアの74回目の独立記念日で国を挙げて紅白の国旗を掲げて祝賀ムードに包まれていた。そんな中ネット上で拡散された「破損された国旗が側溝に捨てられている」という映像と、同学生寮から国旗が一時消えていたことを結び付けて「パプア人学生が国旗を辱めた」との情報が拡散。警察や住民が押しかける騒動になり、パプア人学生43人が一時身柄を拘束される事態となった。

市長、州知事、大統領も事態沈静化を訴え

偽情報に基づく騒動ということで、学生らはその後釈放されたとはいえ、誤認逮捕の経緯を伝えるニュースは各地のパプア人の怒りを招き、治安が一気に悪化した。事態を重視したスラバヤ市長、東ジャワ州知事は相次いでマスコミを通じて「起きてしまったことに対して謝罪する」として公式に謝罪し、地元パプア人コミュニティー代表と歓談するなどして良好な関係をアピールして事態の沈静化に努めた。

ジョコ・ウィドド大統領も19日、「パプアの人びとが感情的になることは理解できる、だが忍耐をもってほしい」と自制を求めた。

一方で偽情報に基づいて身柄拘束に乗り出し、パプア人を住民と一緒に侮辱したというスラバヤ警察の行為に関してティト・カルナファン国家警察長官ら警察幹部は「偽情報と誤解に基づく事件で遺憾である」と述べるにとどまった。

むしろ警察は偽情報を流布した容疑者の捜索や騒乱状態で放火や商店襲撃、略奪などに関与した人物の捜査を行うことで「治安維持」に懸命となっていることをテレビや新聞を通じて国民にアピールすることに終始している。



独立派との対立続くパプアの事情

こうした警察の行動の背景にはパプア州、西パプア州で続くインドネシアからの分離独立を求める武装組織と軍・警察との間で最近高まっている緊張関係があるとみられている。

2018年12月2日にパプア州中部山岳地帯のンドゥガ県イギ郡でパプア縦断道路建設に従事していた州外からの出稼ぎ労働者19人が武装集団の襲撃を受けて殺害される事件が起きた。さらに2019年3月7日には同じイギ郡で移動中の軍部隊が待ち伏せ攻撃を受け、兵士3人、襲撃側7人が死亡する事件も発生し、政府は治安維持目的で兵士600人を急派して武装集団の捜索と治安維持に当たる状態が現在も続いている。

パプア州山間部では自由な取材が認められておらず、人権団体「アムネスティ・インターナショナル」などの情報では軍による「武装集団捜索目的」の放火、暴力行為などの人権侵害が深刻化し、多数の住民が難を逃れて山間部で不自由な難民生活を余儀なくされているという。

警察がパプア問題に神経質なのは8月12日に同州プンチャック県ウシル村で移動中の警察官が正体不明の男たちに誘拐され、約6時間後に射殺遺体で発見される事件が起きたことも原因といわれる。警察は軍と協力して犯行グループの捜索を続けているが、警察内部での「反パプア感情」はこれまでになく激しく、こうした空気がスラバヤでの身柄拘束時の差別発言に繋がったとみられているのだ。

パプア州、西パプアの人びとはニューギニア高地人あるいはメラネシア系で1961年にオランダ植民地支配から独立をしたものの、直後にインドネシアが軍事侵攻。1969年に住民投票でインドネシア併合が決まったとされるが、同投票でのインドネシアによる不正が指摘され、現在に至るまで武装組織「自由パプア運動(OPM)」とその分派による武装闘争が細々とだが続いている。



国家のタブーSARAに抵触を懸念

インドネシアには国家的タブーとされ、触れることを極力回避する問題として「SARA(種族、宗教、人種、社会集団)」がある。今回のパプア問題はこのSARAの「種族」に触れる問題となっている。それが大統領をはじめとする各界の人びとがいち早く事態の沈静化に乗り出した一因とされている。「放置すれば国家の統一に関わる重大問題になりかねない」危険性をはらんでいるからだ。

パプア地方は経済的、社会的に最も開発の遅れた地域で、山間部のパプア人の男性はペニスサックだけ、女性は腰蓑だけという昔ながらの生活様式を保ち、OPMのゲリラも一部は槍や弓で武装している。

これが多数を占めるジャワ人など非パプア人のインドネシア人による優越感となって差別意識を生んでいるとの見方が強い。

実際、8月17日の独立記念日にジャカルタの大統領官邸で行われた記念式典でもそうした場面があった。大統領はじめ招待客の多くがインドネシア各地の民族衣装をまとって参列したが、大統領警護隊の中には上半身裸で腰蓑だけという「パプア人の格好をした非パプア人の男性」もおり、テレビ中継を通じてその姿は全国に流れた。

パプア人は自分たちの民族衣装が"腰蓑だけで上半身裸に裸足"とされ、それが象徴とされることに内心羞恥心とともに侮辱されていると感じている。パプアを訪れれば分かるが、上半身裸の人はいてもきちんとズボンを履き、靴を履いている。そうしたパプア人の微妙な心理を非パプア人であるインドネシア人が配慮したり理解することが求められている。

同じ17日にはパプア州の州都ジャヤプラにあるホテルで独立記念日を祝うために従業員がパプアの民族衣装を身に着けて式典に参加したというニュースも流れた。従業員は男女とも腰蓑姿だったが、女性は上半身にはシャツを着ていた。

2024年までの5年間政権を継続するジョコ・ウィドド大統領にとって、圧倒的多数を占めるイスラム勢力によってないがしろにされかねない国是「多様性の中の統一」を死守するためにも、今回のパプア人問題のような「アイデンティティーに関わる問題」そしてタブーである「SARAに挑戦するような問題」には正面から取り組むことが求められている。

19日に騒乱状態となったパプア各都市で事態は沈静化しているが、パプアの人びとの差別、蔑視に対する心中の怒りのマグマは決して収まっていない。


[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



※8月27日号(8月20日発売)は、「香港の出口」特集。終わりの見えないデモと警察の「暴力」――「中国軍介入」以外の結末はないのか。香港版天安門事件となる可能性から、武力鎮圧となったらその後に起こること、習近平直属・武装警察部隊の正体まで。また、デモ隊は暴徒なのか英雄なのかを、デモ現場のルポから描きます。




マノクワリでのパプア人による暴動

マノクワリでのパプア人による暴動を伝える現地メディア KOMPASTV / YouTube


大塚智彦(PanAsiaNews)

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