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トランプの同盟軽視が招いた「グリーンランド買収」をめぐるゴタゴタ - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年8月23日 15時15分

<この騒動で9月の公式訪問の日程が潰れただけでなく、これまで何の問題も無かったデンマークとの関係は著しく悪化>

8月16日にウォールストリート・ジャーナルなどが第一報を伝えて以来、メディアの報道姿勢は興味本位でした。例えば、CNNは「トランプ流のグリーン・ディール」というタイトルで紹介しており、温暖化問題や環境保全には消極的なトランプが「グリーン」というのは、何のことかと思わせておいて、実は「グリーンランドを買収する」という話が出てくれば、誰でもビックリします。

まるでお笑い番組のような話で、大統領の「いつもの手」ではあるのですが、話のスケールが大きいので、ついつい話題にしてしまうというわけです。それにしてもこんな荒唐無稽な話を、どうして大統領は持ち出したのでしょうか? 3つ指摘できると思います。

1つは、19世紀のアメリカがカネを払って、つまり買収という方法で国土を拡大してきた歴史があります。比較的有名なものでは、1867年のアラスカ買収があります。クリミア戦争で英仏などに敗北してカネに困っていたロシアからの提案に乗る形で買ったのです。

その他にもフロリダをスペインから買ったとか、ニューメキシコとアリゾナの国境地帯をメキシコから買った「ガズデン購入」もそうです。もっとスケールの大きなものでは、1803年の「仏領ルイジアナの買収」でしょう。ルイジアナといっても今のルイジアナ州だけでなく、アメリカ本土の4分の1にあたる広大な領土をナポレオンから買ったのです。

こうした買収の歴史というのは、アメリカの子供たちは学校の「USヒストリー」の時間に必ず習います。ですから、仮にグリーンランドという広大な土地を買収してアメリカ領にすることができれば、歴史に名を残すことができる、トランプ的なファンタジーとしてそうした発想があったのでしょう。

2番目は、そもそも大統領になる前は「不動産の売買」が本業だったということです。近年でこそ、リゾートやホテル事業が主でしたが、父親の家業を引き継いだ若い時は、ニューヨークのクイーンズ区に根ざした地元の不動産屋だったわけです。

そのトランプが、グリーンランド買収などというスケールの大きな「ディール」を成立させれば「不動産王の面目躍如」となると考えた可能性があります。



3番目は、同盟国との外交の軽視という傾向です。トランプ外交というのは、「アメリカ・ファースト」が軸ですが、とりわけアメリカの中核的な同盟国であるNATOやその他のG7諸国に対して関係悪化も辞さないという姿勢があるわけです。

コスト的に「アメリカが持ち出しになっている」として費用負担を迫るとか、共通合意であった対イラン核合意をひっくり返すなど、まるで「西側同盟を崩す方向」で動いているわけですが、今回の発言で9月のデンマーク公式訪問が潰れただけでなく、アメリカとデンマークの関係が著しく悪化したわけで、まさにこの「アメリカ・ファースト」が悪い形で出たと言えます。

いずれにしても、アメリカとデンマークとの間には、特別に問題はありませんでした。設立時からNATOメンバーであるデンマークはISAF(国際治安支援部隊)に参加する形で、アフガニスタンに派兵しています。40人を超える犠牲も出していますが、テロとの戦いのためには必要な国策と位置付けて取り組んできています。

そんな良好な関係が、一言で崩壊してしまうのですから恐ろしいことです。本稿の時点でトランプ大統領は、デンマークのフレデリクセン首相に対して「ノーならノーとだけ言えばいいのに、バカげた(absurd)考えだなどと言う言い方をしたのは、底意地が悪い(nasty)な女だ」と激しく罵倒しています。

このニュースと前後して、トランプ大統領は「民主党に投票するユダヤ系は、イスラエルへの忠誠心が疑われても仕方がない」という発言が、穏健ユダヤ系を中心に激しい憤激を買っています。この問題とグリーンランド騒動の相乗効果で、反対派だけでなく中道層からも大統領への冷ややかな反応が出てきているのです。

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